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魔法陣の向こう〜呪いの魔女グレイシアの物語〜  作者: サンガツワサコ


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かつて敵国の領土であった、フェンスベリアの地域は、ディパイレド王国によって3分割され、そのうちの一つはベリア領と名を変え、ブリア公爵ヨシュアが治めている。

そこに隣接しフェン領と名付けられた地域は王家の直轄領となり、残りの地域は辺境伯として国守り続けていたリドル伯に与えられ、この機にリドル伯爵は侯爵に陞爵されている。

もっとも、王国において、辺境伯は侯爵家とほぼ同位であるため、この陞爵は「国境ではなくなった」という意味合いにすぎないと当のリドル侯は笑い飛ばしていた。

余談ではあるが、グレイシアの弟子であるナリーニはリドル伯爵家出身で、現在は王国騎士団の副団長に嫁いでいる。


直轄領であるフェン領には、元フェンスベリアの王族であるロットバッハ侯が、ディバレイトの魔法騎士団に見張られる形で代官を務めている。

そこに、王太子であるシュドリウスが実務の管理と新たな魔法陣の設置のために半年ほど滞在しており、つい先程、魔法陣始動の補佐に王女のナタリーが王宮魔術師を引き連れてやってきた。


ナタリーは、魔法陣の最終調整とともに、王の使者としての役割も担っていた。


「先生が?」


人を払い、王の言葉を伝えると、ナタリーは本題に入る。


「はい。陛下はどうしても先生に魔法陣の書き換えをお願いしたいと言って、譲位を早めると宣言しておられます」


「早めるも何も…」


そんなにも早く王位に着く心づもりはシュドリウスには無かった。父も祖父も28で戴冠したことは知っていたが、それはいずれも予期せぬ事情があってのことであり、父が健康でありフェンスベリアの脅威も表にはない今、シュドリウスがそんなにも早く戴冠する必要はないと考えている。


「その為に、ここはしばらく私とヴィクターが入ることになりました」


ヴィクターはメリッサの派閥の有能な魔術師官僚である、が、


「メリッサ女史が動かないのは珍しいな。これ、先生の魔法陣だろう?」


グレイシアの魔法陣は配列が特別に綺麗なので、一目でわかる。


「先生の魔法陣をランバートさんが組み替えたって聞きましたよ。後で、宰相補佐のタイラーがこちらに来ると聞いてます。彼がきたら、私たちはこのままベリア領の魔法陣に行きます」


「リドルは?」


「あちらはナリーニさんに」


姉弟子はリドル侯爵の末娘だったか。


魔法陣はディバレイト王国の国土であればどこにでも置かれる。魔法使いの国は、占領国を確かな自国にすべく管理のための新しい魔法陣を必要とした。


鞭と飴。


異端なる存在を阻む魔術式はあくまでも、王国にとっての異端であり、王宮魔術師が使役の魔法陣を施して管理している妖魔たちはそれにあたらない。


国土に刻む天の災を阻む魔法陣を設置するより前に、必ず異端除外の魔法陣を施すように。そして、新たに施された魔法陣は、異端なる魔法使いの過剰な魔力を搾取する術式となる。つまり、管理者以外の魔術師がこれらの魔法陣に近づくことができないように、魔法陣守護の為の魔法陣。

ディバレイト王国の王宮の地下のように魔法陣を設置するのに都合の良い場所はない。

また、王国内の地方のようには、魔法陣が神聖なものであるという意識も根付いていない為、国民が自ら守ろうと動くこともなく、むしろ占領の証とも見えた。

フェンスベリアが喉から欲しがった魔法で守られた国土は、占領されたことである意味では手に入れることが出来たとも言えたが、愛国心を持つものたちはさぞ複雑な心境であろう。


「お兄様は王宮に戻って、中央の実務に入れ、と」


「…ヴィクターも追い出したが、彼はこの事は?」


「公式には、伏せられた情報です。が、メリッサさんから伝わっていると思いますよ。魔法陣の受け渡しで会ったランバートさんはまだご存知なさそうでしたが」


王宮魔術師団へも話は漏れていない。つまり、


「陛下は手放すことを決められたのだな」


お兄様の時代に、グレイシア先生はいない。

それで不都合が生まれるのかどうか、ナタリーにはわからない。

陛下が何故魔法陣の更新をグレイシアにこだわるのかもわからない。

ただ、先生が王家以外に仕えるとなると、それは大問題だと、ナタリーにも理解できる。

だからきっと、陛下は本当の意味では、手離さない。

茶会や夜会で社交を担う王妃にはこの情報は流されていない。社交界にこの情報が流すわけにはいかない。まだ、カゴが整っていないのだろう。


ナタリーは旧フェンスベリアの王族であるロットバッハ侯の子息ルーンベントとの婚姻が決定している。元来はリドル辺境伯の子息、つまりはナリーニの兄トナーの元に降嫁する予定だった。しかしトナーの元にはロットバッハの娘エリーゼが嫁ぎ、ナタリーはルーンベントの婚約者となった。ルーンベントはまだ16歳で、23歳のナタリーが嫁ぐのは2年後とされている。

ロットバッハは元フェンスベリア王の弟にあたるが、フェンスベリア王家で唯一都に住まわず、社交からも離れた牧歌的な性分で、子は5人。上の3人は既婚で、16歳のルーンベントは末っ子だった。

また、彼の長男の娘が13歳で、すでにブリア公爵の10歳の次男との婚約が結ばれている。


血筋で縛るのであれば、弟の第二王子ダリウスにエリーゼを娶られせば良いと進言したが、父はひとときたりとも、ディバレイト王家に他国の血を入れる気はないと宣言した。


予定通りにモード侯爵令嬢を娶る兄を、少し羨ましくも思う。


先大公ゴルドレードの血筋のモード侯爵家は、女家系のようで、直系は2代連続で令嬢のみである。シュドリウスに嫁ぐサーシャはモード侯爵の長女であり、次女のミーレイはグレイシアの実家であるパリオ伯爵家の次男を婿に迎える。代替わりする際に降格されモード伯爵となる予定である。


女系が不遇な我が国において、王族でもない魔法爵グレイシアの存在は、明らかな特別枠と言える。本来であれば婚姻も許され、子は女児でも魔力が高ければ後継として認められ2代続けて魔法爵を頂く事もできる。


婚姻後は家名と特例で公爵位を頂く予定ではあるが、ナタリーにもう少し多くの魔力があったならば、グレイシアが去った後に魔法爵を臨むことも叶っただろうか。


ナタリーが思い描くグレイシアの姿は、黒のローブの人型でしかない。しかし、描く魔法陣の美しさと、そこに落とす魔力の甘美な煌めきは、師を間違いなく美しいと評するに値する。


それは、デイパレイドの魔術師であれば否定するものはいないだろう。


王宮に姿を見せなくとも、魔法陣を見れば制作者がわかる。


ナタリーにはそんな技量も才能も魔力もない。従来より魔力の強い王家に生まれ、長子ほど魔力が高いと言われる中で、魔術のセンスがないと言われた弟にも

及ばす。

魔力が高くなければこなせないと言われるグレイシアの兄姉弟子たちの中にはいても、ナタリーの魔力は弟子の中では中程度である。兄姉弟子の中で最も魔力が低いのはメリッサであるが、彼女の魔法操作技術はピカイチだ。

魔力が1番高いのは、ほぼ破門扱いになってはいるが、子爵を継いだレオンハルトだったと思われる。もしかしたら、彼の魔力は兄に匹敵したかもしれない。


ナタリーの夫となるルーンベントに魔力があるかは聞いていない。

定かではないが魔力が少ないと魔法使いの家系では女児が生まれる確率があがるという話もある、

いただく家名がフェンならば、公爵領として賜る領地は間違いなくこのフェン領となる。魔法陣を

維持する為の魔力が、自分1人となると不安が残る。


…先生は王都を出る。けれど、国を出るとは聞いていない。ならば、フェン領に呼ぶことはできないかしら。


ナタリーは目を閉じて、この思いつきを遮断した。


先生を解放しなければならないのに。


細く長いため息は、兄には気づかれずに済んだとおもう。


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