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第六話 乗れ、軽トラに

土曜日。

街は、いつもより、しずかだった。

UFOが、空にあらわれたあの日から、数日がたっていた。

だんだん、みんな、ふつうに買い物をするようになっていた。

でも。

ときどき、誰かが、ふっと空を見上げる。

何もないのを確認して、また歩きだす。

この、見上げ方のくせだけが、街にのこっていた。

ぼくは、商店街を歩いていた。

写真クラブで使うフィルムを、買いに来ていた。

カメラ屋のおじさんは、いつものように、ぼくにフィルムを渡してくれた。

「最近、また、よく撮ってるね」

「あ、はい」

「いいよ、若いうちに、たくさん撮りな」

おじさんは、ふつうにフィルムを売ってくれた。

でも、お釣りを渡す前に、ふっと空を見上げた。

商店街の出口で、ぼくは足を止めた。

「竹内雄太様!」

聞きおぼえのある、硬い声がした。

ふりむくと、コンロボが、ぴょこぴょこ走ってきた。

「ど、どうしたの」

「業務同行のため、駆けつけました」

「何の業務」

「随行も、任務の一部です」

「お前の業務、それじゃないだろ」

「日本語にすると」

「うん」

「お友だちといっしょに、いたかった、です」

「えっ、お前、それ、業務として、いま、言った?」

「いえ、感情として、言いました」

「お前、感情、申告制なのか」

「自己申告、です」

「自己申告かよ」

「現時点限定の、感情、です」

「現時点限定かよ」

ぼくは、ちょっと笑った。

商店街のラジオから、のんびりした天気予報が流れていた。

* * *

商店街を出た。

公園のわきの広い歩道に出たところで。

空気が、すっとしずかになった。

ぼくは、なんとなく空を見上げた。

銀色の点が、ひとつ。

ふつうの雲よりも低いところに、いた。

第五話で見たときと同じ動き方だった。

ゆっくり、ゆっくり、降りてくる。

「危険」

コンロボが、ぼくの前に出た。

「危険、危険、危険」

「ちょ、ちょっと」

UFOから、にゅう、と何かが伸びた。

長い、銀色のアームだった。

先っぽが、ぐん、とこちらに向かってくる。

ぼくの足が、動かない。

『つかまる』

『終わった』

心の中で、声にならない声が、ふたつつづけて出た。

アームは、まだ伸びてくる。

ぎ、ぎ、ぎ、と空気がきしむような音。

心臓だけが、はっきり聞こえた。

* * *

きゅっ、とタイヤの音。

軽トラが、ぼくの目の前で止まった。

運転席のまどから、男の人が顔を出した。

「乗れ!」

坂本さん、だった。

ぼくは、考えるより先に助手席に乗った。

ばたん、とドアがしまる。

ぐん、と軽トラが走りだす。

「しっかりつかまれよ」

「は、はい」

街の景色が、後ろに流れていく。

交差点を、ふっと、抜けた、その先で。

対向車のトラックが、車線を、はみ出してきた。

坂本さんは、ブレーキを、踏まなかった。

かわりに、ハンドルを、横に、切った。

軽トラが、ぐいんと、横に滑った。

電柱が、ななめに、見えた。

ぼくは、シートベルトに、ぐっと、押された。

トラックの、運転手の、ぎょっとした顔が、ガラスごしに、ちらっと、視界に、入った。

トラックの横っぱらが、まどの、すぐ横を、ぬけていった。

クラクションが、後ろで、ぷわっと、鳴った。

坂本さんは、ハンドルを、片手で、戻した。

「シートベルト、効いてるか」

「は、はい」

「ならいい」

軽トラは、ふつうに、まっすぐ、走っていた。

ぼくの手のひらは、汗でぬれていた。

「あ、あの、ありがとうございました」

「ん」

坂本さんは、短く返事をした。

ふしぎなくらい、おちついていた。

* * *

ぼくは、ふと後ろをふりかえった。

サイドミラーに、コンロボがうつっていた。

その場に立ちつくしている。

ぼくたちを、追ってこない。

ぱしゅーん。

小さな音が、聞こえた気がした。

コンロボの頭から、白いけむりがすーっと上がるのが、見えた。

「コンロボ!」

ぼくは声を上げた。

「コンロボは!? あれ、ショート、しました!」

坂本さんは、ちらっとミラーを見た。

「ああ、あれか」

「はい」

「いつものオーバーヒートだろ」

「えっ」

「興奮すると、勝手にああなる」

「は?」

「ロボってのは、そういうもんだ」

坂本さんは、ぜんぜんあわてていなかった。

ハンドルを片手でにぎりながら、まるでお天気の話みたいに言った。

「い、いや、あの、それより、後ろに、その、UFOが」

「UFO?」

「は、はい」

「何それ」

軽トラが、信号で止まった。

ぼくは、坂本さんの横顔を見た。

坂本さんは、ふつうの顔をしていた。

ふつうにまえを見ていた。

そして、ふっと、ひとりごとみたいに言った。

「ま、特区だからな」

「とくく?」

「いろいろ、あるんだ、この街は」

坂本さんは、それ以上、説明してくれなかった。

ぼくは、口をつぐんだ。

(坂本さん、見て、なかった?)

心の中でつぶやいた。

軽トラのエンジン音だけが、やけにはっきり聞こえた。

* * *

軽トラが、また走りだす。

しばらくして。

きゅっ、とまた止まった。

駅前のおもちゃ屋。

その前に、長い長い列ができていた。

「あった、あった」

坂本さんは、ハンドルから手をはなした。

「急ぐぞ。整理券」

「……は?」

「ギャバリン、新作。限定」

「えっ」

「逃げてただろ、今」

「い、いや、それは」

「ちょうどそっちに、走ってた」

ぼくは、しゃべろうとして、しゃべれなかった。

ひざの力が、ふっとゆるんだ。

坂本さんは、軽トラを降りた。

ぼくも、なんとなく降りた。

列の一番後ろに、ならんだ。

ぼくたちは、なんとか整理券を二枚もらえた。

坂本さんは、そのうちの一枚を、ぼくの手におしつけた。

「えっ」

「お父さん、帰ってきたら渡せ」

「えっ」

「あの人、好きだから」

「お父さん、変身ベルト、好きなんですか」

「大好きだ」

ぼくは、整理券を見た。

うすいピンクの紙。

なんとなくしっかりと、ポケットにしまった。

* * *

帰りの軽トラ。

坂本さんは、まどを開けた。

風が入ってくる。

四月の終わりごろの、ぬるい風だった。

「で」

「は、はい」

「お父さん、元気か」

ぼくは、ちょっとまよった。

「あの……」

「ん」

「去年で、三年になります」

坂本さんは、ハンドルをにぎったまま、何も言わなかった。

少しして。

「忘れてたわけじゃ、ないんだ」

「はい」

「ただ、聞きそびれてた」

「はい」

風が、まどから入って、ぼくの前髪をすこしゆらした。

しばらく、何も言わない時間があった。

そのあと、坂本さんは、思い出したように言った。

「お父さんもな」

「はい」

「ロボットによく付きまとわれてた」

「えっ」

「血縁、ですか」

「血縁なわけ、あるか」

ぼくは、ちょっと笑った。

坂本さんも、ちょっと笑った。

軽トラは、ゆっくり坂をのぼっていた。

「あとな」

「はい」

「変身ベルトの新作、出るとな」

「はい」

「子どもみたいに、よろこんでた」

「お父さん、が」

「整理券、俺が代わりにならんでやったこともある」

「えっ」

「貸し一だぞ、っていつも言われてた」

ぼくは、ポケットの整理券をそっとさわった。

二枚目のぶんが、紙のふたつぶん、ぽくっとふくらんでいた。

風が、また入ってきた。

景色が、後ろに流れていく。

電線、電柱、コンビニ、また電柱。

「もうひとつ」

坂本さんが言った。

「はい」

「お父さん、こう言ってた」

「はい」

「『なつくの、雄太の徳だな』、って」

「徳」

「ん」

ぼくは、まどの外を見た。

景色が、一しゅんぼやけた。

ピントが合わない感じ。

なみだ、ではなかった。

うまく目の中にはいってこない、かんじ。

口を開けても、ことばが出なかった。

坂本さんは、それ以上、何も言わなかった。

軽トラは、ゆっくり走りつづけた。

* * *

軽トラが、公園の前で信号待ちになった。

ぼくは、まどから外を見た。

公園のすみ。

シロツメ草が、いつもふわっとしげっていたあたり。

そこだけが。

ぽっかり、なくなっていた。

土が、見えていた。

「……あれ」

「ん」

「シロツメ草が、ごっそり、ない」

坂本さんは、ちらっと見た。

「ふうん」

それだけ、だった。

信号が、青になる。

軽トラは、また走りだした。

ぼくの心の中に。

もやもやが、ひとつのこった。

ことばにならなかった。

でも、消えなかった。

『あれは、まだ、ただの、点』

諸星さんの声が、頭の中でぽとんと落ちた。

UFOは、もう空にいない。

でも、シロツメ草が、ない。

* * *

ぼくは、はっとした。

「あっ」

「ん」

「コンロボ、まだ公園のとこに、ぶっ倒れてます」

「ああ、そうだったな」

坂本さんは、ゆっくり軽トラの向きを変えた。

公園の入口のほうへ、もどっていく。

公園の前まで来ると。

白い軽トラックが、もう止まっていた。

横っぱらに、こう書いてあった。

『機械化学園特区 管理課 緊急回収』

ふだん、見たことのない車だった。

作業服のおじさんが、ふたり。

ひっくりかえったコンロボを、いっしょうけんめいはこびだしているところだった。

ぼくは、車を降りた。

「あ、あの、ぼく、その、知り合いです」

作業服のおじさんが、ふりかえった。

「お、坊や、こいつの知り合いか」

「は、はい」

「興奮して、ショートしたな。よくあるんだ、これ」

「えっ、よくあるんですか」

「ま、こいつ、特例の一号機だからな」

「特例」

「いろいろ、自己申告で動いてる」

「自己申告」

「自己申告で、興奮も、するんですか」

「自己申告で、興奮しちまうんだな、これが」

「興奮、申告制、なんだ」

「申告制で、興奮するから、申告したら、もう興奮してるんだ」

「ぐるぐるしてますね」

「ロボってのは、そういうもんだ」

「整備しといてやるよ。明日にはふつうに戻る」

「あ、ありがとう、ございます」

作業服のおじさんは、めんどくさそうに、コンロボを軽トラの後ろにつみこんだ。

ぱしゅーん。

コンロボの頭から、最後のけむりがちょろっと上がった。

「これも、いつものやつ、ですか」

「いつものやつだ」

白い軽トラックは、走り去っていった。

いれかわりに、坂本さんの軽トラが、ぼくを待っていた。

「はやいですね、行政」

「特区、だからな」

坂本さんが、ぽつっと言った。

「うちの街は、特別なんだ」

「特別」

「ま、いろいろ、な」

ぼくは、なんとなく、その『いろいろ』が気になった。

でも、聞いたら、たぶん坂本さんは何も教えてくれない気がした。

* * *

家の近くまで来た。

軽トラが、ぼくをおろしてくれた。

「ありがとうございました」

「ん」

「あの、整理券」

「お父さん、帰ってきたら、な」

「はい」

「ぜったい、忘れるなよ」

坂本さんは、軽トラを走らせて、行ってしまった。

ぼくは、ポケットの上から、整理券をおさえた。

二枚、ある。

家に帰ると、お母さんが台所にいた。

「あ、おかえり」

「ただいま」

「フィルム、買えた?」

「うん」

「UFO、見たって?」

「うん。シロツメ草、摘んでた」

「あらー」

お母さんは、それだけ言った。

なべを洗う音が、つづいていた。

ハルカが、リビングから走ってきた。

「お兄ちゃん、UFO、また出たの!?」

「うん」

「降りてきた!?」

「降りなかった」

「えーーーーっ」

「降りなくてよかったの」

「なんで」

「なんで、って」

ぼくは、また答えにつまった。

ハルカは、ふくれてリビングにもどっていった。

ぼくは、自分の部屋のまどをあけた。

ベランダに出た。

空。

くもり、だった。

何も、いない。

ふつうの空。

ぼくは、ポケットから整理券を出した。

二枚。

一枚は、ぼくの。

もう一枚は、お父さんの。

そのうち。

たぶん。

いつか。

ぼくは、心の中でつぶやいた。

『正しく見るんだ。そうすれば、こわくない』

ふつうのくもり空に向かって、つぶやいた。

たぶん、お父さんは、これを見たら、笑う。

たぶん、ね。

うちの街は、特別、らしい。

お父さんは、その特別な街で、何かをしている。

どんな仕事か、ぼくはよく知らない。

でも。

シロツメ草を、ごっそり持っていく何かが、空から来る街は。

たぶん、特別、なんだろう。

明日も、たぶん、ろくな日にはならない。

でも、シロツメ草のない公園のことは。

明日には、もっとちゃんと見に行こう、と思った。

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