十八話
夕闇に染まり始めた屋上、真っ赤に染まりゆく世界が徐々に暗闇で塗り潰されていく。
既に生きている者など居ないかの様な静かな世界、例え生きていたとしても俺達の様にヒッソリと息を殺して隠れ潜んでいるのかもしれない、そんな死んだ様に静まり返る世界に抵抗するかの様に、遠くから一台の車のエンジン音が聞こえて空に溶け込む様に消えていく。
徐々に終わりゆく空には雲の一つも流れていなかった。
何時もなら夜空を見上げるだけでも元気になれる筈なのに、こんな風に空を見上げて残念だと思うだなんて初めてかも知れない。
あんなに流星群が見れると楽しみにしていた筈のに、それなのに目の前に浮かんだ空はやたらと出来の悪い空だった。
そんな不出来な空を眺めながら、もう二度と会う事の出来ない友人の事を思う。
どうしてこうなってしまったんだろうな……。昨日まではあんなに楽しい、輝くばかりの毎日だったのにな……。
どうしてなのかな……。
酷くショックなのに、凄く悲しいのに、何でだろう涙が一粒も零れてこないのは。
どれだけ時間が経っただろうか、ボーっと見上げた夜空にはいつの間にか俺達を優しく照らす月明かりがぼんやりと輝いていた。
昨日までは当たり前だったものが何一つ無い世界。
暗闇を照らし続けてくれていた街灯も。
街を彩る眩いばかりに輝くネオンも。
そして家々から漏れ出る暖かい光も何もなかった。
いつもは街灯と車のヘッドライトで賑やかだった二つの大橋でさえも真っ暗で、街からは人の営みのようなものは何も感じる事が出来なかった。
人工的な灯りが無い事がこんなに怖いという事を始めて知った。
騒音が聞こえない事を心細いのだと初めて思った。
月明かりに照らされ薄ボンヤリと浮かぶ街の景色、同時に照らし出される徘徊するゾンビの姿、それはどうしても世界が終わってしまった事を意識させるものだった。
「秋斗……、睦月先輩、そろそろ中に入ろう?」
「二人共、ずっとここに居たら風邪……ひいてしまうです」
二人の心配そうな声音が耳を打ち僅かに顔を動かす。何時から寄り添ってくれていたのだろう、両脇には膝を抱えて座り込んだ二人の姿があり、少し離れた場所では睦月が片膝を抱え込んだまま座り込み、何を見る訳でもなくぼーっと空を見上げていた。
「ああ……二人共心配かけて悪い、でも……ダメだわ、もうちょい動けそうにねぇわ」
「二人共心配させてごめん……。どうしようもない事だって解ってるんだけどさ……」
ゴロンとその場に寝転がり夜空を見上げる。その夜空は何度見上げてもわざとらしく輝いていて、普段はこの時期には絶対に見える筈の無い星座までが眩く光っていた。
「はははっ……この世界は本当にどうなったんだろうな……。もう夜空でさえまともじゃないんだ……」
「えっ……?」
興味をひかれたのか悠璃が少し離れた場所に寝転がる気配がする。
「もぅ……」
紗希も小さなため息を吐きながら悠璃の隣に寝転んだようだ。何故か睦月までもが寝転がり、今も瞬くように輝く星空を見上げていた。
何か違う事を考えていれば少しはマシなんだろうか?
誰かと話していれば少しはささくれ立った心もマシになるのだろうか?
一度大きく息を吐き出し、改めて不気味な空に改めて視線を走らせる。
シンと静まり返った世界の中、人工の明かりの無い世界では何時もより空が広く見えた。まるで手を伸ばせば届きそうな程に広い夜空、そこに俺達の声だけが溶け込んでいく。
「じゃ、一番星に無縁だろう悠璃に聞こうかな?えっと……あそこら辺、他よりも一際強く光っている星があるの分かる?」
「うん、凄い目立って見える星だよね?」
「そう。あそこに見えるのがオリオン座のベテルギウス、その左下にあるのがおおいぬ座のシリウス、ベテルギウスの左にあるのがこいぬ座のプロキオン、これが冬の大三角って言われているんだけど、まぁ名前の通り[冬の]大三角なんだよね」
「ええっと……冬のって事は今は見えないはずの星座が見えてるって事なの?」
キラキラと一等瞬くその星に向けて誰に見せるでもなく指差し、狙いをつけてはじく。
「そっ、しかもただ冬の星座が見えるだけじゃなくて、何故だか夏の星座まで混じってる。本来はこれも南の空にある筈の星でアンタレスって言うし、あの真っ赤な鮮やかな星はさそり座だと思う。その左には蠍の心臓を狙うって言われるいて座が見えるんだけど、これも誰もが知っている有名な星座だよね?何だかこの空はとりあえず有名な星座を並べておけば良いだろうって感じの凄く気持ちの悪い夜空だよ」
俺はそう最後に言葉を吐き捨てると、そのがっかりする様な夜空を睨みつける。何だか大切な思い出を汚されたみたいで頭にくる。
「そうなんだ……。んー、秋斗は本当に星が好きなんだね」
「うん、そうだね」
「確かに、言われなければ気が付かなかったのです……。秋斗はどうしてそんなに星空が好きになったのです?」
瞳を閉じると瞼の裏にあの日の夜空が思い起こされる。あの大きな夜空、楽しかった記憶。それらを思い出しながら一呼吸する。
「―――思い出だから、かな?」
「「「思い出……?」」」
「そう、思い出―――」
それを思い出すと両親の最後の姿がどうしても思い出され、僅かに靄がかかった様に頭の中が白くなる。
あの頃の記憶、辛い事も楽しい事も夜空が何時でも一緒だった。
俺にとってそれは今は亡き両親との思い出だから。
俺の父さんは仕事仕事と何時でも忙しそうにしている人だった。
まぁ本人が楽しそうに仕事に行っていたのだから良いのだろうけど、今思うと一時期世間を大いに騒がせた所謂ブラック企業だったんだろう。
当然の様に夜は終電、朝は始発、休みは月に二、三日が当たり前、それ程働き詰めの人だった。
そんな仕事で忙しい父さんだったけど、月に一度は春夏秋冬問わず必ず家族をキャンプに連れて行ってくれる人だった。
キャンプの時は父さんが組み立てた望遠鏡でその季節に見える星座を見せてくれ、その星や星座にまつわる物語を色々と教えてくれた。
毎回父さんのしてくれる外国の昔話みたいな話がキャンプでの楽しみの一つだった。
四季の移り変わりによって風景が変わっていくように、夏には夏の星座を、冬には冬の星座を、その月や場所によって見える星座が変わっていく事がとても楽しかった。
どうして見える星座が毎月違うんだろうって、子供の頃はそれが不思議で堪らなかった。
毎月父さんに教えてもらいながら見た星座の輝きは今でも忘れられない。星を眺めながら何度も語られた物語は今だってすぐに思い出せる。
母さんはとても料理の上手い人で、何時でもお日様みたいに笑顔の絶えない温かな人だった。
悲しい事があると何時も優しく抱きしめてくれて、その抱きしめられた母の香りにとても安心したのを今でも覚えている。
キャンプの時だけは父さんがいつも料理をしていたんだけど、それを毎回ハラハラした様子で見守り、手伝おうか?手伝おうか?とウロウロしていた姿が今でもつい昨日の事の様に思い出される。
キャンプで星を見た後に、父さんと母さんは焚き火の前で毎回お酒を飲んでいた。
……そう言えば飲むと必ず二人が出会ったのが夏のキャンプ場だったのだと話していたっけな。
キャンプに来るたび星空を一緒に見る事が出来て幸せだと笑い合う二人を見ていると、そんな仲の良い両親の姿が子供心に嬉しい気持ちになった事を今でも覚えている。
―――だけど、そんな幸せが崩れたのは俺が中学校の入学式、その五日前の事だった。
その日は数日早い入学祝いで家族でレストランで食事をした。お腹も一杯になり少し重くなった瞼を擦りながら後部座席でウトウト船を漕ぐ。
「秋斗、着いたわよ?ほら起きて」
揺り起こされて重い瞼を擦る。いつの間に眠ってしまっていたのか、目をあけるとそこには母さんの笑顔があった。
何だか一人だけ眠ってしまい、少しだけばつが悪くて頭を掻きながら車を降りると、そこは何度かキャンプをした事もあるキャンプ場で、だけどこの時期のキャンプ場にしては珍しくテントがいくつも設置されていて普段にはない賑わいを見せていた。
何があるのだろうと首を傾げながらそれをボーっと眺めていると、既に父さんはその集団から少し離れた場所へとシートとシェラフを設置してくれていた。
その夜はそれまで見た事も無い程に綺麗な、それこそ今でも色あせる事無く鮮明に記憶に残る夜空だった。
空は晴れ渡り雲ひとつ無く、大きく広がる夜空には幾百幾千の星が瞬く最高の夜だった。
満点の星空、宝石箱をひっくり返した様な夜空、そんなありきたりな褒め言葉では言い表せない程綺麗に輝く夜空、その素晴らしい夜空を最高のライトアップで彩るべく流星が目の前を落ちていく。
「うわぁ……凄いね!凄いね!星が落ちて来るよ!」
次々と落ちてくる流れ星、慌てて願いを唱えようとしても次々と違う星が流れてきて、最終的にはどれに願っているのかさえも分からない状態だった。
今でもその夜空を忘れる事は出来ないし、きっと一生忘れる事は無いだろう。
そんな生涯最高の夜空を三人で一時間程堪能した。本当に綺麗な夜空で時間はあっと言う間に過ぎ去ってしまった。
「本当はキャンプをして一晩中星を観ていたかったな……」
寂しそうに笑う父さんの名残惜しそうな表情を今でも忘れられない。
「仕方が無いわよ。明日もお仕事早いんでしょ?でも連れてきてくれてありがとう。今まで見たどんな夜空よりも綺麗だったわ」
そっと父の手を取った母さんも、同じように名残惜しそうに夜空を眺めていた。
だけど、それが両親と見た最後の夜空で、二人と過ごした最後の記憶になるのだなんて夢にも思わなかった。
パアアアアアアアアアアアァァァッァ!
―――キキキキキィィィ!
煌めく夜空に後ろ髪を引かれながらの帰り道の事だった。
後部座席でうとうとしていると、クラクションの鳴り響くけたたましい音とドギャンと言う激しい衝撃に微睡みから強制的に覚醒させられる。
前方へと体を強く引っ張られるようなとても強い重力と衝撃を感じ、車のシートへと全身を強かに打ち据えた。
全身を強くぶつけた衝撃で目の前がグラングワンと歪み、全身を激しい痛みが包み込んでいた。
何やら嗅ぎなれない臭いが充満した車内で一体何があったのかと無意識に叫んでいた。
「父さんっ!母さんっ!大丈夫なの?一体何があったの!」
痛む肩を押さえながら起き上がり、声を掛けながら視線を二人へと向ける。
その時の光景を今でも忘れる事が出来ない。
車のフロントガラスは全て細かく砕け、対向車なのだろう車のタイヤがフロントのバンパーを乗り上げて車内へと進入してきていた。
改めて意識を向けると車内にはオイル臭さの他に、錆びた鉄の様な臭いが充満しており、飛び出したエアバックに押し潰される様にして両親は倒れていた。
俺は慌てて身を乗り出して二人の肩をそっと揺すった。
「大丈夫?ねぇ大丈夫なの?父さん!母さん!」
そう何度も、何度も叫びながら……。
何度声をかけても目覚めない二人、良く見れば二人は有り得ない程の、それこそ見た事も無い程の出血で真っ赤に濡れていた。
父さんの肩を揺すり、母さんの手を取る。もう生きているのか死んでいるのかさえも分からなかった。気がつけば俺の両手も二人の血で真っ赤に濡れていた。
どうしようと半ばパニックにおちいりながら、それでも両親を助けたい一心ですぐに救急車を呼ばないと!と思い立ち、慌てて父さんのポケットをまさぐり携帯電話を取り出した。
「何で!何で、何でだよ!電話が繋がらないんだよ!」
場所が悪かった。星空が近く感じる程の山奥には電波が通じていなかったのだ。
嗚咽と涙が止まらなかった。
途方に暮れながら、それでも少しでも早く助けを、救急車を呼ばなくちゃと慌てて車外に飛び出すと、痛む全身に鞭を打ちながら暗闇の山道をひた走った。
途中で何度も流れ星が流れ、お願いだから二人を助けてと何度も願った。
途中で流れた星の数だけ、大切な二人を奪わないで欲しいと強く願った。
俺が山道を走り、電波が届く場所で助けを呼ぶ事が出来たのは、車を飛び出してから十分後の事だった。
父さんは即死だったらしい、そして母さんは病院に運ばれている最中に亡くなった。
一緒に揺られる救急車の中で、秋斗が無事で良かったと泣きながら握られた手の温もりを、徐々に冷たくなっていく絶望感を未だに俺は覚えている。
正直そこからは良く覚えていない。
気がつくと病院のベットに横たわっていて、父さんの弟、俺の叔父さんに当る人が今日から家の子になりなさいと頭を撫でてくれた。
預かってくれた叔父さん夫婦には子供も無く、本当に我が子の様にとても良くしてくれたけど、それでもやっぱり辛い事も沢山あった。
そしてその度に俺は夜空を眺めて生きてきた。
煌めく夜空の向こうで両親が見守ってくれている気がしたから。だから俺も二人を思ってるよと、流れ落ちる星を見つける度に語りかけていた。
俺は元気でやってるよと、そしてもしもあの世というものがあるのなら、そこで両親が何時までも仲良くいられますように……と。
「―――だからさ……俺にとって星空は両親との絆みたいなものなんだ。あの輝きを見る度、何だか両親に見守られていると暖かい気持ちになる。それと同時に俺はあの輝きに見られても恥ずかしくない様に生きようって思わされる。だから、ああ……なんて言えば良いんだろうね。星空が今は俺の両親みたいなものだって勝手に思ってるんだよな」
過去を振り返って今は亡き両親との思い出を振り返る。
当時は頼るべき存在を一瞬で失い、悲しいなんて簡単な言葉じゃ言い表せない位に本当にキツかった。
叔父さんがどんなに良くしてくれても、どんなに親だと思って甘えてくれても良いからと優しい言葉を掛けてくれたとしても、それでもやっぱり俺の両親はあの二人しかいないんだと再確認させるだけだった。
勿論叔父さん夫婦には感謝してもしきれない位感謝しているし、大人になったら何かしらの恩返しだってしたい、でも……。
「うぐっ、うぇぐ……あぎどぜんばい……田中のごどもあるのに、なのに辛いごとを聞いてごめんなざいなのでずぅ」
一通り昔話を終えると急に聞こえる泣き声にびっくりして飛び起きる。何故か紗希の両目からは滂沱の如く涙が流れ落ちていた。
「って、おいおいどうした。ってか何であきとんじゃなくてお前が泣いてんだよ」
「だっで、だっで……」
目の前で涙を流してくれる後輩の姿、紗希に吊られて何故か悠璃まで泣き出してしまった。
当時の俺は周りの大人達が涙を流し同情の視線を送ってくる事にイライラして、言ってしまったらありがた迷惑だ位に思っていた。
でもあれから多少は大人になった今なら、これが純粋な優しさからの涙だってちゃんと分かる。
「変な空気になるの分かってるのに、こんな話し聞かせてごめんな。―――でもなんだろ……ありがとね」
気がつくと紗希と悠璃は抱き合いながら、お互いの肩に顔を埋めて嗚咽を上げていた。
もしかしたらここまで緊張に緊張を重ねて、それでも歯を食いしばって頑張っていた二人、その緊張の糸が一度涙を流す事で切れたのかも知れない。
本当に色々な事があった一日だったからな……。
平和だった日常はゾンビが溢れ帰る事で崩れ去り、仲の良かった友人とは二度と会えなくなった。
……たったの半日やそこらで人の命が消える事が当たり前になってしまった。
何時しかこんな世界にも慣れてしまい、目の前で名前を知らない人が傷つくのを見ても当たり前になってしまう日が来るのでは無いか、悲しむとか、誰かを心配するとか、そういう当たり前だった感情がどんどん鈍化し麻痺してしまうのではないか?そんな事をチラッとでも考えてしまう自分がとても嫌になる。
「二人共酷い顔してるよ……。秋斗はちゃんと泣いた?睦月先輩は?人は悲しいのを溜め込んで、溜め込んで、溜め込んで……、我慢して。でもそのままずぅっと溜め込み続けると、いつかは悲しいのが限界を超えてパンクしちゃうんだよ」
「そうです……。泣く時に泣けない事はとっても辛い事です」
二人はお互い寄せ合っていた体を離し、俺と睦月の顔を交互に見つめながらそう話す。
未だに流れ出る涙をそのままに、紗希はそっと睦月の左肩へと抱きついた。
睦月の顔は突然の予期せぬ紗希の行動に驚き目を見開いていた。
悠璃は何度も思い悩んだ様な仕草を見せた後、俺の髪の毛に掌を乗せ優しく撫でてくれた。
俺達は二人の突然の行動に驚き、少なくても俺は何が起こったのかを理解するのに数秒の時間がかかった。
状況を脳がやっと理解して初めて、必死に励まそうとしてくれる二人の心の温かさに触れた。
強張り固まり疲れきっていた心が解されていく気がした。
「いっぱい頑張ってくれて、助けてくれて、ありがとうね……秋斗」
「先輩も、誰よりも一番痛い思いをしながらも沢山頑張ってくれてありがとです。だけど今だけは泣いたって大丈夫なのですよ?特別に見なかった事にしてあげるのです」
悠璃の手が伸び髪の毛を梳くように優しく撫でてくれる。久しく感じた事の無かった類の温もりと安心感に包まれる。
ああ……本当にもう。これはダメだろ……。
堪えきれずに零れ落ちる涙、思い出されるあの時の光景―――。
沢山頼み事したけど、これが最後の頼みだから、親友にしか頼めないからって。
でも俺は田中を救ってやる事も、殺してやる事も出来なかった……。
人の命を、友の命を、この手で終わらせる事が怖かった。
田中と一緒にこれからもバカな事をやっていく未来を完全に失う事が、自分の手でその未来を完全に閉ざしてしまう事が怖かった。
何より単純に助かる道がまだあるのじゃないかと、少しでも可能性があるのなら最後まで足掻いて欲しかった。
田中が消えた後ずっと考えていた。
本当にこれで良かったのだろうかと、本当にあれ以上何もできなかったのだろうかと、そして何も出来なかった俺が涙を流す資格なんてあるのかと思い悩んだ。
だけどこうして二人の優しさに触れて素直に気持ちが溢れだす。
「ふぐっ……田中……!俺は、俺はさ……、お前にも生きてて欲しかったんだ……」
あの瞬間の想いを漸く吐き出す事が出来た。
そう……俺は田中にただ生きていて欲しかったのだ。
「三人で一緒にもっともっとバカ騒ぎがしたかった……。一緒に笑い合いたかった……。大人になって酒なんて飲みながら昔はあんなバカもしたよなって語り合いたかった……」
涙腺が壊れたように零れ落ち始めた涙は暫くは止まりそうになかった。
「バカ野朗……!本当に最後までバカ過ぎだろうが!何で……何で俺達を最後まで信用しなかったんだよ……。何で頼ってくれなかったんだよ……」
常に冷静な睦月が右の掌で目元を覆い隠し、小さく小さく嗚咽を零す。紗希が恐々しながらその頭をそっと抱き寄せるのが見えた。
「秋斗……。田中さんは最後に笑ってた。ありがとうって、辛い事頼んで悪かったなって、そして最後にボク達には頑張って生きて欲しいって言ってたよ?」
「はい、それに田中は秋斗先輩と先輩、二人だからお願いしたんだと思うのです。本当に心から信頼できる二人の決めた事なら、断られても、受けてくれても、きっと田中は納得したのだと思うのです」
「うん、きっとボクももう助からないって覚悟して、このままだとゾンビに変わっちゃうって解ったら……、きっと紗希に同じ様に殺して欲しいってお願いすると思うんだ。だって自分が一番大好きな人を、大切な人達を、自分の意識とは関係無く襲わないといけないなんて……、そんなの死ぬよりも辛い事だもんね。でもね……同じ位に、死なないで欲しい、少しでも、それこそ一秒だって良いから同じ時間を生きる為に全力を尽して欲しいなんて言われたら、殺してくれるのと同じ位嬉しいと思うんだ。だからきっと田中さんは嬉しかったと思うよ」
「そうです。田中はバカだったけど、悪い奴じゃなかったです。だから二人が凹んでいるとアレは悲しむと思う、そういう奴だと思うのです」
二人のその優しい言葉が心に染み込んでくる。確かに最後に田中は言っていた。
「バイバイ……お前等はちゃんと生きろよー」
そう言った時の田中の笑顔が浮かぶ。
「何泣いてんだよー。ほら笑え笑えー」
今度は風に乗って田中の声が聞こえた気がした。
「ああ……ああそうだな。むっちゃん、悠璃、紗希……。俺達は死なないぞ!絶対生きて、生きて、生き抜くぞ!」
「―――当たり前だろ?あきとんまで俺に殺してくれなんてふざけた事言ったら絶対許さねぇかんな」
偽物の星に見守られながら、俺達は強く生き抜く事を誓いあったのだった。
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
まだ一章は終わりませんが、これにて一つの山場の終了です。
もし少しでも面白い、続きが読みたいと思っていただけたなら、ブクマ、評価お願いします!
やる気になるので。
明日からは基本的に毎日一話更新になると思います。




