十一話
本日三話投稿です。
「お疲れさまでしたー!今日は急いでるのでお先しますー」
「あ、悠璃お疲れー」
「千沙もお疲れー!また明日ね、バイバイ」
ボクの名前は橘悠璃、陸上部に所属する高校一年生だ。四月から全寮制のこの学校に入学して二ヶ月、初めこそ寮生活に戸惑いもあったけど、最近になって漸くこの生活にも慣れてきた気がする。
この学校の生徒の大半がエスカレーター式に中学から上がってくる。聞いてはいたけど外部入学者は想像以上に少なかった。
毎年一定数は辞めていく生徒がいるらしいんだけど、その殆どが外部入学者で、不慣れな寮生活や既に出来ている人間関係の中へと溶け込めずに辞めていくらしい。
ボクの場合は運よく相部屋になった子が内部組みのとっても面倒見の良い子だった事と、何よりも一緒に入学した親友の存在が本当に大きかった。
十クラス以上あるのに親友と奇跡的に同じクラスになれた事もあって、辞めたいとか辛いとか思う必要も無く、本当にあっと言う間の二ヶ月だった。
親友の名前は新田紗希、ボクの幼稚園の頃からの一番の親友だ。紗希は凄い可愛くて人形みたい、切り揃えられた前髪、枝毛なんて見つから無さそうな程に艶々の黒髪は背中まで伸ばしてハーフアップにしている。
おっとりとした印象を持たせる大きな瞳もなんだか吸い込まれそうな程に綺麗で、一重瞼のせいもあって少しだけトロンと眠そうに見えるその感じがとっても愛らしい子だ。
お家も大正時代から続く料亭をしていて、小さい頃から沢山料理の練習をしていた紗希は、今ではお店でお手伝いできる位に料理上手なんだから憧れてしまう。
そんな親友に誘われて今日は学校の屋上で天文部の流星群観測会に参加する事になっていた。
本来なら部外者が参加すべきじゃないかなって断ろうと思っていたんだけど、色々あって断れる雰囲気じゃなくなってしまったのだ。
そしてそんな他部活の集まりに参加させて貰うのだと言うのにだ……。
思った以上に陸上部のミーティングが長引いてしまい慌てて走っている所だったりする。
本当に最悪だよ……ただでさえ申し訳無いのにそれに輪をかけて遅刻って。
「紗希、待たせちゃってごめんね!」
「あ、悠璃ちゃん部活お疲れ様です。まだ皆との集合時間までには時間もありますし全然大丈夫です」
柔らかく微笑んだ紗希は遅刻なんてどうでも良いとばかりにボクの手を取り、さぁ行きましょうと校舎内へと向う。
もう随分と慣れてきた廊下を二人で歩く、話題は勿論今夜の流星群の話だ。
余程楽しみにしていたのか奮気味に話す紗希、それを聞いてるうちにボクもどんどん楽しみになっていた。
刹那しか見る事の出来ない星々との奇跡的なめぐり合わせ、きっとロマンティックなんだろうなとまだ見ぬ流星群に思いを馳せる。
そんな風に紗希との時間を楽しみながらも時々妄想の世界へと迷い込む。楽しい時間は一瞬で、気が付いた時にはもう食堂に着いていた。
食堂へと入ると大きな天窓からは太陽が覗いており、それを遮るようにハンモックの様に吊るされた大きな布が張られている。
初めはどうやって毎回張っているんだろうと不思議に思ったけど、聞けば普通に壁に取り付けられたハンドルを回せば、天井に伸ばされたロープが巻かれて布を引っ張っているだけらしい。
草木をおしゃれに配置したボタニカル調の室内は今でこそ落ち着ける空間だけど、正直慣れるまではおしゃれすぎて落ち着かなかった。
もうすぐ十二時になりそうな集合時間ギリギリに辿り着いたボク達だったけど、食堂は色々な部活の人達でなのか、休日だというのに予想以上に人がごった返していた。余りの人数に紗希も何処にいるのかとキョロキョロと見回している程だ。
「おーい、新田さんこっちだこっち!」
ボク達が来た事に気が付いたのか、立ち上がった男子生徒が大声で紗希を呼びながら手を拱く、一斉に食堂内の視線がボク達へと一気に集まり、紗希は少しだけ気恥ずかしそうに胸の前で小さく手を振りながらそちらへと向かう。
まぁでも芸能人が居たとかならまだしも、ご飯を前にした時の学生の興味なんてそれ程続くものでもなく、すぐに目の前に並ぶ食事へと意識が戻る人達の間を縫ってその集団に向かった。
「悠璃ちゃん、先に皆に紹介しちゃうのです」
天文学部はやけに美形揃いの何処か煌びやかな雰囲気の一団だった。
紗希はテーブルの端に座る先程呼びかけてくれた眼鏡の男子生徒と、その対面に座るとっても綺麗な女子生徒へと話しかけた。
「部長、副部長、お待たせしてすみません、彼女が昨日話した悠璃ちゃんです。悠璃ちゃん、部長の伊藤先輩と副部長の愛美先輩です」
「橘悠璃です。今日は突然お邪魔してすみません!宜しくお願いします」
ボクは紗希の紹介にペコリと勢い良く頭を下げてから挨拶を交わす。目の前の部長さんは眼鏡の奥の細い目をさらに細めて柔和に微笑んだ。
「あははは、いやいや大丈夫だよ新田さん、まだ時間前だしうちは何事にも緩いからね。いらっしゃい橘さん、見ての通りうちは女性が多いから話が合う人もいるだろう、折角のイベントだ今日はゆっくり楽しんで行くと良いよ」
「悠璃ちゃんって言うのねぇ?私は副部長の飯塚愛美ですぅ。事前に紗希ちゃんから話は聞いてるわぁ、今日は折角の流星群を見れる日だものぉ一緒に楽しみましょうねぇ」
二人以外にも紗希に紹介されて初めて会った天文学部の先輩達はとっても良い人達ばっかりで、そして驚く位に綺麗な人が多かった。
美人揃いだなぁと羨ましくなる程の天文学部だったけど、その中でも特に副部長の飯塚愛美さんは頭一つ抜けて綺麗な人で、身じろぐ度にマリン系の爽やかな香りが揺れて、同じ女性なのにボクまでドキドキしてしまう。
ぷっくりとした可愛らしい唇からは、想像通りの可愛らしい声が紡ぎ出され、少し舌足らずな鼻にかかった声は聞いているだけで頬が緩んでしまう。
しかし何よりもだ!そこまで顔が整っているのに出る所が飛び出て、締まる所は驚く程括れているというグラビアアイドル顔負けのスタイルの良さなのだ。
ボクは自分の主張が足りない部分にそっと両手を乗せてながら「むぅ……」と小さく唸る。
全くもぉ……色々と不公平だよ。神様のバカ!心の中で神様に苦情を言う。
罰当たり?顔もスタイルもこれ程に差があるんだからそれ位の愚痴は神様だって許してくれなきゃ困る。
「悠璃ちゃん、お昼は食堂で食べて、少しゆっくりしてから部室の方へと向かうみたいなのです。一応お昼過ぎから観測出来るみたいなのですけど、やっぱり綺麗なのは夜からなので、日が暮れるまでは観測する準備と言う名の女子会らしいです」
「あははっ、うん!それはどっちも楽しみだね!」
先に席に着いていた他の人達は一足先にお昼ご飯の注文は終えていると言う事で、ボク達は急いで食券を買いに列に並んだ。
それは丁度ボク達が食券を購入する順番が来て、二人で何を食べようか?何て話している時だった。
「ぅあ……ぐぅっ、な、なにこれ痛っ……」
突然経験した事も無い様な酷い耳鳴りがする。同時に襲ってくる頭痛は良く頭が割れる程痛いなんて良く言うけどこういう事を言うんだと初めて知った。
しかもこの異常な耳鳴りはボクだけじゃないらしく、目に見える人漏れなく全員苦しんでいるのだから何が起きているのか想像すら出来なかった。
周囲から聞こえる呻き声や泣き声が重なり合い、食堂の高い天井を反響するそれらの声を聞いているだけで気が狂いそうになる。
どれ程度の時間だったのだろうか?短かった気もするし、酷く長かった気もする。だけど耳鳴りや頭痛も気が付けばピタリと止み、突然治まった痛みに一体何だったのだろうかと顔を上げ、目に飛び込んできた光景にボクは目を疑った。
「えっ……」
それまで食べ物のお腹の空く良い香りが漂っていた食堂、それが一瞬で腐臭と悪臭で息も吐けないほどの酷い臭いに包まれ、あちこちで嘔吐し始める人が出始め、異臭の度合いを強めていく。
それまで何事も無い平和で和やかなランチタイムだった食堂は一変してしまった。
ありえない、ありえないよ……。
誰か夢だと言ってほしい……。
どうして現実の世界にあんなモノが存在するの?
何でゾンビなんて存在しているの!
「きゃあああああああああああああああああ!」
食堂のど真ん中、一番に叫んだ女子生徒の首筋にゾンビの歯が突き立てられ、彼女を中心に真っ赤な飛沫が噴水の様に飛び散った。
そしてそのショッキングな光景は恐怖と混乱を一気に加速させる。
「い、いやぁぁぁ!いやいやいやあああああああああ!」
「おっ、おい!何なんだよコレ!ひっ……」
「い、伊藤!いとおおおおおぉぉぉぉぉ!」
「み、皆逃げるんだ!」
不思議と良く通る部長さんの声が食堂内に響き渡る。
「きゃあああああああああ!」
「う、うわぁああああああああ!」
「何をするんだ!ぎゃああああぁぁぁぁ!」
「やめて!押さないで!いや、助けてぇぇぇぇぇぇ!」
食堂内は一瞬で蜂の巣を突いたような騒ぎになり、泣きながら座りこむ人や、我先にと走り出す生徒、運悪く目の前に出現したゾンビに食いつかれる人、人、人……。
「きゃっ……」
「紗希っ!」
慌てて視線を動かし紗希の方を見ると、尻餅をついて倒れてしまった紗希の姿が見えた。ボクは紗希を助け起こそうと足を止めると手を伸ばす。
「ッチ、邪魔だ!」
いきなり立ち止まったボクにツンツン頭の男子がぶつかり伸ばしかけた手が下がる。ぶつかった男子はボクを睨みながら罵声を浴びせて走っていく。
だけどその男子だけじゃなくて、誰も他人が転んでいるのを見ても気にしている余裕も無いようだった。
誰もがこの地獄の様な場所から離れたくて必死なんだ。
だってほら今もまた一人……。
大声で泣き叫び、狂乱した人達、最早何を叫んでいるのかすらも分からない程に興奮して走る人達に顔を顰め、だけど今はそれ所じゃないともう一度紗希へと手を伸ばしその手を取って助け起こす。
人がゾンビに齧り付かれるというショッキングな光景を見せられた生徒達は、当然のようにパニックに陥った集団となった。
その集団が我先にと出口へと押しよせてるんだから、女子生徒達や体の小さな生徒達が二次被害的に押し出されて転んだり、倒れて踏まれたりと酷い有様だった。
本当ならそんな人込みに飛び込むなんて真っ平なんだけど、それでもゾンビがそこかしこに溢れて人を襲っている状況を見るとそうも言っていられなかった。
―――兎に角逃げなきゃ!そう思い人混みの方向へと足を向けかけた時だった。
「やああああああああああああ!痛い、痛い痛い痛い痛い痛い!ぃた……」
目の前で転んだ生徒がゾンビに掴まれたる。ブチブチと聞きなれない音が聞こえたかと思うと、生徒の絶叫と共に噴き出す赤色は信じられない程に勢い良く地面を濡らし、その赤色は一番近くにいたボク達の足を濡らした。
「ひっ……いやっぁ」
痛い位に紗希の爪がボクの腕に食い込む。両目から涙を零しながら、どこか正気を失ったかの様な瞳で目の前で起こる惨劇を首を振りながら否定する。
『ヴヴヴヴヴ……』
それは運が悪かったからなのか、紗希の悲鳴に近くに居たもう一体のゾンビが反応を見せた。
グルリとこちらへと向き、その虚の様な瞳でボク達の姿を捉えたゾンビは、『ヴ……ヴ……』と大きく穴の開いた喉をわずかに震わせながら近づいてくる。
「い、いや……」
腰が抜けてしまったのか恐怖でその場に座り込み、尻餅をつきながら後ずさる紗希の姿を見て、ボクが助けなきゃと奮起する。
さっきまで感じていた恐怖は一度やると決めた瞬間幾らかマシになってて、必死に頭を働かせる。何か、何か使える物は無いだろうか?キョロキョロと視線を彷徨わせる。
目に飛び込んできたのは壁際に寄せられていた整列用のポールで、ボクはそこまで一気に駆けると急いでフックで掛かっていたロープを外して放り投げる。
「よいっしょ!」
気合を入れて掴んだポールは想像よりもやや重く、流石に担いで投げる事は出来なく、両手で握りなおして横に振り回した。
「紗希から離れろぉぉ!」
ブンと遠心力が掛かった勢いそのままに投げつけたポールは、くるくると回転し地面を激しく削りながらゾンビへと飛んで行った。こちらを振り返ったゾンビの足にぶつかり運良く絡めとる。
「紗希、ほら立って!逃げよう!」
紗希の腕を掴んで引っ張り起こす。幸い何度か声をかけているうちに紗希の瞳にも理性が戻り、自らの足でしっかりと立ってくれた。
良かった……。だってゾンビなんて普通の女子高生にどうこう出来る相手でもないし、あれが立ち上がる前に早く逃げなきゃともう一度ゾンビに目を向けた時だった。
―――え?
それを目にした直後に感じた違和感、それはゾンビにぶつかった後もガラガラと転がって行くポールを見て感じたものだった。
正直紗希を助けたい一心で投げたポールだったけど、それにゾンビ達が反応したのか数体のゾンビがポールへと飛び込んでいくのが見えたのだ。
……もしかして音に反応してるの……?
紗希やボクよりもガンガンと音を立てながら転がるポールへと群がるゾンビ、それを見た瞬間に一つの予想が生まれた。
そしてその答え合わせをするかの様に、ポールが転がるのを止めるとゾンビの感心もまた薄れ、四方へと散り始める姿を見て予想は確信へと変わる。
だったら人が居ない方が安全なんじゃないの?立ち上がった紗希に今の事を伝えると驚いた表情を見せた後、一瞬だけ思案するような間の後大きく一つ頷いた。
「悠璃ちゃん凄いです!だとしたなら、悠璃ちゃんの言う通り人込みを避けるのが正解だと思うのです!」




