第3章 問題の対処
「春樹君・・・どうしたのよ。その頭」
「ああ、ケガは大したことないよ」
大学キャンバスのベンチで、恵美莉がクラスメイトの河辺みのりとアイスキャンディを食べているところに、春樹がひょっこり現れたのだが、いつもより大学に来る時間が遅かった。しかも、頭に四角いガーゼを貼り付けている。そんな春樹の遅刻も、恵美莉にしてみれば大して心配するようなことでもなく、(どうせ寝坊したんでしょ)ぐらいに考えて連絡もしていなかったのだが。
春樹は恵美莉の横に座った。そして彼女が手に持つアイスを、大口開けてかじり取った。
「菅生先輩、こんにちわ」
みのりが挨拶すると、春樹はアイスを口の中で転がしながら、みのりに2回頷いて、
「さっき・・・登校中に・・車にはねられてさ・・・チャリン車(自転車)が・・・」
口をモグモグさせて話し始めた。
「事故に遭ったの!? 大丈夫なの!?」
恵美莉は驚いて大声で訊いたが、横にいたみのりのびっくりの表情は、恵美莉の何倍も強烈である。
「ああ、チャリが壊れて・・・」ゴクリと飲み込んだ。
「春樹君は大丈夫なの!?って訊いてんでしょ!」
「ああ、見たら解るだろ。大丈夫だって」
春樹はもう一口かじろうと首を伸ばしたが、恵美莉はその手を遠ざけて阻止した。
「頭ケガしてんじゃない。どうなったの?」
「うん、見通しの悪い交差点で、横から出てきた車にはねられて、救急車で・・・」
恵美莉はそのガーゼをまじまじと見た。
「救急車乗ったの? 頭打って?」
「それ大変じゃないですか? 相手捕まえました?」
みのりも心配そうに訊いた。
「相手は逃げてないよ。勢いよく跳ね飛ばされて、地面に落ちた時に擦りむいた程度だ」
「へ、そんなとこ跡が残るじゃない。ハゲが」
心配そうな恵美莉に対して、みのりは春樹の頭を見て少し笑っている。
「髪の毛で隠れるから大丈夫だよ」
「じゃ、将来禿げないようにしないと・・・禿げたらハゲは目立たないか」
「そ、そりゃそうだっくっくく」
と、みのりも相打ちを打ちながら、笑いをこらえられなかった。
「何言ってんだ。問題はチャリン車が壊れたってことなんだ」
「そんな目に遭って、一番の心配がチャリなの?」
「明日からどうしよう、チャリ。ていうか、今日の帰りも、チャリ」
「せっかく通学用に買ったのにね、チャリ。弁償してもらえるんでしょ、チャリ」
「チャリチャリチャリチャリ、はははははは」
横でみのりは、笑いを我慢できない。
「そりゃそうだろうけど、今すぐじゃないし」
「今すぐ買って、後で支払ってもらえばいいじゃない」
「・・・あ、そうか」
「そうかって、何言ってんのよ。もう~、やっぱり頭打って悪くなったんじゃない?」
恵美莉は春樹のガーゼを少しめくって、傷口を見ようとしたが、やっぱりやめて首を振った。みのりも覗き込んだが、残念そうに首を引いた。
「大丈夫だって」
「いやん。かわいそう」
「じゃ、慰めてくれ」
「うん。これ食べていいよ」
結局、アイスを全部差し出すのだった。
「俺、車買おうと思うんだ」
「え? 何バカなこと言ってんのよ」
「乗りたくない?」
「チャリの代わりに車で通学するの? 50万じゃいい車なんか買えないよ」
「ローンするよ。オトンが保証人になってくれるし」
教室での講義中、その課題は上の空で恵美莉は考えた。
(なんだかんだ、いろんなことが起こるな。ヒデキさんが言ってたみたいに飛び回り過ぎかな)
時折、黒板を見たりテキストを見たりしながら、
(暫くおとなしくしようと思っても、颯ちゃんは帰ってきたらすぐに会いたがるだろうな。会ったりしたら変なことになりそう。あたし絶対断れないわ。というより情に流されてしまうだろうな。何か手を打っとかないと)
窓の外を見た。新緑の桜の木にスズメが何羽か群がって、慌ただしく動いては飛び立っていく。
(ああ、忙しいの嫌だなぁ。春樹君はマイペースなのに、あたしは周囲に振り回されてる感がある。突然車買うって、どういう気なんだろう?)
一羽のカラスが近づくと、スズメは一斉に飛び立った。そしてカラスはその木の枝に止まった。
(ああ、あたしも逃げたい。誰か助けてくんないかな? そうだ仲間がいれば・・・桧垣先生? 協力してくれそうだけど、先生があたしに味方してるってバレたら、秘密の関係もバレちゃうかな?)
「カァーカァーカァー」
(3回鳴いたな。あれは仲間を呼んでるんだって、誰かが言ってたな)
そのカラスと目が合った。
(お前じゃ仲間になれないよ)
恵美莉は目をそらして、黒板の方向を見た。すると今度は講師と目が合ってしまった。すると反射的に目をそらして、隣に座るみのりを見た。彼女は机に突っ伏して寝ている。
(よくこんな小さい教室の講義で寝られるわね)
また黒板を見ると、講師がまだこっちを見ている。どうやらみのりを見ているようだ。恵美莉は右腕で、みのりの体を揺らしたが、そう簡単には起きない。講師に苦笑いしながら、もう一度強くみのりを揺らすと、ようやく彼女は目を覚ました。
「なに?」
「前見ろ」
みのりが視線を上げると、講師は眉を寄せた。その瞬間みのりがピンっと背筋を伸ばすと、それにつられて恵美莉も背筋を伸ばして講師を見た。すると講師は首を軽く左右に振りながら、講義の続きを始めるのだった。
(なんだか、あたしまで睨まれちゃったじゃない~)
もう一度窓の外のカラスを見ると、こっちもまだ恵美莉を睨んでいる。
「カァーカァーカァーカァーカァ」
今度は5回鳴いた。
(5回鳴いたら、怒ってるか警戒してるんだって誰かが・・・)
恵美莉は一時停止した。
(それ言ってたのあいつだ。そうだあいつに相談しよう)
「ああ、お前、誕生日だったか。おめと!」
「ああ、それはいいよ。もうみんなから祝ってもらってたから。それより相談聞いてよ、キッド」
恵美莉が相談電話をかけた相手は、キッドこと木田博之。彼は中学1年の時から高校3年までの6年間、周囲の誰もが認める気の合う友達で、まるで姉弟のような間柄だった。恵美莉に颯介を紹介したのも他ならぬキッドである。
「ニートなお前が、最近変わったな」
「そりゃ、高校ん時よりは、社会に出る機会増えてるもん」
「今彼氏は?」
「いるに決まってんでしょ。前、話したじゃん」
「ああぁ、大学の先輩か? あれからずーっと付き合ってんの?」
「あたしはじっくり付き合うタイプなの! あんたみたいに3か月ごとに相手替えないよ」
「3か月ってことはないわい!」
「あんたの話はどうでもいいのよ。春樹君とはね・・・」
「彼氏?」
「うん、黙って聞け! 春樹君とはすごーく、うまくいってんのよ。でも周りが放っといてくんないっていうか、面倒なことが増えちゃってさ」
「どんなことや?」
「・・・それは、色々あるじゃない」
「モテモテ自慢する気か?」
「そーゆーことじゃなくって、色々」
「その色々って、ヤバそうなことだよな?」
「ヤバイことはしてないって!」
「今の口ぶりじゃ、絶対してる」
「どんなことしてるように思う?」
「浮気?」
「キッドォ! あたしがそんなことすると思う!?」
「うぅ。お前の性格じゃ、できないだろな」
キッドは高校卒業以降の2年余り、恵美莉にはあまり会っていないので、最近の彼女の行動には全く想像がついていかないのだ。
「あたしがどんな性格だっていうのよ」
「お前ってのは、偉そうに話すのに引っ込み思案で、女の友達が少ないやつ」
「あたしってのは、ハキハキものを言って、男より一歩下がって立ち、その人一筋で満足するやつよ」
「はっはっは、それ面白い。お得意の小説的な表現。そんな女だと思ってた」
「何言ってんの。小説なんてもう1年以上書いてないわ」
「ええ? そうなの? 俺、読ませてもらったことないけど、そのうち読ませてほしいなって思ってるのに」
「今はそれどころじゃないのよ」
「そんなに忙しいのか?」
「時間がないわけじゃないけど、心に余裕なくなったのか、颯ちゃんと別れてから書く気になれないの」
「ふーん。早くよりを戻したいわけか」
「ち・が・う! 反対よ。後戻りしたくないの!」
「どういうことだよ」
「もうすぐ帰ってくるのよね。だから困ってるの! 力になってくれる?」
恵美莉の相談は、久しぶりに颯介と、どんなふうに会えばいいかだった。
「あたしね。颯ちゃんが帰ってきても、もう元には戻れないのよ」
「そりゃ、1年も他の男と付き合ってたら、戻るわけにはいかないな」
「あたしでもそのくらいのモラルはあるわよ」
「じゃ、お前。村木(颯介)にもそう言えよ」
「それ言わないと分かんないかなぁ?」
「それはお前のほうが、村木の性格知ってるんだろ?」
「うん。知ってる・・・あたしのこと忘れないってことも」
「でも、もう元には戻れないって言うしかないじゃないか」
「・・・う~ん。情があるんだよね。まだ」
「ああ、解るけど、どうすんだよ」
「だからどうしたらいい?」
「だから言うしかないじゃないか」
「やっぱり、言わないと分かんないかなぁ?」
「同じセリフ繰り返してるぞ」
「あたし言えないかも。キッドも一緒に来てよ」
「なんで俺まで行くんだよ」
「あんたも昔、女関係の後始末に、何回も付き合わせてたじゃない!」
「それ! お前が面白がって、ついてきてただけだろう!」
「ヒトミ先生との変な噂の時も、香織ちゃんと千鶴ちゃんとの二股も、あたしがうまく話合わせてやったから、何とかなったんでしょ!」
「いいや、お前がいない時でも、全部うまくやってたよ」
「・・・ん? 先生ともうまくやってたの?」
「ややややイヤ! それはちがうけど!」
「じゃ、泉美ちゃんはどうなのよ。あれもあたしがWデートのお膳立てしてやったから、付き合うことができたようなもんじゃない。ちょっとは感謝しなさいよ」
「それと別れ話は別だろ。泉美とは卒業したらすぐ別れたよ・・・」
こんな時、少し寂しそうなトーンになった博之に、恵美莉は同情してしまうのだ。
「・・・そう。じゃ今は? 彼女は?」
「ちゃんといるよ」
「やっぱり簡単に作るなぁ。インスタントラーメンみたいにwww」
「女にはグルメだ!」




