十話
本日五話投稿のラストになります
「ここって誰か座ってる?」
二人と出会った日、それは桜の花びらが舞い散る入学式の日の事だった。
一般入学組みで特に知り合いもいなかった俺は、誰と話すでもなくボーっとスマホを弄りながらホームルームの始まりを待っていた。そんな時にかけられたその声に手を止め顔を上げた。
「―――うん?多分誰も座って無いと思うよ。黒板には自由に座れって紙が貼ってあるし、どこに座っても大丈夫じゃないかな?」
答えてながら顔を上げるとまず一番に飛び込んできたのは派手な金髪で、次いで日本人離れした髪に負けない程に丹誠な顔立ちに驚いた。
これが高校生というものなのかと変な感心をしたのを今でも覚えている。
それが比嘉睦月との出会いだった。
「あ、マジで?サンキュ」
目の前の男は目に掛かる金色の髪の毛を僅かに揺らしながら、入学式なのに寝不足なのだろうか、その奥に見える瞳は何処か眠そうに見えた。
「俺、稲田秋斗、宜しく」
「ん?ああ、比嘉睦月、よろしく―――秋斗は、見た事無いし外部からだよな?」
「そう、だからめちゃくちゃ緊張してる。比嘉君は中学からそのまま上がってきた感じ?」
「睦月で良いぜ。そんで答えはイエス、俺、って言うか多分この教室のほとんどがエスカレーター組みだな」
「あ、じゃぁ睦月、質問なんだけどさ、その金髪って大丈夫なの?怒られない?」
俺がそう聞くと睦月の眠そうだった瞳が僅かに見開き、そして面白そうに笑った。
「悪い悪い、大体こんな頭してると引くか怖がるかだからさ、ストレートに聞かれるとは思ってなかったからな。因みにうちの学校ってそこまで煩く言わないから大丈夫だぜ」
ホームルームまでの時間を偶然隣の席になった睦月と他愛も無い話をしながら過ごす。
睦月は途中、同じエスカレーター組みなのだろう何人かの生徒達から声をかけられ、それに手を挙げて挨拶していた。流石のイケメン力で声をかける生徒の比率は女子の方が圧倒的に多かったけど。
「比嘉ー、久しぶりー、また同じクラスになったなー!一年間よろしく頼むぜー!所でさー、お願いがあるんだー!頼む百円貸してー?」
「嫌だ。俺は金の貸し借りだけはしない主義だから、けどまぁ一年間よろしくな田中」
「えー……、じゃぁ、えっと君!百円貸してー?財布忘れてジュースが買えないんだー」
「ん?ああ、別に良いけど……」
「うぉぉぉぉーマジでー?神が舞い降りたー!ありがとー心の友よー!あ、そう言えば見た事無い顔だけどお名前はー?」
百円を財布から取り出し渡すとお互いに自己紹介をする。
どうでも良いけど名前も知らない奴に金を貸してと言うのも、まぁ当然貸すのもどうかと思う。でもこの時は勢いに押されて貸してしまったんだ。
「よーし、お前等席に着けー!ホームルームを始めるぞ!」
ガラガラと勢い良く教室の扉が開かれ、酒焼けした様な少ししゃがれた男性教師の声が響き渡り、教室中にガラガラと椅子を引く音が響きざわめきが僅かに収まる。
担任教師の簡単な自己紹介が終わると今日のスケジュールが黒板に書き出された。事前に知らされてはいたけど入学式の後には校内案内が予定として組まれているようだった。
つつがなく終わった入学式の後、教室には担任の志田先生のしゃがれ声が響き渡る。
若干威圧感のある容貌からは想像出来ない程の細やかな説明で、明日からのスケジュールの確認と校内案内の説明をしている。
「うぁー……ジュース買いそこねたしー」
どれだけジュースが飲みたいのか、ぐでーっと机に突っ伏す田中の姿に苦笑いか浮かぶ、中学時代からこうなのだろう俺だけじゃなく田中の声に教室の何箇所かで小さな笑いが起きている。
「おい!うるせぇぞ!そこの……あー田中だったな?後で職員室に来い、高校生活にとって有意義な話でも聞かせてやる」
「うぇー……」
「嫌なら黙って聞いとけっ!そうすりゃ俺だってすぐに終われるんだ!」
志田先生の若干の怒気を孕んだ声が響く、何処かの祭りとかで露天で夜店でも出していそうな先生の風貌も相まって、教室は、と言うか主に田中が大人しくなり、その様子に満足そうに頷くと言葉を続けた。
「これから校内を一気に周って行く訳だが、どうせ前は他のクラスで詰まってるだろうからな、先に説明だけしてしまうぞ。うちの校舎は一階から三階までどの階だろうがグルッと一周出来る様な構造になっている。これから向かうが一階だけは中庭に建てられた食堂へと向かう通路があったり、体育館へ行くための通路がある為例外だがな。同じじゃないと突っ込みそうなバカが居るから先に話しておいた。因みに階段は三箇所、西、東、南と三角形を描くように三箇所設置されているからな。この学校の創設者が拘って造ったといわれている中央階段は、踊り場がまぁお洒落に造られているから初めて見るなら圧巻されるぞ?まぁ今から行く訳だが、当然もうそこを通ってきた者もいるだろうがまだなら一度見ておくと良い、うちの学校で一番気合を入れて造られているだけあって凄いぞ」
「志田せんせー、何で北だけ階段が無いんですかー?」
「……知らん」
そんな田中の声に教室の至る所から笑いが起こる。
それが失笑なのか苦笑なのかはともかくだ。
斜め向いの席に座るこの田中と言う男は、出会った時から良くも悪くもとても賑やかでマイペース、そして一切空気を読まない男だった。
そんな田中の背中から視線を外し、ざわざわと周囲から聞こえる声に耳を傾けると「中央階段、確かに凄かったよ」や「まだ見てないんだよね」などと楽し気な声が聞こえている。
確かに今朝通って来た時も中央階段付近だけがやたらと気合を入れられて造られていた。
女子生徒に配慮して全面がガラス張りでは無いが、腰の高さより上は全てガラス張りの踊り場は、そこだけが中庭に突き出す様に造られている事で眺めも良く、今朝なんかは天気が良かったから踊り場が陽だまりに輝いている様に見えたし、その細部にまで考えられたデザインには思わず溜め息が出たほどだ。
「ああー!あそこの階段、見えそうで見えない絶妙な設計が心をくすぐるよなー、設計した奴はマジでそこら辺が解ってるわー」
あぁ……綺麗な造りが全ての学生に感動を生む訳じゃないらしい。
教室中の女子から向けられる冷ややかな視線、それを受けて尚あのマイペースっぷりはどんだけ強心臓なのかと変に感心する。
「良し!そろそろ前も捌けた頃だろうしそろそろ行くぞー。ああ、ちなみに寄らないから先に説明だけしておくが、東側の階段は屋上へと続く階段が設置されている。だけどな、屋上は基本常時施錠されているし定期的に巡回もしている。誤解されたく無かったら意味無く近寄るなよ?煙なんて吐き出していてみろ、俺のクラスは停学と同時に丸坊主だからな」
「おー初めから坊主の俺しか勝たんー」
「全く……田中だけは坊主頭に反省中とバリカンで入れてやるから安心しろ、さて移動するぞ」
志田先生はそう言うと移動を開始した。
真っ先に向かった中央階段は何度見ても綺麗な造りに溜め息が出る。魅せる為の角度、隠す為の角度、それらが緻密に計算され尽くしたその構造を見ていると将来設計の仕事も面白そうだと思う程だった。
「体育館や部室棟と回ってきた訳だがここで最後だ。購買の横の通路を進んで行けば食堂だ。うちは全寮制の学校だから基本食堂か購買を利用する事になると思う。毎日使うだろう場所だから各自覚えておくようにな」
―――ガション。
「はぁい」と皆が適当な相槌を打ちながら教師の説明に了解の意思を見せていた中、僅かに聞こえた違和感。
キョロキョロと視線を動かすと、何故かチュウチュウと紙パックのジュースを吸い上げながら、しかし悠々と歩いてくる田中の姿が見える。
ああ……我慢出来なかったんだな。
「……よーし、それじゃぁこれで大体全部を回った筈だな。教室に戻ったら何枚かプリントを配るから受け取ったら今日は終わりだ」
教室へと戻りプリントを配っている最中もピリピリとした雰囲気が伝わってくる。きっとこれから起こるであろう未来を想像する。
そして号令の後、最後の最後で志田先生の言葉俺達の予想を現実へと変えた。
笑顔の志田先生と見つめ合う田中に心の中で手を合わせてる。
「それじゃ皆また明日な。あー、だが田中は俺と一緒に職員室だ。これからの高校生活についてじっくりと話合おうじゃないか」
「へ?えええええええー?ちょー!ヘールプ!誰かーたーすけてー」
手をバタバタと動かし抵抗するも、首根っこを掴まれて連行されて行く田中の姿を、その場にいたクラスメイト全員が苦笑しながら見送るのだった。
「あの時は本当に酷い目にあったわー。職員室の中でさせられる二時間の正座は虐待だと思うんだぜー」
「……完全に自業自得じゃん」
呆れたように肩を竦めながら睦月が呟き、俺はそんな二人を苦笑いで見つめた。実際田中絡みでは何度も酷い目にあっているけど、きっとそれ以上に田中がいてくれたお陰で楽しい事も沢山あった。
三人でバカをやったこの一年間は本当に楽しかったから、だからこそ俺達の口元には今も笑みが浮かんでいるのだろう。
「おっと、昔話ばっかりもしてられ無いっぽいぜ?」
「あぁ……了解」
遠く廊下を歩いていたゾンビは見えていたけど、それ以外にも当然いる様で、今は近くの教室から出て来たゾンビへと意識を向ける。
『ヴァアアアアアア!』
「いくぞっ!」
気合と同時に駆け出す睦月、一斉に襲い掛かかってくるゾンビの先頭へと向けて木刀を打ちつける。
入口のドアを壊しながら教室へと戻るゾンビ、睦月が入口に陣取り木刀を降り続ける。
そんな中逆の扉から回り込み背後からゾンビを叩く、何故か俺には一当たりするまで反応すら見せなかった。そのアドバンテージを最大限に使ってゾンビを後ろから殴りつけた。
ダガラと机をなぎ倒して転がるゾンビ、倒したかどうかの確認するより早く目の前で振り返ったゾンビの顔面を殴りつけた。
「ぎゃうわたー!おっおっおっお前なー!飛ばす方向位考えろよー」
丁度教室へと顔を覗かせた田中へ向けて飛んで行ったゾンビの頭、間一髪でそれがぶつかりそうになった田中は床に尻餅をつきながらも傘を振り回して抗議の声を忘れない。
「ぷふっ……ファーストキスがゾンビ味じゃなくて良かったじゃん」
最後の一体を倒し終わった睦月がニヤリと笑いながら田中を揶揄う。
「どどど童貞ちゃうわー」
「誰もそんな事言ってねぇし、興味もねぇし?まっ心に消えない傷が出来なくて良かったな、っと」
笑いながらも顔を顰めた田中へと手を貸し立ち上がらせると、「聞けよー」と睦月の背中を追いかける田中、こんな時でも普段と変わらない二人の背中に目を細める。
「あきとん、さっさと来いよ。ってか何か孫見る爺さんみたいな目してんぞ?」
「まー俺が孫級にラヴリーだから仕方ないなー」
「はい、ラヴリーラヴリー、精神年齢も小学校低学年レベルだしね」
「何をー!流石に高学年はあるだろー」
「おっ、成長したな、小学生レベルだっていう自覚が芽生えたならそりゃ結構だわ」
勿論小声でだとしてもこうして普段に近いやりとりを出来る事が幸せだと思った。何時終わるかも分からない世界で、こういう時間が後どれ位送れるのか……。せめて一秒でも長くこんな時間を一緒に過ごしたいと願った。
そうして軽口を叩き合いながらゆっくりと廊下を進む、どんなにバカな話をしながらだとしても、一瞬判断が遅れれば即終了な状況だ。
どんなに軽口を叩こうが神経は磨り減るし緊張が無くなる訳じゃない、当然進む速度だって遅くなるし、それこそたった数百メートル、走ったら一分も掛からない程度の距離が今はじれったい程に遠く感じる。
教室のドアやロッカーが見える度にゾンビが飛び出しては来ないかと速度を落とし、その度に身構えながら息を押し殺して歩くには通常の何倍もの時間が掛かった。
それでも何とか廊下の先に二階へと続く階段が何とか見えてきたなという時だった。
短い悲鳴と酷く慌てた足音を廊下に響かせ、今まさに向かう所の階段の踊り場から二つの影が飛び出して来たのだ。




