十三話
本日三話投稿のラストです。
正直二人の事を見つけた時は間に合わないかも知れないと思った。だけどあそこで二人が必死で逃がれてくれたおかげで間一髪間に合う事が出来てホッとする。
ゾンビを倒し終えると放心状態のまま床に転がる二人に手を差し出す。
「二人共大丈夫?怪我とかしてない?」
目の前の二人は抱き合ったまま転がったのか、下になっている子はスカートが捲れたり、上になっている子はジャージが破れたりしていて、こんな状況だと言うのにどうしても意識してしまい目のやり場に困る。
上に覆い被さるような格好でこちらを見上げていた女の子、まずはとその子に俺は手を伸ばし助け起こした。
「あ……、ありがとうございます」
一瞬ポカンと俺の手を見つめた後、数瞬だけ躊躇う様に俺の手を見つめた少女、しかし慌てて手を取り立ち上がると直ぐに勢い良く頭を下げた。
ボブカットの茶色い肩口まである髪の毛が揺れて顔に掛かる。身長は百五十センチ後半位だろうか?丸顔で少しだけ垂れ目気味な瞳が特徴的で、全体的に整った可愛らしい容姿をしていた。
黒いジャージ姿はいかにもスポーツ少女といった彼女の雰囲気にピッタリだ。流石に何処の部活だったかまでは知らないけれど、同じジャージを何度も見た事があるからうちの運動部だろう。
俺の手を取り立ち上がるとペコリと勢い良くお辞儀した少女、しかし破れたジャージの隙間からは真っ白い下着が覗いているのが見え慌てて目を反らす。
「え、あっ……ぅ」
そんな挙動不審な俺の態度に少女は自分の状況を改めて確認させられたのか、頬を染めて伏し目がちに俯くと無理やり服を合わせる様にして握り締める。
「もぉ……悠璃ちゃん私の事忘れてないです?」
目の前ではもう一人倒れていた少女が上半身を起こしながら、悠璃と呼ばれた少女を半眼で睨めつけている。
「ご、ごめんね!勿論忘れてなんて、無い……よ?」
「むぅ……怪しいです」
悠璃と呼ばれた少女は慌てた様にその場から飛び退いた。少女が場所を移動した事でもう一人の少女と目が合う。
「あっ、秋斗先輩!」
下になっていて気付かなかったけど、どうやら下になっていたのは同じ天文学部の後輩の紗希だった。
「紗希だったのか……無事で良かった。怪我とかして無いよな?」
「大丈夫です……ありがとうございましたです」
「いや、間に合って本当に良かったよ」
俺は紗希にも手を差し出し助け起こす。紗希は両手で俺の手を握り締めるとゆっくりと起き上がり、その大きな瞳一杯に涙を溜め込んで俺のパーカーの裾を摘むように掴んできた。
命の危険を乗り越えてきた勇敢な後輩に「良く頑張ったな」そう小さく呟くとその小さな頭をそっと撫でた。
「ぐわーっ!秋斗がいちゃいちゃしてるー!あれかー?つり橋効果狙ってダッシュしたのかー?うーわーエゲツナー、こっちは男二人でゾンビと遊んでたっていうのに、マジで汚ぇぇぇよー!」
「あきとん、こっちは終わったぜ?そっちも間に合ったみたいだな……。―――って悪りぃ取り込み中だったりした?」
「えっ?―――あ、あぁほら紗希、むっちゃんとか田中も一緒だから、顔を上げて?」
丁度紗希達がある程度落ち着きを見せた所で二人が追いつき合流した。と言うか多分面白くなるタイミングまで見てたのだろう。
少し冷やかす様にニヤリと笑った睦月は、顔を上げた少女の顔をみると少し驚いた表情を浮かべながら近寄り。
「お、紗希じゃん、無事で何より」
「ちょっと先輩……。もぅ……大人の女性に対する対応を希望するです」
少しだけ優しい表情を浮かべてその頭をグリグリと撫でる。
紗希は一瞬だけ嬉しそうな表情を見せた後、慌てた様にその手から抜け出すと睦月を見つめ、少しだけ拗ねた様な表情を見せながら頬を膨らませた。
「俺も撫でるー」と田中も紗希に近寄ったのだが「田中はお断りなのです」と、睦月の背中にトテトテと走りその背に隠れれながら制服を整えだす紗希の姿を見て、一人寂しそうに笑顔を固めていた。
「ドンマイ田中、そんなこの世の終わりみたいな顔するなよ。きっと今に良い事もあるさ」
肩に手を乗せながらそう諭す。僅かに涙目だったのは武士の情けで見なかった事にした。
そう言えばと思い出し悠璃と呼ばれていた少女に向き合う。
流石にそのままの格好をさせ続けるのも可愛そうだ。……と言うか目の毒だ。
「あぁ……これちょっと汗臭いかも知れないけど、流石にそのままよりはマシだろうし、うちらの目の毒、取り合えず着ときなよ」
「……え?」
その少女は自分の状況を本気で忘れていたようで、ポカンとした表情を浮かべたまま両手を差し出した。しかし両手で押さえる事で何とか下着を隠していた事を思い出したのか、押さえた両手を放しかけ、慌てて片手でジャージを握りなおしていた。
「あの……あ、ありがとうございます」
心配そうに見つめてくる吸い込まれそうな程に澄んだ瞳を見返しながら「大丈夫」と伝えると、少女は嬉しそうに微笑み俺からパーカーを受け取り再びペコッと頭を下げた。
「あきとん、とりあえずそこの二人を連れて移動しようぜ?二人には他の皆がどうなったのか、もしも知っているんだったら聞いておきたいし、後はこれから脱出する為にも二人が通ってきた経路についてとかも色々と聞いておきたいしな」
睦月は何時の間に確認してくれていたのか、この教室なら安全そうだぜと指で示す。
「あ、そうだね、じゃぁとりあえずそこの教室に移動しようか」
鍵を閉めた後、念のために教室内を隈なく確認を済ませると空いてるスペースを見つけて床に座り込んだ。
初めは椅子に座ろうとしたのだけど、紗希が床にしましょうと提案してきた為に従った形だ。
全員が座った事を確認すると俺は水を一本取り出し「回し飲み平気?」と二人に尋ね、二人が頷いたのを確認するとそれをまずは悠璃と呼ばれた子へと渡す。
そうして一通り全員が喉を潤したのを確認すると睦月が改めて話し始める。
「さて……と、それじゃぁまずはお互いに色々話したい事とか聞きたい事があるだろうけど、まずはその前に自己紹介から始めようぜ?紗希と一緒に居る子、多分俺等とは初対面だろうし、お前とか君とかじゃ呼びにくいじゃん?」
視線が悠璃と呼ばれていた少女に集中する。いきなり知らない視線に晒されて少女の瞳に一瞬だけ戸惑いの色が浮かんだが、直ぐに思い直したかの様に微笑んだ。
「えっと、ボクは一年の橘悠璃って言います。紗希の友達で陸上部です。危ない所を助けて貰って本当にありがとうございました」
悠璃は話し終えるとペコリと軽くお辞儀をした。陸上部というだけあり全体的に引き締まった均整の取れた体付きをしている。その体には俺が渡した大きめのパーカーを纏っており、ぶかぶかのパーカーを着てちょこんと座る姿が何だかとてもグッとくる。
後、本当にどうでも良い事だけど、自分をボク呼びする可愛い子は本当に存在するんだなって少しだけ感動した。
俺がそんな結構どうでも良い事に心を動かしている間にも睦月は自己紹介をテキパキと進めていく。
「悠璃な、オーケーちゃんと覚えた。それとお礼とかは必要ないぜ、たまたま二人が助けられる状況に居て、たまたま俺達が助けられる場所にいた。それだけの話だろ?」
睦月は気にするなと笑顔で軽く手を振るが、その何でもない動作が本当に様になる。
「悠璃ちゃん、今話してる金髪イケメンの先輩が比嘉睦月先輩なのです。見た目こそ軽そうですけど、頭も良いしとても頼りになる先輩なのです。それで悠璃ちゃんの目の前に座っている私達を助けてくれた先輩が稲田秋斗先輩なのです。見た目は爽やかだしとっても優しいのですけど、部内では基本ニブチンだと有名なのです」
「えっと……ニブチンの秋斗さんに、イケメンの睦月さんだね。よろしくお願いします」
悠璃はしっかりと顔を覚えるかの様に、俺、睦月と順番に名前を呟きながら顔をジッと見つめる。
「ニブチンって……紗希、俺の説明の仕方もう少し考えてくれよ……酷い説明だ」
「えぇ……そうですか?妥当と言うか、これ以上ない程に適切な紹介だと自負しているのですよ?」
紗希がワザとらしくコテンと小首を傾げながらキョトンとした表情を作る。そのあざとい表情、なまじ見た目が良いだけに様になるのが困る。
「もう良いよ。―――ああっと悠璃、俺も悠璃って呼び捨てにするし、こんなゾンビだらけの状況で先輩風吹かす気も無いから、さん付けとかする必要は無いよ」
「だな。まぁ悠璃が呼びやすい様に呼んでくれれば良いんじゃね?」
悠璃は形の良い唇の下に僅かに折り曲げた人差し指を当てると、一瞬だけ思案顔を見せるも、向日葵の様なニコッっとした笑顔を咲かせる。
「じゃぁ宜しくお願いします。秋斗っ!睦月先輩っ!」
俺達がいい感じに打ち解け始めた頃、今か?次か?と紹介を待っていた田中はついに痺れを切らして紗希に話しかける。
「なーなー?紗希紗希?」
「……どうしたのです?それと出来れば馴れ馴れしく呼び捨てにしないで欲しいです」
「うえー!辛辣ー!いや、じゃなくて、えっとー。俺の事は紹介してくれないのかなー、なんてー?」
紗希の顔色を伺うように、でも少しだけ悲しそうな表情を浮かべながら田中は紗希へとどうなのかと問いかける。
田中のその質問に紗希は一瞬とても苦い薬を口に含んだ様な顔をして、恐る恐ると言った様子で質問を返した。
「……どうしても、紹介必要です?」
「勿論、どーしてもだよー」
しばしお互いが無言で見つめあう。
田中はしょんぼりと萎れた草の様に項垂れながら誰得な上目遣いで紗希を見つめ、紗希は半分諦めた様な微妙な表情を浮かべて見つめ返していた。
「ぷっ……あはは、ごめんもう我慢出来ないよ」
そんな中悠璃が口元を両手で押さえながらケタケタと笑い始める。
「あはは……。もぉ、紗希のそんな顔初めて見たよ?多分その人が前に話してた先輩なんだよね?でも……うん、紹介してくれると嬉しいかな」
悠璃は紗希の眼をジッと見つめながら、話してくれるのを静かに待っていた。
そうやってジッと見つめられた紗希は、若干渋そうな顔を見せた後、小さく唸ると諦めたように紹介を始める。
「なのですが、ぅぅ……仕方無いのです。悠璃ちゃん、そこの先輩が田中です。調子の良さだけは部でも定評があるのです。本当は宜しくして欲しく無いのですけど……仕方がない、本当に仕方が無いです……」
紗希は不本意ですと苦々しそうな表情を見せながら紹介を終える。
「紗希、ありがとう。田中さんよろしくお願いします」
「あ、ああ!よろしくね悠璃ちゃん、本当によろしくねー。俺の事は皆気軽に田中って呼ぶから、悠璃ちゃんも気軽に田中って呼んでねー」
「あ、はいっありがとうございます。田中さん」
紗希の評価が影響したのかがっちりと敬語で対応する悠璃を見て、俺は軽く苦笑いを零した。
紗希は何度も「気を許したらダメですよ?」と悠璃に言い聞かせ続け、それを見た田中は何とも言えない顔をしながら再びガックリと肩を落とすのだった。
基本誰にでも丁寧で物腰の柔らかい紗希だけど、入部から既に何度目かすら数えるのもバカらしい程に田中の適当行為に振り回され、ここ数週間で完全に塩対応になってしまっていた。
失われた田中の信頼の回復、それはもう俺達にはどうする事も出来ない事だった。
「田中……自業自得だと思って諦めろ」
ずんと肩を落とした若干煤けた背中を見ていると流石に少しだけ不憫さを感じるが、これも自業自得と気休めに肩をポンと軽く叩いて慰めておく。
田中と部活の女子の間にはこの一年間で本当に色々とあったのだ。
それなら一年の女子ならそこまでじゃないだろうと思うのだが、わざわざここでは触れないが一年生ですらこの二ヶ月間で色々あったんだ……。
初めこそ田中先輩とか田中君と呼んでいた女子部員だったけど、今では愛美さん以外は一人の例外も無く田中と呼び捨てるし、何かある度にまた田中か……と冷たい眼を向ける。マジ田中という迷惑な人に贈られる造語まで出来てしまっている位だ。
だけどそれでも田中はめげないし、こうして凹んでもすぐに立ち直る事が長所だと俺は思うのだけど、それは女子部員に言わせると田中に限り全てが短所になるのだと言う。
めげないと言う事は考える事が無いからで、立ち直るのが早いのはそこから一切学ぶことが無いからだと言われてしまうともう、俺には庇ってあげる事など出来はしなかった。
それでも一つだけ分かるのは、どんなに凹もうが田中は数分後には何も無かったかの様に頭の上で腕を組みながら、気楽に鼻歌なんて歌ってるんだろうなという事くらいだ。




