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「ディプソーの奥方から?」
執事から持ち込まれたブリア公爵夫人宛ての手紙を受け取り、モリーは記憶を辿る。
自らの交友関係に、商家の奥方がないわけではないが、ディプソーの事業を思い浮かべれば、公爵本人との繋がりを求めそうなものである。
魔力の封を解いて、息を呑む。
これを開いてしまった時点で、逃げられない。魔法使いの罠とも言える仕掛けに、モリーは悔しく思って唇を噛む。
差出人は、ポリアンナ・ディプソー。レイド魔法爵グレイシアの弟子にあたる人物だ。
「…ヨシュア」
モリーは目を閉じる。
モリーの夫はブリア公爵として、敵だらけだったこの地を治めている。そして、若くとも元来能力の高いひとだったからこそ、今のこのベリア地方が落ち着き、穏やかな日々を得ることが出来たのだ。
モリーは、ずっと見てきた。
幼馴染であり、幼い頃からの婚約者として。そして、妻としても。
かつてヨシュアは優秀な王子だった。魔力も高く艶やかで、魔力持ちの令嬢で彼に心惹かれない者はないほどに。彼の婚約者であることが、モリーは誇りだった。
兄のセヴァリウスが魔法に強い王子だったために、器用な彼は武の道に向かった。魔力操作にも優れていたから、魔法騎士としての才覚も高く、アルドレット将軍に付いて戦場に立つこともあった。
モリーには魔力はあったが魔術師になるほどの才覚はなく、王家に嫁ぐ令嬢としての教育を受けていたから、戦場まで着いていくことは叶わない。モリーはヨシュアが戦場に向かうたびに震えが止まらず、不安定になった。
その当時、グレイシアは黒いローブ姿で筆頭魔術師を勤めていた。呪いの魔女と呼ばれ始めた頃である。
将軍が戻るタイミングで軍の魔法陣の修正と改良のために珍しく姿を現していた。
モリーがヨシュアの無事を確認するために訪れた、騎士団の塔の前で。
ヨシュアが恋に落ちた。
モリーも初めて見た呪いの魔女は、美しかった。ヨシュアにも負けない甘く艶やかな魔力。黒いローブの端から溢れる金の髪はその魅力的な魔力を纏い、輝いて見えた。
ヨシュアの心が魔女に囚われるのは当然だった。モリーの中には嫉妬も落胆もなく、納得があった。それは、モリーがヨシュアに恋しているわけでも愛しているわけでもなかったせいだろう。モリーの憧憬は、ヨシュアに向かうものと同じように、呪いの魔女にもむけられた。
もしかしたら、まだ、モリーが子どもだったのかも知れない。
けれど、モリーの不安は、は、ヨシュアが王都にいても治らなくなった。
周囲は気づいていなかったのだろうか。
握り締めた、王妃さまの白い指先を。
瞼に残る記憶を振り切るように、モリーは再び手紙へと視線を落とした。
機密扱い。
魔法爵を返上するグレイシアをブリア領に移す。
そのための土地を、すでにディプソーは用意しているようだ。
まだまだ制度の整わないこの地はだからこその荒技とも言える。
この手紙がモリー宛であったことの意味。
まさか本人が、見つけてきてしまうとは思わなかったけれど。




