第6章 一番大事な・・・
恵美莉はなんとか理由をつけて、春樹とは別れた。もちろん別行動という意味だが、昼間に見に行った軽自動車にも納得がいかない心境と、ラブホテルを急遽出る為に慌ただしくことを済ませてきたので、もやもやしたまま、(これから颯ちゃんと何を話すんだろう)と不安になって、表情はこの上なく優れなった。
城下公園駅に帰ってきたところを、キッドの車が恵美莉を待ち受けていた。助手席にいる懐かしいながら違和感のある、真っ黒い顔の颯介を見ると、無理に笑顔を作って軽く手を振った。
「・・・・・・」
しかし、車に近寄っても何もしゃべれずにいる恵美莉。颯介は助手席から出て、そのシートを前に倒し、後部座席への通路を開けた彼の第一声は、
「ひ、久しぶり、元気そうだね」
それを聞いて恵美莉は、(元気そうにしてて正解なのかな?)とか考えながら乗り込んで、
「まあまあ絶好調よ」
などと、心にもない適当なことを言ってしまった。そして助手席に颯介も乗り込むと、元々狭小な後部座席は、目いっぱい下げられたシートで足の置き場もないくらいである。
「狭いねこの車」
「スマンな。ちょっと我慢してくれ。それでも1日ドライブに付き合ってくれる女子もいるんだから」
それは今日の昼間のことなのだが、敢えて抽象的な言い方をして、ニヤニヤ笑うキッドだったが、恵美莉のほうはそんなことに返答できるほど、余裕のある状態ではなかった。恵美莉は少し腰をずらして、後部座席の中央に座り、二人の間から顔を出した。
「どっか、静かなとこで話したい」
「お店?」
「ううん。人のいないとこ」
「じゃ、公園でもいい?」
「うん。近いほうがいい」
それで3人は車で城下公園に向かった。
公園の駐車場に停めると、恵美莉と颯介は二人で、暗い公園の人のいないほうに歩きだした。キッドはそれを車内から見送って、暫くそのまま待つのだった。
恵美莉はなるべく明るい場所を選んで歩いた。颯介を警戒しているのだ。表情だけ普段通りの余裕を見せながら。
(颯ちゃんに対してこんなに構えるなんて、絶対に有り得ないことだと思うのに)
颯介のほうは無言で硬い表情をしながら、それに耐えきれなくなったのか、突然話し始めた。
「ごめんな。寂しい思いさせて、もしよかったらまたやり直さないか?」
「え、今更そんな・・・」
恵美莉は急に話しかけられて、ドキッとしながら、中途半端な返答をした。
「元に戻るっていうより、再スタートしたいんだ」
「・・・颯ちゃん。あなたと付き合ってたのは7年間よ」
「ああ、お前のことだったら何でも解ってる」
「でもあたしにとったら、この1年のほうがずーーーっと長かったの」
「俺、ほんの少しお前を置き去りにしたけど、別れるつもりなんかなかったんだ」
「あたしだって別れたくなかったわよ。でも、あなたがいない毎日なんか・・・」
「たった1年じゃないか。俺たちの絆はもっと・・・」
「もう遅いよ! 絶対無理!」
この言葉には無意識に力がこもっていた。
「恵美莉・・・」
「1年間でどれだけのことがあったと思う? もう昔のままじゃないの」
恵美莉は、目に涙が込み上げてくるのを感じ、颯介から顔をそむけた。
「新しい彼氏がいるからか?」
「そう。1年前からあたしだけ、違う人生を歩き始めたの」
「・・・まるで小説みたいな言い方するんだな。恵美莉は昔のままじゃないか」
「いいえ、あなたがいなくなってから、もう小説は書いてないわ。そんな落ち着いた毎日じゃなくなってしまったのかな」
「こっちだって、毎日忙しくしてたから」
「それじゃ颯ちゃんは、寂しくなかったのね?」
「・・・い・や、そんなことないよ。一応別れはしたけど、恵美莉のこと考えたりしてたよ」
恵美莉は一瞬返答に戸惑った颯介を見て、ある想像をした。
「じゃ、他で気を紛らわすしかなかったわよね」
この言葉は、颯介の心を突いた。恵美莉には、颯介が誤魔化そうとしていた真実に向き合う覚悟があることに気づいたのだ。
「そんなこと問題じゃない。お前のことが一番大事なんだ」
「颯ちゃん。すぐカンボジアに戻っちゃうんでしょ」
「ああ・・・」
「それじゃ今、あたしたちは何かをスタートさせるタイミングじゃないと思うの」
「それでも俺、必ず帰ってくるから」
「それまであたしは待てないよ。こっちにあたしの生活もあるんだから。今のあたしに大事な人も関係してるの」
二人は立ち止った。そこは噴水の設置された大きな池の前だった。時間はちょうど夜の8時。噴水は急に止まってしまった。
「・・・・・・」
颯介は何も言わなかった。辺りは静寂に包まれている。頭上の街灯に照らされ、地面に浮かび上がった影を見ながら、颯介は全身に力を入れて体を震わせた。
「颯ちゃん?」
「うん! 分かった。これからも友達でいてくれ!」
恵美莉はその声に驚いて、颯介の顔を見上げて立ちすくんだ。颯介はそれ以上何も言わず、ただ黙って恵美莉の返事を待った。
「もちろんよ。一番大事な友達よね」
颯介は恵美莉に向かって両手を広げた。恵美莉も両腕をパッとげ大きく広げて近づき、二人は強く抱きしめ合った。恵美莉は、彼の首筋の懐かしい匂いに戸惑い、目をギュッと閉じて額を押し付けた。
その後、颯介は一人で歩いて帰ると言い、その場で二人は別れた。恵美莉はまだ用事があるからと、一緒には帰宅しなかった。暫く街灯の下で、颯介が暗闇に見えなくなるまでその後姿を見送って、真っ暗な夜空を一瞬だけ見上げた。そしてキッドの車を停めた駐車場に向かって歩き始めると、ポケットのスマホが鳴った。その画面を見ると、LINEの着信だった。
(あ、春樹君か。これが颯ちゃんだったら、シツコイところよね)
[決めた。今日の車買う!イエイ]20:22
(春樹君。本当にお気楽ね)
20:22[よく考えたの?]
既読
[考えてたら楽しくなってきた]20:23
20:23[じゃ、ローン頑張らなくちゃ]
既読
[がにばる ( •̀ᴗ•́ )]20:23
(ふふふ、春樹君って、本当にかわいい。このタイミングでLINEくれるなんて嬉しい。ありがとネ♡ あたしの一番 “以上” に大事な人)
恵美莉はドヤ顔とも取れるスカした笑顔をしながら、駐車場で待っていたキッドの車に乗った。後ろいっぱいまで下げられた助手席を、前へ調整しながら、
「キッド、色々ありがとね」
と、とても穏やかな気分で言うことができた。
「どうなった?」
「一番大事な友達になった」
「一番大事な友達? これからずっと?」
「うん。それは一生変わんないと思う」
「ふ~ん。じゃ俺は何番なの?」
「へ? 考えたことない。でもあんたは番外よ」
「眼中にない言い方だな」
「特別って言えば納得してくれる?」
「よかった。これからも何でも遠慮なく言ってくれ」
「あんたに遠慮なんかしないわよ」
「そうだよな」




