19
手を合わせ、指を組み、額を合わせる。
グレイシアに刻まれた魔法陣の位置は深く、そこに辿り着くまでにも時間がかかる。
立ったまま続けることは難しいので、ランバートはグレイシアを膝に座らせて作業を続ける。
自らの魔力をグレイシアに流し、またグレイシアから流れてくる艶やかで甘い魔力にランバートは酔いそうになる。
そうして、ヴィンセントの魔法陣に触れたのは、何日目だったろうか。
そこに刻まれていたのは、
守護
愛情
謝罪
祈り
これを、壊して良いのだろうか。
ランバートはそっと、魔法陣から離れる。
そこへ、記憶が流れ込んできた。
全ての刃が、向きを変えて、ヴィンセントに向かう。
いくらか弾き飛ばした刃の中、護衛の盾も剣も、ヴィンセントの防御魔法も、咄嗟に放ったグレイシアの守護魔法をも掻い潜った魔法の短剣が2本。
ヴィンセントの首筋と心臓部に突き刺さる。
ヴィンセントがグレイシアを見た。
彼の手が、駆け寄ったグレイシアの頬に触れた。
彼の指先から、鋭く高緻密な魔法陣が放たれ、グレイシアの中に展開される。
愛している。
言葉にされなかった想いが詰められた魔法陣。
「君は、変わらずに、いて」
ヴィンセントの唇が、震えながら動いて、掠れた声がグレイシアに届く。
グレイシアの腕の中で、ヴィンセントは事切れる。
ランバートは、涙を流していた。
目を開けると、グレイシアも同じように泣いていて、同じものを見ていた事を知る。
何も言えず、彼はグレイシアを抱きしめる。
小さく震えるグレイシアは、ただ、涙を流し続けていた。
ランバートは何も言えなかった。
やめようとも
続けようとも
ただ、心に決める。
解くのではなく、組み替えるべきだ。
グレイシアの望みが、「時を進めたい」と言う事であれば、
「変わらずにいて」
の呪縛だけを解いてやれば良い。
そのためには、もっと深く触れなけれならない。グレイシアに触れる許しを、請わねばならない。
ランバートは、グレイシアの目尻に口づけた。
驚いたように顔を上げた彼女の唇に触れる。そこから彼女の、いや、ヴィンセントの魔力が流れ込んできた。
こちらからは魔力が行かないように気遣いながら、なるべくヴィンセントの魔力だけを選り分けるように取り込んで行く。
ヴィンセントの魔力は、王家の魔力だ。王家独特の黄金の魔力。それを、子爵家の、家督も継がない自分が取り込んでいる。
弾き飛ばされるかと思ったが、魔力はするりとランバートの中に流れ込み、馴染んだ。
唇から離れ、額を付ける。
ヴィンセントの魔力を追って、最短距離で魔法陣に辿り着いた。
この、祈りのような魔法陣。
形は、婚姻の魔法陣だ。
芸術のように美しいその魔法陣を、細部まで確認してゆく。
婚姻の魔法陣との差異を、ひとつずつ確認して、彼はグレイシアから離れた。
卓上に広げたノートに、記憶した魔法陣を描いてゆく。
腕の中で、グレイシアは小さな寝息をたてていた。




