第4章 元カレの帰国
♪スチャラカ♫ちゃんちゃらチャンチャンチャーン♪
金曜日の午後、大学の廊下を歩いていると、恵美莉の携帯が鳴った。その画面に『そーすけ』と表示されているのを見て、口元にムンッと力を入れた。村木颯介からの帰国報告のようだ。恵美莉は(一人でいる時でよかった)と思いながら、迷わずそれを取った。
「もしもし? お帰り!」
明るい元気な声で話し始めると、
「ただいま。フフフフフ」
「何が可笑しいのよぉ」
「久しぶりに声聞いたけど、前のままだから」
恵美莉は電話に出る心の準備はできていて、取り乱さず話し始めたが、それが相手に“より”を戻せる安心感に繋がってしまうと面倒だ。
「変わってないのは声だけよ」
「・・・・・・」
一気に突き放すような言い方をしてしまい、颯介は絶句している。
「いつ着いたの?」
「今朝。セントレア(空港)に」
「へえ。そんなとこに到着したんだ」
「うん、名古屋のNPO法人だから、そのあと新幹線で」
「へえ、そうだったのか」
「あの、すぐに会えないかな?」
「いつ? 今から? あたしこれから授業があるよ。そーちゃんどこにいるの?」
「城下公園駅」
「ホントに今帰ってきたばかりね。一回家に帰るんでしょ」
「いや、このままでも会いに行ける」
「荷物はどうするの?」
「大したものは持って帰ってきてないから、コインロッカーに入れておけるから」
「あたしは今からは無理だよ。授業さぼれないもん」
恵美莉は遠回しだが、はっきりと断っているつもりである。颯介もそれを悟っていたが、
「一回きっちりと話をしたいんだ」
「それなら明日にしない? 今日は家に帰って、早くお父さんお母さんに会うべきだと思うし」
「そうか」
「それにキッドが会いたいって言ってたわよ。あたしから帰ってきたって言っといてやろうか?」
「ああ、キッドにも会いたいから・・・」
「じゃ、もう切るね、授業始まっちゃうから」
PoooPoooPoooPoooPooo・・・
むなしく電子音が鳴り続けるのを、颯介は険しい表情で聞いていた。
結局、土曜の午後、颯介に会いに行ったのは、キッドだった。恵美莉からの電話の押しに負けて(久しぶりに帰国した旧友に会いたい)という程度の理由で、キッドから颯介に電話して誘い出したのだ。
キッドは、待ち合わせ場所のコンビニへ自分の車で向かうと、颯介が店先のウィンドウの前に一人で立っていた。キッドは駐車場に結構な急ブレーキで颯爽と車を止め、自慢の小型スポーツカーを見せびらかすと、ウィンドウを開けて笑顔でこう言った。
「むっちゃ焼けてるな」
カンボジアから昨日帰国したばかりの颯介は、現地人のように真っ黒。
「お前、いいの乗ってるな」
「ああ、奨学金つぎ込んで買ったんだ。これからまだ3年ローンが残ってる」
「俺も車ほしいけど、今は・・・」
「ま、乗れよ」
颯介は助手席に潜り込むように座った。それもそのはず187センチある彼には、キッドの車は狭すぎた。キッドのほうも身長180センチなので、運転席を後ろに下げている、普段は交際相手が座っているその助手席は、前のほうにセッティングされていたのだ。そこに颯介は、まるで体育座りのように膝を抱えるようして座った。
「シート、一番後ろまで下げろよ」
「ああ、どこだ? どうやるん?」
「椅子の下のレバー引いて」
「あ。これ・・・」
ガーーーー!
それはキッドが発車したと同時に、颯介がシートのレバーを引いたため、助手席は一気に一番後ろまで下がってしまった。
「びっくりした」
「ハハハ、それでいいだろ」
「ああ。丁度良くなった」
大男二人が乗るには、少し小さい車であることは否めない。
「さ、飯でも食いに行こうか」
「おう、それなら行きたいとこがあるんだ」
「“おばちゃん”とこか?」
「そうだな。久しぶりだから、やっぱり行きたくなるんだよな、あの店」
「ようし! そうしよう」
そんなこんなで二人が向かう「おばちゃんの店」というのは、高校の時からのなじみの店で、その校門のすぐ近くに暖簾を出すお好み焼き店『千石』である。
カラカラカラカラン・・・
店の玄関を開けるとこの鈴の音が鳴る。キッドが顔をのぞかせると、
「あ、木田君、それに村木君も久しぶりだねぇ。いらっしゃい」
他の客とおしゃべり中のおばちゃんが、来店した二人に笑顔で言った。店は空いているようだ。
「こんにちわ」
「おばちゃん、久しぶりです」
この店は夫婦で切り盛りされていて、特にこのおばちゃんは、そこの高校の卒業生を全員覚えているっていうから、卒業生にも人気の店なのだ。誰もが青春時代の味を求めて、何度も来店している。
「あれ? 今日は恵美莉ちゃんは来てないのかい?」
とまあ、こういう事情通でもあった。
その頃、恵美莉はというと、同じく昔から親友の井上奈美と会っていた。
「颯ちゃん帰ってきたんなら、私会いたかったのに」
奈美は残念そうに言った。
「そんなことできないよ。昔みたいに話が盛り上がっちゃったらどうすんのよ」
「楽しくっていいじゃない。カンボジアのこと聞きたいしさ」
「別れたのに。あたしにはもうどうでもいいことなの」
「あんたにはそうでも、私は懐かしい友達のままだもの」
「い~~ん! そんなこと言う?」
歯を食いしばりながら、恵美莉は奈美が意外に頼りにならないと知ると、キッドの協力に祈りを捧げたい気分になってきた。
「颯ちゃん、会いたがってるんでしょ? 会えばいいじゃない」
さらりと言う奈美に恵美莉は、眉を寄せ続けている。
「いや、そんなことしない。もしそうなったら、あたし、後戻りっていうか、また離れられなくなってしまいそうで」
「それくらい好きなのに別れなくってもいいじゃない」
「好きとかそういうんじゃないのよ」
「っもう、それ以上の関係なんだから、肩ひじ張らず自然にしたらいいじゃない。春樹君と結婚の約束でもしてるの?」
「そんなことしてないけど・・・」
「じゃ、まだ未来は決まってないんだったら、自然と成り行きに任せちゃってもいいのよ」
「・・・・・・・・・・・・。」
恵美莉は眉を寄せたまま、宙を見上げて無言で想像した。
(あたしが颯ちゃんを受け入れてしまうと・・・、
春樹君には内緒にしてしまう・・・。
ということは完全に二股・・・。
颯ちゃんが大学に来たらお終い・・・、
来るに決まってる!)
恵美莉は奈美に視線を戻し、
「絶対うまくいかない!」
「颯ちゃんとうまくやれないの?」
「へ?(いや、両方と付き合うことが)・・・そ、そうね。もううまくやれないと思う」
「そんなに春樹君にべた惚れだったっけ?」
「そ、そうよ。あたしたちの愛を疑うの?」
「へえ? 颯ちゃんのほうが歴史が長いのに、そんなものだったのかぁ」
そう言われると何か悔しい気がする恵美莉は、
「どっちも大事なのは変わりないんだけどね。今のあたしのモラルとしてだね・・・」
と、心にもない言い訳をするのだった。
「春樹君は颯ちゃん帰ってくること知ってるの?」
「いや、まだ言ってないよ」
「言わないほうがいいかもね」
「そうなのよ。明日の日曜日にスーパーカー見に行く予定なのよね」
「サーキットか何か?」
「違うよ。車買いたがってるのよ」
「へえ、いいじゃない! 金も~(金持ち)!」
「ホントは軽よ。軽自動車。こんな時に車買ってどうすんのよ。全くタイミング悪いっていうか・・・」
「相手は颯ちゃんのこと気づいてないんだったら、仕方ないんじゃない?」
「もう、軽自動車じゃテンション上がんないわよ~」
「今時、軽が普通でしょ」
「200万もすんのよ。軽自動車なのに!」
「っへ、やっぱり、お金持ちな彼氏ね」
「ローンに決まってんでしょう」




