02 冒険開始
「テスター?」
スタッフルームで僕とニナに持ち掛けられた話とは、ゲームテスターのアルバイトをしないかという相談だった。卒業シーズン真っ只中、新生活が始まるまでの暇つぶしにもちょうどいいんじゃないかな、と店長は言う。
確かに、ここ最近ハルメノス・クロニクルに没頭し過ぎて(いくらワンプレイ百円とはいえ)小遣いを消耗していた。今はバイトもしていないし、稼ぎ時と言えばその通りだ。
受けます、と即答したい僕に対し、ニナはやる気なさげに項垂れていた。
「オレ好みのゲームかによる」
「そういえば君、興味ないゲームにはとことん取っつかないよね」
店長はにこにこと微笑み、
「そこは心配いらない。いやむしろ、二人にこそ相応しいゲームなんだ」
そう言って僕らに用紙を手渡す店長。雇用契約書だろうか、そこに記されたゲーム名に、僕も、そしてニナもあっと声を上げる。
ハルメノス・クロニクル・ヴレイン。続編か、いや違う。契約書に記された内容に目を通す。VR対応の新タイトル。仮想現実と化したハルメノス・クロニクルの世界に飛び込み、不具合などがないか確認してほしいという依頼だった。
嘘だろ、と上ずった声で叫ぶニナ。僕も内心興奮していた。VRゲームとしてリリースされるのもそうだが、何より、終わるとばかり思っていたハルメノスの世界がこれからも続くことに驚嘆していたのだ。
「どうかな、機材は勿論こちらで手配するよ。何しろ最新機器だ、くれぐれも壊さないように」
「応さ、是非ともやらせてくれ」
先程までの態度はどこへやら、ニナはやる気満々といった様子だ。
僕からもお願いします。そう言い、改めて契約書に目を通し始めた。
――それから二日後。
アパートに届いた荷物は思いの他こざっぱりとしていて、まず指輪サイズのモーションキャプチャーが一つ、VR定番のゴーグルが一つ、そして説明書。この三点セットだった。
説明書を熟読していると、ピンポンとチャイムが鳴った。玄関に出てみれば、同じ荷物を抱えたニナが立っていた。
「よう。使い方よく分かんねえから一緒にやろうぜ」
「説明書も読んでないんだろう?まあいいけど」
彼女を部屋に上げるのは何もこれが初めてのことではないので気にしない。男女の雰囲気になったこともない、お互い淡白なことだ。
使い方も何も、モーションキャプチャーを人差し指に通し、ゴーグルを付けたら後は勝手に起動する。ただし横になる必要があるので、ニナは僕のベッドに、僕はソファに身を任せ、早速手順通りに動く。
視界は暗転し、白い文字で注意書きが浮かび上がる。ゲーム酔いにお気をつけくださいとか、そんな感じ。それからしばらく暗闇が続くと、急に光が灯った。
「――え」
だだっ広い草原に、ぽつりと佇む女騎士が一人。身の丈以上のロングソードを背に、甲冑がカチャカチャと音を立てる。彼女もこちらに気づいたようで、いつも通りの笑顔をこちらに向ける。
「はっ。魔術師殿も様になってんじゃねぇの」
言われて僕は自身の姿が変化したことに気づく。竜の鱗を織り込んだローブが風でなびき、魔眼を内包した杖は右手に握られている。
なんというリアル感。まだ二〇二六年だというのに、VRはここまで進化していたのか。杖を握る感触、風が肌を撫でる感覚。全てが虚構を超えて現実のものへと昇華されている。こんなものが発売されたら、世界を席巻するに違いない。そう確信できるほどの出来栄えだった。
行こうぜ。そう言って騎士ニナは走り出す。どこへ向かう気なのかと問いただす前に、大きな炸裂音が鳴り響く。音の出所へと振り向けば、草原の向こうにいくつかの建物が見えた。村だろうか、しかしそこから濛々と立ち上がる煙が、何かしらの異常事態を知らせている。彼女はそれをいち早く嗅ぎつけたのだ。
僕もニナの後に続く。目的地に着くまでの間、ハルメノス・クロニクルで使っていた呪文を二、三唱えてみた。回復。バフ。デバフは空振りに終わったが、いずれもきちんと機能している。本当にゲームの世界をリアリティに落とし込んでいる。思わず感嘆のため息が漏れた。
「お、早速お出ましか」
炎上する村の方角から、こちらに駆けてくる異形が一体。モンスターの定番、ゴブリンだ。ご丁寧に棍棒まで持って、必死の形相で近づいてくる。
「さあて、行くぜ相棒」
そう言ってロングソードに手をかけたニナだが、直後眉間にしわを寄せる。それは僕も同じで、というのもゴブリンは手にしていた棍棒を草むらに落とし、
「助けてくれ!村が、襲われてるんだ!」
僕らの目の前まで迫るや否や、ぜいぜいと息を切らしつつ、ゴブリンは懇願した。自分の村が盗賊に襲われている、女子供まで犠牲になっている、助けてほしいと。
僕とニナは互いに目を合わせた。罠だろうか。普通ゴブリンというのは敵で、モンスターで、倒すべきものだ。経験値とドロップアイテムの塊だ。しかし僕らが揃って躊躇したのは、ここがハルメノスの世界を体現しているという点だ。
何でもありのハルメノス・クロニクル。ならばゴブリンの住処が襲われるというのも無い話ではない。
「どうする、殺すか?」
ひっ、とゴブリンは悲鳴を上げる。それでも、震えながらもなお頭を下げた。それは抵抗しないという意志の表れであり、ゴブリンがそんな作法を学び得ていたことに僕は驚いていた。
「いや、助けに行こう。仮に罠だったとしても、僕らなら蹴散らせる」
「言うねえ。じゃあキョウスケに免じて」




