十六話
本日三話投稿ラストです。
―――カツーン。
胸ポケットからはスマホが勢い良く飛び出し飛び跳ねる。想像以上に甲高い音を立てて転がるスマホ、恐らくは全員の視線が田中のスマホに集まった瞬間だった。
ベキベキベキ……と聞き慣れない音が聞こえたかと思った次の瞬間。
―――ドガシャァァァァァァン!
『ヴァァァァァァアアアアアアア!』
『アアアアアアァァァァァァァ!』
『ガァァァァァッァガァァァ!!』
目の前の教室のガラスが一斉に割れて飛び散る。その飛び散ったガラス片とその窓枠の破片を押し退けるかの様に、そこからは大量の二桁に届くだけの無数の腕が生えてきた。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「ひゃう!」
悠璃と紗希が悲鳴を上げてペタンと尻餅をつく。
―――ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン!
―――バァァンッ!ダーーン!
壁一面に生えた無数の腕は忙しなく壁を叩き、更にはその音や悲鳴に呼応する様に破られ倒れてくる教室のドア、そこにも当然の様に大量のゾンビが乗っていた。
クソ……なんだってこの教室だけこんなにゾンビがいるんだよ!心の中で悲鳴ともつかない叫び声をあげる。
こっちのそんな気持ちなど関係無く、教室からは次々とゾンビが吐き出されてくる。
未だに壁を叩きつける大量の手、今にも壁を叩き壊すんじゃないかと思う程に荒々しく叩きつける音が響き渡る。
「立て!逃げんぞ!ほらマジで急げっ!」
睦月の叫び声に我に返り、まずは何をしなければいけないかを思い出す。目の前ではすでに田中に肩を貸した睦月が進み始めており、俺は慌てて悠璃と紗希を助け起こすとその後を追った。
二人の後を追い越し先頭に立つ、この騒ぎを聞きつけ真っ先に飛び出してきたゾンビを小突くと教室へと押し戻す。
「倒してる余裕は無い!さっさと通り抜けて!」
もう一体ゾンビを殴り飛ばして教室へと戻しながら皆が通り抜けるのを待つ、追いかけてくるゾンビの数が数だけにどうしても気が急いてしまう。
教室二個分を挟んだ先には既に軽く二桁を超えるだけのゾンビが溢れ返っており、数える事すら馬鹿らしくなる程のゾンビの怨嗟の声が四方の壁に反響して俺達を包みこんでくる。
もうどこから声が聞こえてきているのかすらも分からない恐怖と焦燥感、既に音になど気を割く余裕もなくただ必死に走り続けた。
「――――――っ……!」
向かう先、ドアが開いたままだった教室からゾンビがゆっくりと現れる。
その数は見えるだけで五体、最早引く事も進む事も出来ずに俺達はゆっくりと足を止めた。
「マジかよ……」
前後を大量のゾンビに挟まれ身動きを封じられる。圧倒的な数の暴力、その絶望感に背中を冷たい汗が落ちていった。
焦り、恐怖、いっそ狂ってしまえば楽なんじゃないかとすら考えてしまう精神状態、そんな状態ではどんなにシュミレーションしてみた所で浮かぶのは最悪の結末ばかりだった。
そんな最悪の想像を振り払うべく唇を噛み締める。
考えろ!考えろ!考えろ!
活路は?いっそ窓から飛ぶか?イヤダメだそれは最後の手段だ……最悪それで怪我をしたら、下にゾンビが居ない補償は……そんな事一つも無い。
他には、他に何か手は無いのか!口腔内には血の味広がり、しかしその痛みは俺が諦める事を止めてくれる。
「ははっ……これはマジでやべぇかな、紗希、悪いけど田中を頼む」
「はっ、はいです!」
睦月が肩を貸していた田中を紗希へと頼み、一度離れて両手で木刀を握りなおす。
この絶望的な状況に流石に睦月の木刀の先も僅かに揺れている。
俺と睦月は左右に分かれながら武器を構え、その間に三人が身を寄せ合い固まっている。悠璃だけが辛うじて武器になりそうな物を持ってはいるけど、正直戦力として計算しても良いものなのかは微妙なところだ。
『ブヴァアアアアアアアアア!』
こんな絶望的な状況からどうすれば切り抜けられるだろうか、しかし考える時間など与えられるはずもなく、一番近くにいた隻腕のゾンビが片方の短くなった腕を突き出しながら襲い掛かってくる。
一度躱して後ろから殴りかかろうと身構え、しかし後ろには武器も持たない仲間達がいる事に気が付き慌てて斜め前に一歩踏み出す。
力任せに振り抜いたバットはゾンビの残された一本の腕を弾き飛ばし、その飛ばされた腕は窓ガラスを突き破り外へと飛んでいく。
―――ガシャァァン。
当然窓ガラスが割れたら破壊音が鳴り、その音は廊下中へと響き渡る。
やる事為す事全てが空回る。動けば動く程自らの手で自らの首を絞める様に更なる窮地に自らを追い込んでいくという悪循環。
『アァァウァゥゥ』
『ヴァァァァァァ!』
それまで顔を出さなかったゾンビ達まで次から次へと顔を見せ始め、それまで田中を支えてくれていた紗希すらもバックへと手を伸ばし、何か出来る事は無いのかと視線を動かしているのが見える。
「ヤベェな……これマジでどうするよ……、もう一か八か飛び降りるか?」
睦月が目の前のゾンビの頭を吹き飛ばしながら弱音を零す。既に何体のゾンビをそうして倒してくれているのだろうか、睦月の近くの窓ガラスは赤黒く染まっていた。
「クソッ……!皆、ゴメン!」
「面倒だから一々謝んなっ!戦っての結果ならここにいる誰も文句なんて言わねぇよ!それよりもそんな暇があるんだったら何か考えろ!身体でも頭でも必死で動かせ!ってか出来るならどっちも動かせ!飛ぶなら飛ぶで判断はリーダーに任せるぞ!」
「っ……!了解!」
目の前でバランスを崩し顔面からダイブしたゾンビの頭を踏み潰す。グチャリとした嫌な感触に顔を顰めながら、どうしたらこの場を切り抜けられるかを必死で考える。
何か無いかと忙しなく視線を動かす。
紗希はカバンに入れていた教科書を手にとり、それを遠くに投げる事で少しでもゾンビが近付くのを遅らせてくれていた。
睦月は誰よりもゾンビの中へと切り込みながら果敢に戦ってくれていた。しかしどんなに睦月の身体能力が高かろうとも軽く二桁を超えるゾンビを全て一人で倒しきるなんて出来る訳もなく、複数を相手にするにはどうしても無理をする事になる。
そして目の前のどうしようも無い程の圧倒的な数は、睦月がそうしてかなりの無理をしてくれても尚、数を減らしている気にならないのが現実だった。
それでも何とか戦線を維持できていたのは、睦月と武器の問題で戦力として考えるのは厳しいだろうと思っていた悠璃の活躍があったからだろう。
悠璃は体を屈めながら凄い速さでゾンビへ駆け寄り、そしてゾンビの足を束ねた傘で豪快に刈り取るとすぐさま離脱するのを繰り返していた。決して倒す為の行動じゃないが、生き残る為の時間を必死に稼いでくれている。
仲間達は必死に生きる為に戦ってくれている。この状況を打破する方法は何か無いのか……?
文句の一つも言わずに必死に戦ってくれている仲間達の姿に励まされながら、俺は忙しなく視線を動かしながら何か糸口をと思考を巡らせる。
――――――ダァァァァァァン!
目の前のドアが倒れてきて、その倒れたドアの奥からは頼んでも無いゾンビの追加が届けられる。
最早何体倒したのかさえも数えられない程のゾンビ、その中でも今さっき教室から出てきたゾンビをバットで叩き潰した時、ふいに教室内の様子が目に入った。
風通しの良くなった教室の奥、その窓辺には僅かに光が射し込み、それが正しく光明に見えた。
これだ!そう思った瞬間に叫ぶ。
「ベランダだ!皆急いで教室に!もしかしたらベランダから逃げられるかも知れない!」
「ベランダ……?あ、ああ!ベランダ!」
俺が思い出したのはうちの学校のベランダが端から端まで繋がっている事だった。
辺と辺で切れている為一周グルッと回る事は出来ないけど、端から端までの距離、教室にして二十以上を廊下以外のルートで進む事が出来たなら、それは今の危機的状態を脱するに最高の一手になるかも知れない。
「ゴメン悠璃、俺がここは押さえるから教室に入れそうか、出来たら教室が安全かどうかも見てきて欲しい、無理だと思ったらすぐ戻ってきて!その時は飛ぶから!」
「うん分かった!すぐ見てくる!」
悠璃が急ぎ教室内へと駆けて行く、俺は目の前に迫っていたゾンビの頭部へとバットを振り下ろし、更に後ろから唸り声を上げて襲い掛かってくるゾンビへと駆け出す。
絶対に上手く行くはず!そんな予感を胸に疲れた身体を必死に動かす。
「秋斗!教室には一体だけだよ!」
あっという間に戻ってきた悠璃の報告を聞いた事で、目の前には一気に光明が差した気がした。俺の記憶が正しければ一気に一階へ行けるかも知れないからだ。
「ありがと!だったら悠璃はベランダ確認をお願い!ゾンビは俺が何とか足止めするから、むっちゃんと紗希は田中を頼む」
教室内を見回してゾンビの位置を確認すると直ぐにゾンビ目掛けて走り寄った。




