第5章:キッドのシナリオ
テーブルの鉄板に『千石』の定番メニュー『モダン焼き』が、じゅぅ~と湯気を上げて焼けている。そこにおばちゃんがお好みソースをぶっかけて、マヨネーズで網目模様を描いていくと、香ばしいにおいが湧きたった。
「ああ、この臭い。帰ってきたって実感!」
颯介は思わず感涙の声を上げた。
「どっか行ってたのかい?」
おばちゃんが訊くと、
「うん、カンボジアに1年」
「へえ? なんでまたそんなとこに」
「青年海外協力隊ってやつですよ」
キッドが説明した。
「それ、ただで行けるの?」
「はい。でも過酷ですよ。特に食べもんは」
颯介はハニカミながらおばちゃんに言った。その会話を聞いて、すぐ近くでお好み焼きを食べていた女子二人組が反応した。
「あれぇ? 村木先輩ですよね」
「え? そうだけど」
「やっぱり、別人みたいに真っ黒だけど、カンボジアって聞こえたから」
「あ、ああ、覚えてる? ン? どこかで会ったっけ?」
「はい。陸上の2年後輩の田中です」
その女子は笑いながら言った。颯介は高校時代、陸上部に所属して三段跳びの選手だったのだが、この女子のことはあまり記憶にない。
「私、先輩が引退されてから途中で入部したんで、覚えてないですよね」
「・・・ああ、ごめん」
「俺、見覚えあるよ。こっちの彼女」
キッドはもう一人の女子を見ながら言った。
「ああ! 私もなんか覚えあります」
「そうそう。確か君、新体操部じゃなかった?」
「はい。あ、思い出した! プロレス軍団の方ですよね」
その娘はニヤリと笑いながら言った。キッドは高校時代、体操部に所属していたのだが、練習など真面目にせず、マットの上でプロレスごっこをしていたのを見られていたようだ。
「俺、木田です」
「あ、そうだ。思い出しました木田さんでしたよね。私、羽田と言います」
「ああ、ジャージに羽田って書いてあったの思い出したわ」
羽田は恥ずかしそうに笑った。
「先輩、カンボジアに行ったって聞いてたんで、ちょっと私、興味あったんです」
田中が嬉しそうに話すと、
「ああ、昨日帰ってきたところだよ」
颯介も少し自慢げに応えた。
「昨日帰ってきたのかい? すぐうちに来てくれてありがとね」
そう言うとおばちゃんは、奥のカウンターに戻っていった。一応、若者の出会いに配慮してくれたのだが、そこに取り残されたような4人は、気まずい空気である。
「何食べてんの? 二人とも今年卒業したばっかりでしょ。俺は懐かしくって、よくここに来るんだ」
そう言いだしたのはキッドである。彼は全く女子に物怖じしない性格なのだ。
「今日、何か予定ある?」
キッドは遠慮なく切り込んでいった。
「私たちこれからライブに行くんですよ」
「へえぇ。誰の?」
「“夜ドラ”です」
「田中が嬉しそうに答えた。
「ミッドナイトドライブかぁ」
「俺ら今からドライブに行くとこだったけど、そっちのドライブについていきたいよ」
「チケット抽選でやっと当たったんですよ!」
「そんなに取りにくいの?」
颯介も話題に入ってくる。
「倍率30倍です」
「そうか、そりゃ楽しみだよな。じゃ、ドライブは明日一緒に行かないか?」
「明日ですか?」
「俺が車出すからさ。夜ドラの曲かけながら」
女子二人は嬉しそうなテンションのまま、顔を見合わせている。それを颯介は戸惑いながら見ていた。
「4人で行けば平気だろ。な。これも何かの縁だよ」
結局、偶然出会った2組は、翌日の日曜日にドライブデート(?)の約束をした。そして楽しく会話を続け、お好み焼きを食べ終わると、4人揃って店を出た。そして近くの公園の駐車場に停めたキッドの車で、女子二人を駅まで送って別れたのだった。
「まずいよ。俺、明日、恵美莉に会うつもりなんだ」
颯介が今更ながら気まずそうに話した。
「もうアポとってたのか?」
「いいや、まだだけど」
キッドは、恵美莉と颯介がまだ会う約束をしていないことを知っていた。恵美莉からこの週末、颯介を連れまわしてほしいとお願いされていたからだ。そんな無茶なお願い通りに行動するのは、キッドも恵美莉をこんなふうに利用してきた過去があって、お互い持ちつ持たれつというわけだった。
日曜日のキッドと颯介は、恵美莉のことは一旦置いといて、前日知り合った田中と羽田の二人と合流した。前夜のライブの興奮をそのままに、キッドの狭い車内でかけた“夜ドラ”のサウンドに酔いしれながら、楽しい日曜日を過ごしてしまったというわけだ。
そして、暗くなる前に帰宅しないといけない18歳女子二人を、家まで送り届けた。せっかく車で連れ出したものの、この世代の女子にはまだ、2日連続の夜遊びはハードルが高く、門限の壁があったというわけだ。でもキッドは颯介にはバレないようにちゃっかり、羽田とは次も会う約束をしていたのだが。
「お前は彼女いないのか?」
そのグループデートの帰りがけに、颯介が車内でキッドに訊いた。
「いる。いるけど、別に今日、浮気したわけじゃないし。これからが楽しみだけど」
「そういう感じ? 俺はそんなことできないな」
「まだ恵美莉に義理立てしてんのか?」
「そういう意味じゃないけど、大事な女ってのは間違いないから」
「向こうはもう次行っちゃってんじゃないの?」
「そうかもな。でも俺のほうが付き合い長いわけだし」
颯介は変な自信から、少し笑って話した。
「何言ってんだよ。何年付き合ったとしても、別れたらそれで終わりだと思うけど」
「そんなもんか?」
「お前も向こう(カンボジア)じゃ、自由に楽しんでたんだろ」
「・・・ふふん」
颯介は更にニヤケた。
「ほらみろ、お前だってそうなんだから、恵美莉だって健気に待つわけないさ」
「でも戻ってくれば、もうアレはなかったことにできるし」
「何都合のいいこと言ってんだよ。逆に恵美莉もカンボジアに会いに行けば・・・」キッドは親指を立てながら「こっちでのコレはなかったことにするかもしれないけど、相手に帰ってこられちゃ、ソレはできないだろう」
「それもそうか。俺はやっぱり恵美莉が好きだったんだと気づいたのに、もう手遅れってことなんだろうか」
「それに、すぐにカンボジアに戻るんだろ?」
「ああ、来月な」
「向こうに待ってる娘はいないのか?」
「いるんだよ。実は」
「なんだぁ? それ。恵美莉に言うぞ」
「やめてくれ。仕方ないんだよ。その人は」
「どういう人なの?」
「3つ歳上の現地のスタッフなんだけどよ、妊娠させちまってさ」
「げ、お前、それでよく帰ってきたな。逃げてきたのか?」
「そうじゃないんだ。俺が向こうに戻るのは間違い無いんだけど、その赤ちゃんは本当に俺の子かどうか判らないんだよ」
「ヤバい話だな。なんとか日本に来たがってるような女じゃないか?」
「その通りかもな」
「日本に呼んで赤ちゃん産んだら、日本人っぽくない色黒の子だったってことにならねえか?」
「その心配はもうないんだ。堕ろしたから」
「ひ、お前・・・」
「違うんだ。俺が悩んでるのを見て勝手に中絶したらしいんだ」
「・・・なんかおかしい。その女、気をつけろよ」
「ああ、解ってる」
「それなら縁を切ったほうがいいような気がするけど」
「それがクメール語を話すのが可愛いんだ。結構、甲斐甲斐しくやってくれるから、離れらんないんだよな」
「それでよく恵美莉のこと(義理立てしてる)って言えるな」
キッドは呆れて本音が出てしまった。
「そうなんだよなぁ。なんか日本と向こうじゃ、別の話みたいに感じちゃってさ」
(何てこと言うんだ)と、キッドは正直、颯介の感覚を疑った。
「絶対騙されないように気をつけろよ。なんぼ遊んできてもいいけど、持って帰ってくるなよ」
「それはしないよ」
終には真剣に颯介に付き合うのが、馬鹿らしく思えてきた。
「それでいて、恵美莉に何を求めてんの?」
「・・・いや~、冷静に考えたら、何で恵美莉に拘ってるのか分からんようになってくるな」
「また意外なこと言う。大事な女だって言ったばっかりだろう」
「それが当たり前で、疑う余地がないくらい当たり前の付き合いしてたから、元に戻るのが当たり前なんじゃないかって思ってただけかもな」
「本当にそう思うなら、きっちりと話し合って、ただの友達に戻るってのも、未来につながることだぞ」
「ただの友達って? 恵美莉と俺が? イメージ沸かないな」
「高校の時、恵美莉が俺に、彼女と別れても親友になればいいのにって、アドバイスくれたことあったよ」
少し間を置いて、しんみり話し出す博之。
「ああ、千鶴と香織の二股の時だろ。恵美莉からその話聞いたことある」
「二股ではない! チィと付き合いだして、カオとは親友になったんだ」
「微妙なタイミングでな」
「絶妙なタイミングだ。今のお前よりはマシだ」
「・・・そうだよな」
「話し合って、さっぱり整理したほうがいいと思うぞ。俺が呼び出してやるよ」
キッドはこのタイミングを逃さずに車を停めた。そしてその場ですぐ恵美莉に電話をかけた。
「もしっし・・・、今どこにいる?」
「もししwww キッド? 街に出てるよ」
「どこら辺?」
「城西のほうよ」
キッドは颯介に目配せした後、停めた車から降りて、彼から距離を取って話した。
「バックに音楽が聞こえる」
「え、えぇ、・・・お店の中だから」
「どこの店? 迎えに行くよ」
「ええ? いいよ、それは困るし」
何を隠そうこの時、颯介のことはキッドに任せたまま、無責任にも恵美莉はラブホテルにいたのだ。でも心配はご無用。相手は春樹君だから。
「今日、色々村木と話したんだけど、やっぱり恵美莉と村木が話し合ったほうがいいと思うんだ」
「今日はダメよ」
「なんで?」
「ええ?・・・」
恵美莉もそのホテルの部屋で、春樹から距離を取って、洗面所のほうに移動した。
「ああ、そういうことか。またヤバいことしてるんだな」
「してないよ。彼氏と一緒なだけよ」
急に小声になる恵美莉。
「おお、そういうことか。でも今がチャンスだぞ。村木も納得し始めてるし」
「そうなの?」
「ああ、どっちみち会って話さないと、村木も踏ん切りつくはずないだろうから、次に延ばす意味はないと思うけど」
「そうか・・・じゃ、1時間待って。1時間で春樹君と別れるから」
「え? 別れる?」
「いいいいええ、そうじゃない。別行動するってこと!」
「なぁんよ、びっくりしたぁ」
キッドは窓越しに、颯介に対して指でOKサインを出した。




