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今日から始まるパンデミック  作者: クポ
始まりのパンデミック
17/66

十七話

本日二話投稿です

 

 教室内に入ると直ぐに俺の足音に反応したゾンビが机にぶつかりながら進んでくる。正直そんなに派手に音を立てるなよとこっちの都合ながら気が気じゃない。


 トットット―――。

 一緒に教室に入った悠璃が俺の背後を走りぬける軽快な足音が鳴る。僅かに視線をやると窓際へと飛び跳ねる様に駆けて行く姿が見える。

 呆れる程に軽やかな身のこなしで動く悠璃、しかしその僅かな足音にでも反応を見せた目の前のゾンビ、一度止まった俺を前にして身体をクルリと反転させた。

 何だよ俺より悠璃が気になるか?目の前で生まれた完全な隙、こんなチャンスをわざわざ見逃す手はなくゾンビへの残りの距離を一気に詰める。


 ゾンビは自分に近付く新たな足音に素早い反応を見せ、再びグルリとこちらへと顔を向けるが、遅い!

 ガゴッン!とカウンター気味に入った一撃はゾンビの頭部を綺麗に弾き飛ばし、壁まで弾き飛ぶとコツンと音を残す。

 何だかバットが手に馴染んで来たな……。なんてバットを握る手を見つめていると「どうしたの?」とベランダから僅かに心配そうな表情の悠璃に声をかけられ慌てて手を振る。


「あ、ああ、ごめんごめん、何でもない大丈夫」


「そう?あっ、えっとね?ベランダにゾンビは右に一体、左に二体、どっちもそれなりに離れてたからベランダに出て直ぐに襲われるって事は無いと思う」


「了解、ありがとね悠璃。―――皆、ベランダに出たら右に向かうよ」


「うん、戻る方向だけど右で良いんだな?」


「そう!右で大丈夫、上手くすれば一気に一階だよ!」


 怪訝な表情を浮かべる睦月に大丈夫だと答え、頭の中で記憶を呼び出しながら急いでベランダへと向い目的の場所を確認する。

 やっぱりある!これで一気に下に降りられる!


「田中!頑張るのです!しっかりするです!」


 何とか一階に下りる目途が立ちホッと息をついたのも束の間、紗希の声に慌てて視線を移す。

 その先では顔を土気色にしてヒューヒューと苦しそうな息の田中と、それを心配そうな顔で励ます紗希の姿があった。

 慌てて田中の下へと向おうとした時、さっと目の前に睦月が近寄って来て小声で言う。


「あきとん、田中が……ちょっとこのままだとマジで厳しそうだ」


「っ……!分かった」


 こんなに悪くなるまで心配かけない様にしてくれてたんだな……。何とかしてやりたいけどどうしたら良い……。

 急ぐなら睦月のバイクの回収は必須だ。だけど……急激に容体が悪化した田中の体力はそれまで持ちそうにない。

 どうしようもない現実が、どうしようもない結末を押し付けようと迫ってくる。


 必死で頭を動かし在るかも分らない解決策を考える。だけどそんな都合の良い魔法の様な答えなんてある筈も無く、悔しさと無力感に血が滲むほどに手を握りしめた。

 そしてそうなると無力な俺達に出来る事なんて肩を貸す事と、後は気休めの言葉で励ましてやる事位しか思い浮かばなかった。


「田中、頑張れ……すぐに校舎からは出られるからな、だから頑張れ……」


 グッタリとしている田中に睦月と一緒に肩を貸す。もうほとんど力も入らないのか、その体はずしりと重く、全体重が肩に圧し掛かってくる。


「頑張れ、頑張れ……」


 そう何度も何度もただ励ます。少しでも目的の場所へ向かって急ぐ事しか俺に出来ることは無かった。

 目の前で苦しんでいる親友すらも救う事が出来ないのかと、食いしばった奥歯が割れる音がした。







「う、嘘だろ……」


 充満する強い死の香りが絶望感を掻き立てる。避難梯子で一気に脱出するつもりだったのだけど、そこは既に降ろされた形跡があり、下を覗き見れば下りてすぐに襲われでもしたのか地面は真っ赤に染まり、散乱したガラス片にひしゃげた梯子のフレームがそこで起こった事を生々しく物語っていた。


『ガッ!ガツ!ガアアアア!』


『グガアアア!アアアアアアアア!』


 広がった赤の上には無数のゾンビが犇き合っていて、俺達がのぞき込む四角い穴目掛けて腕を伸ばして宙を掻いた。

 どれ位だろう、その光景に誰一人言葉を発する事なく見下ろしていた。俺達が静かになったからだろう、下に見えるゾンビ達も手を伸ばしたり威嚇するのは止めていたが、それでも散る事なくそこら辺を徘徊しているのが見える。


「―――皆ありがとなー。もう一人で大丈夫だよっとー」


 田中はそう言うと俺達の肩を借りる事をやめ、壁に背を預けながらではあるけど何とか一人で立ち、申し訳なさそうに呟いた。


「ええっとなぁ……。突然で二人には悪いんだけどさー、ちょっと頼みがあるんだけど聞いてくれるかー?」


「―――――なんだよ?女なら紹介しないぜ?」


「……小銭も貸さないよ?」


 田中らしくないその酷く思いつめた表情が、何か聞きたくない事を聞かされるのだろう予感を感じさせ、俺も睦月も直ぐに口を開く事が躊躇われ、わざと笑い話に持って行こうとする。

 それに何時もの三人のやり取りを感じたのか、田中も「うわー酷くねー」と一度硬い表情を崩して擦れた声で笑って見せた。

 でも……。


「はははっ……、本当お前等と居ると退屈しないよなー。でもさー、まじめな話なんだー」


 次いで出てきた耳を疑うその言葉に息をするのさえも忘れる。生暖かい風がやけに肌に絡みつき、べっとりとした汗が首筋を流れ落ちる。


「頼む―――俺の事…………殺してくれないかー?」


 何度も何度も頭の中でリフレインするその台詞、何を言っているのかを理解出来ない、いや……理解したくなかった。


「薄々は気がついてたんだけどなー、認めたくなかったんだ……。ゾンビに齧られたらゾンビになるのなんて、映画とかだと定番中の定番だもんなー」


「それはっ!―――でもそれは映画の中での話しだろ?大丈夫だって、きっと治るから……だからそんな事言うなって、な?」


「ははは……。悪いなー秋斗、でもダメなんだー。ダメなのが分かるんだ……。目を閉じると頭の中で誰かが叫んでいるんだ『憎い!辛い!喰え!殺せ!』そう何度も何度も……。だからこのままゾンビになるくらいならさー。ゾンビになって友達を殺そうと襲い掛かる位ならさー、頼むよ殺してくれよ……。な……?頼むよー」


 悲しそうに微笑む田中の顔を見る。

 まるで全ての時間が止まったかのように静まり返ったベランダの一角で、田中の言葉の意味を理解する事を頭が全力で拒んだ。

 本当は解ってた。だってあそこで学生服のゾンビを見た時から想像していたのだから、普通なら指を齧られただけであそこまで急激に体調が悪くなるはずがないから。

 でも……治るんだってそう思い込むように努めていた。だって認めたく無かったから。


「マジでバカなんじゃねぇの?お前を諦めるだ?しかも殺sとか、そんな事出来る訳ないじゃん!皆お前の事を助けたいんだ!生きてて欲しいんだ!だから死ぬまで生きろよ!な……?きついなら俺が背負ってやっから頑張れよ!頑張ってくれよ!頼むよ……」


 そう、それでも睦月が言ってくれた事が全てなんだ。死ぬなよ!生きる可能性を求めてくれよ、そうありったけの思いを込めて田中を見つめる。

 おろおろと視線を彷徨わせる二人の横で、俺達三人は息をする事も忘れたかの様に暫く無言で見詰め合う。


「はぁ……まぁそう言うよなー、そう言ってくれるよなー……」


 田中が溜め息と一緒に言葉を吐き出し、それを合図に忘れていたかの様に空気を吸い込んだ。


「当たり前だろ?出来る限りの事するからさ、そんな悲しい事言うなって」


「ははっ、ありがとなー。よいっしょっとー」


 ニカッと心底嬉しそうに笑い、掛け声と共に壁から背を離した田中、誰もが注視する中しっかりとした足取りで四角い枠の前に移動すると。


「―――ぃ、よいっしょーとー」


「―――バカやろ……!」


 睦月が制止するのも間に合わず、田中はそのままピョンと穴の真上で小さくジャンプすると、そのまま穴の中へと吸い込まれていった。誰もが予測していないその行動は誰にも止められず、ただ呆気にとられるより他なかった。


「うひー、あいたたー……着地失敗ー」


 ゾンビの集団のど真ん中へと不格好に降り立った田中、次の瞬間にはゾンビの餌になっている光景が容易に想像出来てしまい、俺は顔を背けてきつく目を瞑った。

 ―――しかし二秒経っても三秒経っても悲鳴も争うような物音も聞こえてこず、俺は恐々と目を開いた。

 四角の穴の底では田中が音に反応したゾンビに群がられながらも苦笑いしながらこっちを見ていて、少しだけ悲しそうな顔をしながら話を始めた。


「流石に気持ち悪いなー、でも平気だろー?あ、お前らはダメだぞー。俺だけ、なー?」


「バカ野郎!なにやってんだよ。すぐ戻れ!誰かカーテン外して持って来てくれ!助けにいく」


「比嘉ー、ありがとな。でもな……うん、俺の事は大丈夫だぜー。お前は妹ちゃんを助けに行かなきゃダメなんだろー?だったらここで無駄死にする必要なんて無いさー」


「田中どうして……、俺達がちゃんと病院まで届けるって言っただろ……?頼むよ……友達の面倒位最後まで見させろって」


「ははっ……。ありがとなー秋斗。でも見ろよー?もう俺の事なんて眼中にも無いのか全然襲ってこねーんだぜー?さっきもそうだった。―――俺さー、多分もうこいつ等の同類判定を受けてるんだぜー?」


 田中は上を向きながらそう呟くと、目の前で『アーウー』言っているゾンビの顔面を殴りつけた。

 ゾンビは転び、そして何事も無く立ち上がるとまた『ウーアー』と二階目掛けてその両手を突き出していた。


「なー?……だからさー、俺はここから消えるわー。俺、死んでまで親友に迷惑かけたくないんだわー。俺が俺じゃ無くなってから大好きだったお前等に手をかけるとかマジで無理だわー」


「田中……」


「そんな顔すんなってー、最後位カッコつけたって罰あたんねぇべー?」


 そう言うと田中は最後に少年らしいニカッとした笑みを浮かべて俺達へと背中を向けた。


「じゃーな、――――――――バイバイ」

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