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今日から始まるパンデミック  作者: クポ
始まりのパンデミック
19/66

十九話

本日より一話投稿になります。


 全身が鉛のように重たかった。気を抜くとへばりついてくるコールタールの様な溜りに足を取られそうになりながら、私はその恐怖から逃れようと必死に足を動かし逃げる。

 背後からはあの男の足音がペタリペタリとしつこく付いて来る。


「嫌!来ないで!近寄らないで!」


 男はニヤニヤとした厭らしい笑みを浮かべながら、そのヤニ臭い顔を私の顔に近づける。

 私の耳元で一言二言、聞くだけで怖気の走る声で身勝手を呟き、鳥肌が立つようなベタベタした手で私の頬を、髪を撫で付けてくる。

 ぞわぞわとした不快感が全身を這い上がる。まるでナメクジが肌を這い上がってくるような不快感だった。

 触らないで欲しいのに、近寄らないで欲しいのに、無遠慮に這い上がってくるその感触に自然と目頭にジワリとした熱が溜まる。


「―――な……大丈夫だからよ」


 猫なで声で酷く身勝手な言葉を繰り返し囁きながら、手を伸ばす男の顔が歪んで見える。

 こんなクズみたいな男にいい様にされるのか、そう思うと嫌悪感と絶望感が津波のように私に押し寄せる。


 嫌だ!嫌だ!嫌だ!

 ――――――そんなの嫌だ!

 私は渾身の力で男を突き飛ばし、玄関へと向かって急いで逃げ出す。だけどどんなに足を動かそうとしても足が空回ってしまい上手く走ることが出来ず、後一歩の所で髪の毛を掴まれる。


「きゃっ……痛い!離してっ!気持ち悪いってば!離してよっ!」


「チッ……優しくしてれば調子に乗りやがって!手間掛けさせんじゃねぇよ!ほら、こっちに来いや!」


「イヤッ!誰か!誰か助けて!助けて!!」


 パァァァンと耳元で破裂音がしたかと思った瞬間、左頬に感じた赤熱感に私は呆気にとられ、零れる涙と共にジンジンと痛む頬に触れた。


「黙ってろやっ!てめぇは調子に乗りやがって!―――ああそうだ。良い事思いついたぜ!お前の初めてを記念に動画に残しておいてやるよ!何度も何度も心が折れるまでそれ見せて思い知らせてやるよ、楽しみだ。ぎゃはははっ」


 そのゴツゴツとした手が再び私の髪の毛を掴み、半ば引き摺られる様に奥の部屋へと引き摺られる。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……。全身に鳥肌が立ち勝手に目尻に涙が浮かぶ。

 ―――嫌だよ。誰か助けて……。





「嫌ぁぁぁぁぁぁっ!」


 飛び跳ねる様に飛び起きる。

 涙で滲む視界の先には助けを求めて伸ばされた自らの右手が見える。


「ハァ……ハァ……夢……?」


 ボーっと天井を見上げて目元を拭う、ベタリと張り付く前髪が気持ち悪い。

 見慣れない天井と少しだけスプリングが抜けたソファ、まるで雨に濡れたかの様に張り付くシャツが気分を更に最悪にさせる。


「―――悠璃ちゃん、また、あの夢なのです……?」


 紗希が眠そうな瞳を心配そうに歪ませる。

 私がボクになった日を知る唯一の理解者は、ボクよりも悲しそうな瞳で優しくボクの頭を抱きしめてくれた。

 紗希の胸に抱きしめられたまま大きく深呼吸する。リラックス効果があると聞いた紗希があの日からつけ始めてくれたベルガモットの香水、今では嗅ぎなれたその柑橘系の香りに波打っていた心が少しずつ落ち着いていく。


「うん……。あ……起こしちゃったよね……ごめんね紗希、もう大丈夫だから」


「いいえ、それよりも今でもまだ、思い出すのですね」


 ボクは紗希の胸からゆっくりと顔を離した。紗希の整った顔が至近距離に迫り目と目が合う。

 紗希の心配そうに歪められた瞳、そこから逃れる様に僅かに目を伏せるとゆっくりと首を横に振った。


「ううん……。最近は平気だった筈なんだけど、はははっ……何でだろうね」


「悠璃ちゃん……」


 泣き出しそうに顔をクシャっと歪ませる紗希の表情、ボクがそんな表情をさせてしまっている事に胸が痛くて、でもそれ以上に本気で心配してくれている人が居る事に胸が温かくなる。


「……ごめんね紗希、心配ばっかりかけて、もう大丈夫だよ。……うん、大丈夫」


 シュンとうなだれる様に俯く紗希、ずっと紗希に助けられているよ?だから今でもこうしていられるんだよ?何時もありがとね。

 そう心の中で感謝の言葉を並べながら、でもこの重い空気をどうにかしたくて悪戯っぽく笑う。

 だってずっと落ち込んでいるなんて紗希には似合わないから。


「それよりもほら、紗希はちょっとは目を冷やさなきゃだよ?そんな目をしてたら秋斗や睦月先輩が起きてきたらビックリしちゃうよ?」


 紗希は一瞬だけ目元に指先を当て、そして僅かに唇の端と眦を吊り上げる。


「う、うるさいのです!一重なのも、腫れぼったく見えるのも生まれつきなのです!もぉ悠璃ちゃんは人が気にしている事をズカズカズカズカと!こうなのですか?こうすれば悠璃ちゃんのぱっちり二重も一重になるのですか!」


 紗希はわざとらしく怒った振りをするとボクの瞼をグニグニと揉んだり、瞼を摘んで引っ張ったりしてくる。


「あははっ、もう止めてよ紗希、そんな事したってボクは一重にはならないよ」


「フン、分からないのです。私の願いが通じれば悠璃ちゃんも一重仲間になるかもしれないです。そうなった時に後悔して謝ったってもう遅いです。絶対絶望させてやるのです!絶望させてやるのです!もしも神様が一つだけ願いを叶えてくれるって言うのなら、私は悠璃ちゃんを一重瞼にして欲しいって頼むです!」


「ええ……そこは紗希が二重にして貰ってよ……」


 拗ねた表情を見せる紗希に苦笑いしながらそう伝える。大好きな紗希の笑顔がこれ以上曇らない様に願いながら、私は今日も笑顔でいようと思うのだった。

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