表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

第五話 空に七つ、銀色

翌朝。

教室は、いつも通り、だった。

絵島が、ねぶそうな顔で、ぼくの斜め前にすわっていた。

今村さんは、まどぎわで、まどの外を見ていた。

みなみは、教室の前のほうで、本を読んでいた。

アールは、教卓の横で、出席簿を見ていた。

完全に、いつも通り、だった。

「お、おはよう」

ぼくは、今日も、ふつうに、あいさつした。

「おはよう」

今村さんが、ふつうに、返した。

ふつうに、返って、きた。

……ふつうに。

ぼくは、自分の席で、ちょっとガッツポーズした。

絵島が、ぼそっと、言った。

「お前、ふつうに、返事もらえるレベル、上がったな」

「あ、ちょっと、上がった?」

「上がってない」

「えっ」

「ふつうに、もらえてただけ。今までも、な」

「えっ」

ガッツポーズ、損した。

* * *

一時間目が、はじまる、ちょっと前。

まどぎわのほうで、誰かが、声をあげた。

「……あれ」

声のトーンが、いつもとは、違った。

ざわつきが、ゆっくり、止まる。

みんなの視線が、まどの外に、向いた。

ぼくも、なんとなく、まどの外を、見た。

空。

青い。

その中に。

点が、あった。

一つ。

動いている。

「……何だ、あれ」

誰かが、つぶやいた。

もう一つ。

増えた。

さらに、一つ。

等間隔に、ならぶ。

気づけば、七つに、なっていた。

誰も、名前を、言わなかった。

名前を、つけられなかった。

飛行機?

ちがう。

ドローン?

ドローンが、七つ、等間隔でならんでいるのは、見たこと、ない。

星?

昼間に、星は、ない。

「……何だろう」

誰かが、また、つぶやいた。

誰かが、スマホを、向けた。

誰かが、ふるえる手で、写真を撮った。

絵島が、ぼそっと、言った。

「ヤバい、やつ、じゃないか、これ」

「うん」

「うちの母さん、地震のとき、こういう顔してた気がする」

「絵島、それ、悪い方向の、フラグだぞ」

アールが、いつもの、無表情のまま、まどの外を見ていた。

「社会が、また、騒がしくなりますね」

「お前、本当に、それ、ばっかりだな」

「事実です」

* * *

校内放送が、なった。

『生徒の皆さんへ、緊急のお知らせです。本日、一時間目以降の授業は、安全確認のため、ちゅうしいたします。生徒は、すみやかに、ご家庭に、帰宅してください――』

教室が、しずかに、ざわついた。

ぼくたちは、ランドセルを、しょいなおした。

「自宅まで、寄り道、せずに、帰ること」

「無事に、家に、ついたら、ご家族のスマホで、連絡すること」

「ふだんと、ちがう人に、話しかけられても、ついていかないこと」

アールが、ふつうの先生みたいに、説明した。

いつもより、ふつうな、口調、だった。

……アールも、ふつうに、できるんだ。

昇降口を出たところで、スマホが、震えた。

桐島先輩からの、メッセージ。

『あんた、まっすぐ、家に、帰りなさい。寄り道、するんじゃ、ないわよ』

ぼくは、ちょっと、迷ってから、返した。

『はい』

すぐに、返事が、来た。

『嘘でしょ』

……バレてた。

* * *

ぼくは、いちおう、寄り道、しないつもり、だった。

でも、通学路の途中の、あの公園を、通った。

いつもの、ベンチに。

諸星さんが、いた。

帽子。

缶コーヒー。

足元に、ピコリン。

空の、七つの、点。

なんて、まったく関係ない、みたいな、いつもの姿、だった。

「あ、こんにちは」

「やあ。きみ、また、来たんだね」

「来ちゃ、ダメでしたか」

「うん?」

「いや、その、緊急下校で、まっすぐ、帰るって……」

「うん」

「諸星さんは、知ってるんですか、空の、あれ」

「うん」

即答、だった。

「みました?」

「みた」

「こわく、ないんですか」

「うん」

「こわくないんだ」

諸星さんは、缶コーヒーを、一口、のんだ。

「だってさ」

「はい」

「まだ、降りてないでしょ」

「は、はい」

「降りてから、考えるよ」

「降りる、まで……」

「うん。降りるまで、何とも、いえないからね」

ぼくは、空を、見上げた。

七つの点は、まだ、そこに、あった。

動いている。

でも、変わらない。

「……諸星さん」

「ん?」

「あれ、本物だと、思います?」

「あれ?」

「UFO」

「うん」

「えっ、本物、だと思うんですか」

「いや、UFO、っていう名前は、まだ、つけてあげない、って、こと」

「は」

「あれは、まだ、ただの、点」

ぼくは、なんとなく、わかる、気がした。

でも、わからない、気もした。

* * *

諸星さんは、ゆっくり、空をながめている。

「あの、諸星さん」

「うん」

「『地面の音』、どうなりました」

「ん?」

「この前、言ってたじゃないですか。『最近、地面の、音が、変わった』って」

「ああ、それ、ね」

諸星さんは、にこっと、笑った。

「今日は、地面のほうは、しずかだよ」

「しずか、ですか」

「うん。地面のほうは、ね」

諸星さんは、空のほうを、ちらっと指さした。

「あっちが、賑やか」

「は、はあ」

ぼくには、よく、わからなかった。

でも、なんとなく、心強かった。

諸星さんの言うことが、半分しかわからなくても、なぜか、不思議に、こわくない。

「諸星さん」

「ん?」

「ぼく、家に、帰ります」

「うん」

「桐島先輩から、まっすぐ、帰れって」

「いい先輩、だね」

「お姉さん、みたいです」

「いいね、お姉さん」

諸星さんは、また、ふっと笑った。

* * *

家に帰ると、お母さんが、玄関に出てきた。

「雄太! 大丈夫だった?」

「うん、ふつうに、帰ってきた」

「テレビ、見た?」

「これから、見る」

ハルカが、リビングから、走ってきた。

「お兄ちゃーん!」

「うん」

「UFO、降りる?」

「降りないと、思う」

「えーーーっ、降りてほしい!」

「なんでだよ」

「降りたら、さわりたい」

「やめなさい」

「なんで」

「なんで、って」

ぼくは、答えに、つまった。

お母さんが、笑った。

「ハルカ、UFOが、降りたら、世界が、大変、なのよ」

「えー、お母さんも、さわりたくない?」

「お母さんは、ほうきで、追いはらいたい」

「ほうきで!?」

お母さんは、台所に、もどっていった。

* * *

リビングのテレビが、ついていた。

『……現在、東京都心の上空に、銀色の、未確認飛行物体が、七つ確認されており、政府は、緊急対策本部を、設置しました』

『専門家のあいだでは、宇宙からの飛来物との見解と、人為的なドローンの群れ、との見解が、対立しており――』

『ネット上では、「ついに、来た」「終わった」など、騒然とした、声が、上がっています――』

テレビは、いつものように、騒いでいた。

でも、ぼくの心は、なんとなく、おちついていた。

『鳩が、金色に、なってるだけでしょ』

『降りるまで、何とも、いえないからね』

諸星さんの、声が、頭の中で、二回、ぽとんと、落ちた。

* * *

お母さんが、台所で、なべを、洗っている、音が、聞こえた。

ぼくは、リビングから、声をかけた。

「お母さん」

「うん?」

「お父さん、こういう時、なんて、言ったかな」

お母さんは、なべを洗う手を、ちょっと、止めた。

ふっと、笑った。

「『正しく見るんだ』、でしょ」

「うん」

「『そうすれば、こわくない』、って」

「うん」

「あの人の、口ぐせ、ぜんぜん、変わらないわね」

「だね」

「いつ、帰ってくる気なのかしら、ね」

「忙しい、みたい、だから」

「うん」

お母さんは、また、なべを洗いはじめた。

「でも、まあ、いつか、ね」

「うん」

ハルカが、ソファで寝そべりながら、聞いた。

「お父さん、UFO、好きそう?」

「あの人? 大好きだろうね」

「ええーっ」

「お父さん、子どもの頃、UFO研究会、入ってたって」

「うそ」

「ほんと」

「ぼく、知らなかった」

「言ったかな、これ、雄太に」

「言ってない」

「あらそう」

ぼくの、知らない、お父さんの話が、また、ひとつ、増えた。

なんとなく、うれしかった。

* * *

夜。

ぼくは、自分の部屋のベランダに、出た。

空は、もう、暗くなっていた。

星が、ぽつぽつと、見えた。

その中に。

銀色の点が、ひとつ。

ゆっくり、ゆっくり、動いていた。

星じゃ、なかった。

でも、こわくは、なかった。

ぼくは、なんとなく、心の中で、つぶやいた。

『正しく見るんだ。そうすれば、こわくない』

『鳩が、金色に、なってるだけでしょ』

『降りるまで、何とも、いえないからね』

お父さん。

諸星さん。

そして、また、お父さん。

ぼくの心の中で、三人の声が、しずかに、ならんでいた。

明日も、たぶん、ろくな日には、ならない。

でも、ろくな日にならない予感は、わりと、よく、当たる。

……たぶん。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ