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「グレイシア!相変わらず黒ずくめね。その格好は暑くはないの?」
5年ほど振りに会った友人は、開口一番呆れたように声を上げた。
寝台の上に大量のクッションを積み上げてそこに背を預けたカテリーナは、少し痩せたようにも見えたが、以前と変わらぬ潑剌とした表情でグレイシアを迎えてくれる。
カテリーナはグレイシアの唯一の友人と言って良い存在だ。ヴィンセントが他界したために叶わなかったが、もしかしたら義姉妹になったかもしれない彼女。
同じく義姉妹になりそびれた、王母であるプリシアとはここまで親しくなれなかったが、その後に第二王子(現在はブリア公爵ヨシュア)との懸想騒動で決裂し、4年前に他界するまで交流は途絶えたまま終わりを迎えた。
グレイシアの命がどれほど続くのか見当もつかないが、こうして気安く話をしてくれる友人を大切にしたいと心から思う。
「近ごろ、セドリックがヤンチャになってね。ああ、手紙に書いたと思うけれど、セドリックはテレサの一人目の子供よ。先日テレサが二人目の子供を産んでね、お兄ちゃんをお預かり中なの」
たしか、一人目の孫は4歳になったはずだ。そして、2人目がなかなか授からないようだとと手紙で知らされていた。
「まあ!生まれたのね!おめでとう!」
「ありがとう!そして、聞いて!今度は女の子だったのよ!しかもね、婿にそっくりで、とっても綺麗な顔立ちをしてるの!グレイシアにだって負けないくらいの美女になるわよ!」
大興奮で話すが、実の娘よりも婿の方がよほど美人だと、2人が婚約した当初から言い続けて、娘のテレサは怒らないのだろうか?
「大丈夫!あの子は身の程を弁えているし、婿はテレサにゾッコンだから!」
と、ケラケラと笑う。
「瞳の色は何色かしら?良かったら、祝福の魔石を贈らせてもらうわ」
魔導士からの贈り物で1番喜ばれるのは、やはり魔石で間違いがないだろう。普段から身につける魔石や宝石は瞳の色に合わせるのが一般的と言われている。
「嬉しいわ!ありがとう!グレイシアの魔石だなんて、贅沢な子達だわ!」
もちろん、セドリックの時にも守護の魔石を贈らせてもらっている。グレイシアは生まれた孫の名前を聞き出して、頭の片隅の魔法陣に書き加えておいた。
そういえば、とカテリーナが手招いてグレイシアを寝台のそばまで寄せる。内緒話を察して、部屋付きの侍女たちが部屋の入り口の方まで下がったのをみはからって、カテリーナは尋ねた。
「あなた、まだその見た目だけれど、月のものはあったりするのかしら?」
急に予想外のことを聞かれて、戸惑ったが、生物としてのグレイシアは60を越えている。しかし、どういうわけか、まだ、月に一度の煩わしい身体のサイクルは健在なのが現実だった。
「相変わらず、意味もなくあるわね」
家庭を作る予定もないグレイシアには無駄な煩わしさだ。
そもそも、形として毎月のそれはあっても、実際に子が出来る機能が残っているかはまた別問題だとグレイシアは考えている。ただ、魔力の高いグレイシアには月に一度のそれは体内の魔力の循環に役立っていることもたしかだった。
「変わらないでいて」がヴィンセントの魔法ならば、妊娠や出産は確実な「変化」にあたるだろう。
「今更だけれど、あなた、このままで良いのかしら」
カテリーナは思案げにグレイシアを見る。
「きっと、世の中の他人たちから見たら、貴方は羨望の的でしょうけれど。私は、この歳になって、思うのよ。歳を重ねて、老いてゆくのは寂しいけれど、終わりが来るのも悪くない。世の中が変わっていって、私の番は終わる。子どもたちや、孫たちにバトンタッチして行くの。もちろん家族を持たない人もいるだろうけれど、それでも後輩やそれこそ貴女ならメリッサや、今のお弟子さん?ええと、ランバートだったかしら?彼らの番がやってくる。まぁ、メリッサは充分に現役で大活躍中だけれどね」
グレイシアは現役であって、そうではない。周囲や本人からの要望で弟子はとるが、宮廷魔術師としての役割や地位についてのこだわりはなく、あくまでも依頼された仕事だけを淡々とこなしている。王家とは懇意にしていても、そこに権力は付帯しないように気を配っている。ほとんどその姿を見せない呪いの魔女は、後輩たちの邪魔をしていないこともあって、彼女は高性能な道具のように扱われている気配すらある。検索機能つきですこぶる使い勝手が良いだろう。
人と関わらないようになって、何年が経っただろうか。
グレイシアはふと気がつく。
「私はもう、バトンタッチを終えているのかもしれないわね」
メリッサの他にも、4人の弟子を取ったが、今の弟子は王太子シュドリウスと王女であるナタリーを除けば12年前から引き受けているランバートだけだ。
その弟子も27になる。王宮魔術師として充分に力をつけて、もうグレイシアに師事する必要もないのだが、彼の前にいた兄弟子が結婚するギリギリの29までグレイシアに師事していたのだからと、いまだに彼女の補佐を勤め弟子を名乗っている。
いつもであれば5年おき程で次の弟子希望者を紹介されて断りきれずに引き受けるのであるが、今は王太子殿下とナタリー王女の魔法教師を引き受けていることもあって、新たな弟子を取るように言われることもなかった。
つまり、彼女が普段接しているのは、魔法爵邸の使用人を除けば弟子と王子たちだけ。その王子たちも魔法教師もほぼ課題を出すだけで、顔を合わせるのは月に1度程度だ。
「ランバートの次の弟子はもう取らないと思うわ。私の教え子はナタリー王女が最後ね」
王宮からの仕事の依頼は大概が魔法で連絡が来るのだが、研究に没頭するグレイシアはほぼそれに気が付かないので、それを受け取って予定を調整するのは弟子の役目とされている。ナタリー王女にそんな雑事を任せるわけにも行かないので、弟子を取らなくなればなお、王宮との関わりは減って行くだろう。魔術師は生涯現役とはいえ、その生涯がいつまで続くかわからないグレイシアは、カテリーナが言うようにどこかで終わりを作らなければならないだろう。
「私、貴女はもっと自由になるべきだと思うのよ。義兄さまとの時間はそろそろ終わりにして良いのではないかしら?ここにいる限り、貴女に自由はないでしょう?そして、こんな話が出来るのは、きっと貴女と同じ女で、同じ時を重ねた私くらいだと思っているの」
いつでも溌剌として見えるカテリーナが、少し表情に翳りを見せた。
「私、落馬した時に、1番に頭に浮かんだのは、貴女だったのよ」
夫であるアルドレットでも、娘のテレサでも、それこそ孫たちでもなく。
「家族からしたら薄情なものかもしれないけれど、私、死を意識した時、貴女が1人になる、と思ってしまったの。貴女には、私よりももっと親しくしている人がいるかもしれないのに、不思議ね」
戦友の横顔が、35年前のそれと重なる。
王宮にいる限りは、グレイシアはその姿を偽ることができない。
目眩しの魔法は、異端なる魔術に当てはまる為に、王宮を守護する魔法陣に弾かれてしまうのだ。その作者であるヴィンセントの呪いと言われる魔法陣だけが、弾かれることなく、彼女の奥深くに刻まれたまま。
しかし、王宮を出れば。
「お別れを言っておくべきかしら、カテリーナ」
グレイシアの言葉に、63になった戦友は複雑な顔をむけた。
「…肩が治れば手紙を書けるわ」
呟くカテリーナの肩を見て、彼女の手がもうペンを持つことが叶わないことをグレイシアは知る。
治癒の魔法は本人の持つ自然治癒力を補助するに過ぎない。宮廷医の大掛かりな外科的矯正を施せばあるいは動くようになるかもしれないが、別のリスクをともなうものなので、カテリーナの年齢で無理に医術をほどこすこともないだろう。
通信手段は手紙だけではないが、魔力が多くはないカテリーナには、魔法を使った通信手段を使うことは出来ない。
未来はまだわからないけれど、カテリーナに会う機会は、もう訪れないだろうと、グレイシアは覚悟する。それでも、背を押してくれた彼女には感謝しかない。
「わたしは、私の人生を、歩んでも良いのよね」
もう、充分にこの国に仕えた。
もう朧げとなったヴィンセントの面影が頭によぎる。彼と過ごした時の、なんと短かったことか。
苦痛を和らげる魔法陣にを施しながら、とびきりの魔石に最大限の祝福を込めた物を彼女の血族に送る決意をして、彼女は別れを口にした。




