二十一話
「そういや結局誰も来なかったみたいだな」
「どうやらそうみたいだね……」
結局一晩経てど誰一人として部室を訪れる事は無かった。
起きてすぐに屋上に繋がる階段の踊り場をチェックしてきたけど、いくら探せど誰かが来た痕跡は見当たらなかった。
扉を開けてすぐにゾンビと出会いがしらの事故なんて笑えないなと、昨日のうちに階段前に設置して固定しておいた長机、そこに残した書置きにも変化は無く、長机事態も特に動かされた形跡は無かった。
「安全には変えられないし夜は屋上にも部室にも鍵を掛けてたけどさ、部長達は確実に鍵を持っているだろうから、もしかしたら部室に来るかなって思ってたんだけど……」
「だな。まぁ何でも良いから無事でいてくれさえすれば良いんだけどな」
「きっと大丈夫だよ!きっと皆で何処かに避難してるんだよ」
「なのです。避難場所はここだけじゃ無いので、例えば体育館とかに集団で移動したとかなら、わざわざ危険を冒してまで自分達だけで屋上目指して行動するメリットはそんなに多くは無いです」
「ああ……確かにそれもそうか、あんまりマイナスに考えたって良い事なんて無いだろうしね」
パシンと太ももを一つ叩き、沈みそうになる気持ちを無理やり切り替える。
ネガティブな想像はネガティブな結果を引き寄せる。何て聞いた事もあるくらいだし、こういう時だからこそ明るく生きるべきなのかも知れない。
「それじゃ明るい気持ちになる為に、二人には協力してもらいますかね」
「ん?何だろ?ボクに出来る事なら何でも言って」
「当然私だって出来る事なら協力するです」
真面目な表情を浮かべる二人を見て唇の端が僅かに上がるのを感じる。気持ちを切り替える為に今朝は二人に犠牲になって貰う事にしよう。
「秋斗先輩は鬼畜ですか!これは余りにも酷いです……」
「酷いよ秋斗……乙女の気持ちを踏み躙った罪は思いと思うよ」
「あははっ、あきとんは時々意味分かんないな」
「そんな事無いだろ?当分補給は頭を動かす為に大事なんだからさ」
「知らないです!折角何時か甘味が恋しくてたまらなくなった時の為に隠しておいたのに、酷いです」
そんな台詞を言いながらも、紗希は棒状のチョコスティックを齧っているし、悠璃にしたって乙女の気持ちを何て言いながらも視線はチョコ菓子から離れていなかった。
まぁ二人が大切に取っておいたチョコ菓子を接収したのは悪かったなと思うけど、美味しい物を食べる事で気持ちが切り替わる事だってあるから諦めて貰うよりない。
「―――良し、それじゃ美味しいお菓子を食べながら、一つ建設的な話をしようか、まずは今日の動き方の再確認からしよう」
「そうだね、甘いものを食べたら元気も出て来たし、それにこんな時だからこそ前向きに行かなきゃね!」
「仕方が無いので美味しいチョコに免じて今回は許してあげるです。気持ちが切り替わった事も事実ですし」
「許して貰えたなら良かったよ」
そうしてお菓子を食べながら簡単にミーティングを済ませてしまう。勿論メインはお菓子を楽しむ事だ。
「さぁて、動くと決めたらサクッと動くのです。二人は準備出来てるのです?まだだったらチャキチャキっと動いて下さい、私達の準備はとっくに終わってるのです」
「ふっ、紗希は元気一杯だな。準備なんてすぐ終わらせっからちょっとだけ待ってろ」
俺達は紗希に急かされるよう簡単な準備を手早く済ませる。念の為にと再確認するのも忘れない、余裕ぶって後で忘れ物に気が付くとか最悪だ。
俺達が忘れ物が無いかを確認している間、悠璃は手にしたマイクスタンドを片手にブンブンと振り回しているのが見えた。
そんな物あったか?考えても思い浮かばずに聞くと、どうやら紗希と二人でガラクタの山の中からサルベージしてきたらしいが、どうやらあったのは初めからスタンドだけでマイクは付いていなかったらしい。
マイク付きなら文化祭とかの為に買ったのかとも思うんだけど、マイクが無いマイクスタンドとか一体誰が何のために持ち込んだのか、全く想像が出来なかった。
紗希もまたガラクタの中から数冊の参考書、それと一袋のロケット花火とライターを探し出してきていて、それをカロリーフレンドと共にカバンの中へと忍ばせていた。
この部室に通い始めて一年以上経っているのに、今の今までそんな物が有った事さえ知らなかった。
そう言えば訳の分からないものと言えば壁一杯に貼り付けられたペナント、定番の「京都」だとか「網走」といった定番のペナントの他に、「地球」だとか茄子の形をした「那須高原」と書かれたペナントとか、本当に誰が何処で探してきたのだろう。
「おーい聞いてるか?あきとんも準備、良いんだよな?」
ボーっと壁に掛かったペナントに視線を向けていると、睦月にポンと肩を叩かれる。
「ごめんごめん、大丈夫準備は出来てるよ。……それじゃまずは道を作りに行こうか」
―――ガショショショショショォォン!
周囲の空気を騒がしく震わせながら、避難梯子が三階から二階へと向けて垂直に滑り下りていく。
同時に二階では周囲のガラスが砕け散った音や、机や椅子が転がる音が盛大に響き渡り、ある意味では授業前の学校の教室としては正しい騒がしさをみせていた。
『ヴァアアアァァァァ!―――ア、ァァァ……』
パカリと開いた鉄製の蓋、その下では一体のゾンビが意気込みながらベランダへと飛び出してきたのが見える。
『ヴヴヴ……』
呻き声を上げながらドロリと濁った眼球が獲物を探しているのかゆっくりと左右に揺れている。
騒々しい音に勢いよく飛び出してきたまでは良いが、何処にも獲物がいる様子もなく困惑しているのかも知れない。
腹ばいになりながら下を覗きこんでいた睦月は、サラサラと零れる金色の髪の毛をうざったそうにかき上げ呟いた。
「すぐ真下のベランダには一体か、一階の様子は正直ここからじゃ分かんねぇな」
「了解、真下の教室かその近隣の教室かな?結構ガタガタと騒々しい感じだったし、どの程度かは分からないけど、まだまだ居るものとして警戒しなきゃね」
「えっと、これはどうするの?まずは二階の避難梯子周辺だけでも掃除する?」
睦月に続いて下を覗き込んでいた悠璃が顔を上げ、その小ぶりな唇に曲げた人差し指を添えながら思案顔を見せる。
「理想はここを行き来出来るだけの安全を確保する事だから、ベランダの一体だけで安全ならそれ以上は手を出さないよ。もしも都合良くそこでゾンビが出てこない様だったら、二人が準備してくれたカーテンを使って作ったこの梯子を設置する」
そう言いながら肩に担いできた三メートル程の長さの簡易梯子を床へと降ろす。
「なるほど、朝から紗希とボクの二人で切って結んで作った梯子がここで生きて来る訳だね」
「そういう事、それでもしそのまま一階に降りられそうなら一気に降りるし、もしもベランダにゾンビが出てきたら、帰り道が無くなるのは困るからそれは何とかして倒そう。逆に一階にゾンビがウロウロしている様なら、用意した小物を二階から投げてゾンビを遠ざける感じかな?」
「だな、最悪進めなかった時の為にここまで戻ってこれるだけの安全、それだけを確保出来てさえいれば後はどうだって良いって話だからな」
睦月が言う通りに安全の確保と一階から三階への直通の道が出来さえすれば良いだけだ。問題はさじ加減の話で、どこまでなら安全かを見極められるかって言う話だと思う。
「凄いです……。初め先輩達が道を作るって言ってたのを聞いた時は、正直意味が分からなかったのです。でもこれなら……」
「ねっ!確かにこれなら立派な道だよね」
場所が空くまでまっていた紗希が下を見下ろしながら感嘆の声を漏らす。
そうなのだ。昨日の段階で壊れていたとはいえ既に二階の避難梯子は下りていたのだ。だから三階の避難梯子を下ろした今、後はこの自作の梯子を結ぶだけでもう一つの縦への道が出来上がるのだ。
これならゾンビで溢れかえっている廊下を無理して進む必要も無く、一気に一階まで下りられるから比較的安全だと思う。
この縦の道こそ俺と睦月が昨日の夜に考えたものだった。
まぁちょっと考えれば考え付く事だし、そんなに偉そうにいう程の事じゃないんだけど。
「さって……と、それじゃちょっと様子を見てくる」
「ん?あきとん一人でか?」
「そのつもりだったんだけど……拙いかな?今はゾンビ一体だけしか見えないし、梯子も何人も一気に上がれるものじゃないからさ、もしも見える一体以外のゾンビが襲って来た時には一人の方が戻りやすいかなって」
下を覗き込んで一体だけが徘徊するベランダをもう一度視界に入れる。梯子も一人用だし大人数で行動するには動き辛そうだ。
「却下です。せめて二人で行動するべきです。上下数メートルだけしか離れてないとはいえ、こういう時はツーマンセルが基本なのです!」
「んー……そうだね。ボクも一人は危ないと思う。今みたいに余裕がある時こそ不測の事態に備えるべきだと思うよ」
「まぁそうだな、あきとんも今回は紗希の意見で行こうぜ?どんな時でも不測の事態ってのは起きる可能性が在るもんだし、用心に用心を重ねようぜ」
「あっ、でも確かに狭いと動き辛いって言うのもその通りだと思うから、だから多分この中でなら一番身軽なボクが一緒に行くよ」
良いよね?と悠璃が心配そうに僅かに眉根を寄せながら首を傾げる。
「……了解。それじゃぁ俺と悠璃の二人で下のゾンビを排除後、一階の様子の確認をしてくるって方向で良い?」
「うんっ!」
二人も誰かと一緒なら特に文句も無い様で、元気よく頷く悠璃と行動を開始するのだった。




