第20話 病弱美少女、n度目の風邪になる。
「なんにせよ、四獣将を倒すほどの人が辺境の村にずっといたとか、やはりあまりにも不自然ですよね」
確かに。
ソレノンの言うことは、納得だ。
現実は小説より奇なりというが、そんな奇妙なことをバカ正直に言っても余計疑われるだけ。ソレノンの判断は正しいだろう。
*
次の日、目が覚めると体が重い。
あ~
「風邪かぁ」
オレはぼんやりと呟いた。
「けほっ、けほっ」
咳払いが聞こえた。
オレじゃない。
音の主へ向く。
「リーン? ……ゲホッ、ゲホッ」
「おはよ、クリアちゃん。けほっ、けほっ」
「おはよう」
リーンの顔が赤い。
咳もしているし……
「もしかしてリーンも風邪?」
「うぅ……そうみたい」
「じゃあ看病しないとな……おっとっと」
オレはふらついた。
「あれ? クリアちゃん……もしかしてクリアちゃんも風邪?」
「ま、まあな」
もう、いつものことだ。
オレたちはベッドにこもり続ける。
「あれ? 二人とも朝食はどうしました?」
「食べてないんだ」
「……クリアさん、声が。もしかしてまたですか?」
「ああ、また風邪だ」
「今の私は【魔封の首輪】で魔法が使えないので……お薬貰ってきますね」
「あ、あと、リーンの分も! ゲホッゲホッ」
「え!? リーン様も風邪なんですか!?」
「……そうなの。けほっけほっ」
「それはそれは……ご自愛ください。私、今日一日看病しますから!」
そういってソレノンは全速力で薬を貰いに行った。
ソレノンにとって、リーンは命の恩人だ。
仮死状態を見抜けるリーンの眼がなければ、ソレノンは死んでいた。
ビューン。
ソレノンはすぐに戻ってきた。
「お薬に水です!」
ソレノンの額には、汗が浮かんでいた。
持ってきてくれたお薬を飲んで、寝る。
カーテンは閉めたが、一面が鉄の柵のせいで全然暗くならない。このせいで、なかなか寝れそうにない。
「……クリアちゃん、一緒に寝て」
「ああ、いいぞ」
リーンがオレのベッドに入り込んできた。
「怖いの。さっきから、目を閉じると飛空艇でのことを思い出しちゃって……」
「そうか。つらいな」
「うん」
リーンはオレの胸に顔をうずくめる。
「あのね……1回、獣人を殺そうと思った瞬間があったの」
「ふむ」
「でもね、怖くてできなかったの……クリアちゃんは人を殺したことある?」
「……あるな」
もう死ぬほどある。
大量虐殺をしたこともある。
1万VS1万の戦争をオレがその中心に立って、一人で皆殺しにしたこともあったな。あれは妻に出会う前だったけど、ホント壊れてたと自分でも思う。
「そっか、やっぱりあるんだ……強くなるためには必要なのかな?」
「いや、関係ないさ……むしろ一生人殺しなんてしない方がいい」
人殺しなんてしても、心を傷つけるだけ。
その傷は、初恋のようなものだ。思い出すと感情がよみがえってくる。
ただ初恋と違って、嫌な感情の塊だから思い出しても何も嬉しくない。
*
それから数日経った。
オレは教会に来ていた。
「ゲホッゲホッ」
今は王宮の牢で暮らしているが、こうやって外に出ることもできる。
……もちろん、制限付きだが。
「クリアさん、風邪をひいているんですか……診せてください」
聖女さんはオレの手を握る。
そして驚いたようにこちらを見た。
正確には、オレの首元を見た。
「その首輪、【魔封の首輪】ですか……何か事情がありそうですね」
聖女のザロッタさんは、オレに付いた首輪を訝しげに見ている。
それだけじゃない。
オレたちには3人の兵士がついてきている。
これが、牢で暮らすオレたちの制限だった。
まあ、聖女さんが不審がるのも無理ないだろう。
「状況は分かりませんが、詮索はしません。まあ、こうやってちゃんと診断に来てくれて、良かったです」
「ま、まあな……ゲホッゲホッ」
「クリアさんの場合、【魔封の首輪】なんて意味ないですし。魔力量が少なすぎて」
「ぐ……」
「まあそれはいいにしても……この体は何ですか? あなた、また無理をしましたよね??」
ぎくっ。
……流石、聖女だ。
牢の中での生活で、オレは奥義を計3回も使ってしまっていた。
そして風邪になったのは2回。
たった1回でも奥義を使ってしまえば風邪になるのは、完全に誤算だった。
「あははは」
「笑って誤魔化そうとしないでください」
「あは、あはは………………」
「……」
「……」
だ、ダメだ!
この聖女、目が笑っていない!
「そこの黒髪の方」
「は、はい!」
「この3日間、クリアさんがどんな生活を送っていたか教えてください」
「だ、ダメだリーン! 言っちゃダメだ!」
「え、えっと……」
リーンは困惑顔だ。
「リーンさん、これもクリアさんのためなんです。クリアさんの体はまた悪化しています。ちゃんと完治するまでは無茶なことは絶対にダメなんです」
「そ、そうなの?」
「ええ、クリアさんのためなんです」
「ダメだ、リーン! 言うな!」
……しかし、オレの願いは届かなかった。
リーンはオレの牢での生活を、正直に聖女に伝えてしまった。
そして案の定、
「これから一週間、修行禁止です」
そう告げられてしまったのだった。
*
オレは、四獣将イングウェルとの戦いを思い出していた。
今思い返しても、やはりそれは決して楽な戦いじゃなかった。
オレがまず最初に使ったのは、奥義、三の太刀、《断絶》。
いきなり不意打ちを仕掛けてきた四獣将からリーンを守るため、仕方なかった。
そして次に使ったのは、奥義、二の剣心、《心剣憑依》。
四獣将の力に対抗するために、これも必要だった。
この体は、本当に一般人並みだ。
四獣将とは比べ物にならないほどに弱い。
だからこそ奥義を使わなければ勝負にすらならない。
一方、四獣将は《半獣化》を使ってパワーを上げた。
しかし逆に技術面のレベルが低くなり、結果オレは優勢になった。
だが四獣将はそれで終わらなかった。
【覚醒】
俺の知らない技を使われた。
大量の魔力を消費する代わりに、パワー・速度・魔力のすべてがワンランク上の次元に到達していた。
そして、あの瞬間――オレが負ける可能性もあったと思う。
【覚醒】が続くギリギリまで使われていたら――
多分【覚醒】が続くのは30秒くらい。
その30秒をしっかり使って、じわじわと追い込むようにされていたら――オレは負けていただろう。
オレの防御力は紙のようなものだ。
ないに等しい。
かすり傷ですら無視できない弱弱しい体だ。
だから、四獣将が奥義なんて使う必要はなかった。
奥義、鷹の型、《神・天命之刃》
【覚醒】状態の上に奥義まで使った過剰戦力。
そのせいで逆転の目ができてしまった。
奥義、異能の太刀、《反転》
反転龍レクシオンの異能《反転》の模倣。
まだ一度も成功したことのない技だったが、気力も体力も魔力もギリギリの状態の中、奇跡的に成功した。
リーンを狙ったことに対する怒り。
それが土壇場で集中力を底上げしたように思える。
結果、四獣将の最強攻撃はそっくりそのまま相手に返り、もろに喰らってくれた。
《反転》の奥義は、初見殺しのような技だ。
それを喰らったからと言って、弱いとは決して思わない。
むしろ予想以上に強かった。
元の世界の人類最強よりも、強かったように思える。
本当にギリギリの勝利だった。
さらに得たものもあった。
強くなるための道筋だ。それも2つも。
1つは、【覚醒】の力。
使いどころの難しい技だが、習得すれば一段階強くなれるだけのポテンシャルを秘めている。
もう1つは、怒りの力。
感情を利用することを覚えれば、一気に強くなるかもしれない。オレは今まで純粋な技術としての剣技にしか注目して来なかった。感情の利用……なぜ今まで気付かなかったんだろう。
「まだ強くなれる」
オレはそう確信していた。
目を開ける。
中庭のとある大木の下で寝そべっていたことを思い出した。
「ああ、今は聖女に修行は止められているんだっけ?」
そのことを思い出し、この感情の行き場をなくす。
こうして修行できない時間は歯がゆかった。




