表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

第四話 菜の花、撮りました

朝の教室で、ぼくは、まだちょっと、引きずっていた。

まどぎわの今村さんを、ちらっと見ては、視線を机に戻す。

今村さんは、いつもどおり、まどの外を見ていた。

……たぶん。

絵島が、横で、にやっと笑った。

「お前、まだ気にしてんのか」

「いや」

「『窓ほめ事件』のこと、だろ」

「それ、もう名前ついたのか!」

「クラスで、定着してきてる」

「最悪だ……」

アールが、すうっと近づいてきた。

「竹内さん」

「な、何」

「まどは、いいですよね」

「お前まで、追い打ちかけるなよ!」

クラスのみんなが、笑った。

ぷふっ、っていう、控えめな笑いが、たぶん、今村さんの席のほうからも、聞こえた、気がした。

気のせいだ。

たぶん。

ふと、教室の前のほうを、見る。

みなみが、いつもの席で、本を読んでいた。

同じクラスなのに、四月から、まだ、ちゃんと、話したことがない。

ぼくは、本当に、女子と話すのが、苦手だ。

* * *

朝の、休み時間。

ぼくは、図書室で、棚の前に、立っていた。

手を、のばす。

同じ場所に、別の手が、のびていた。

目が、合った。

今村さんは、無言で、手を、ひいた。

ぼくは、本を、取った。

気のせい、かな。

* * *

昼休み。

ぼくのスマホに、桐島先輩から、メッセージが来た。

『放課後、ロケハン。商店街。あかりも来る。アールも』

すごく、簡潔だった。

簡潔、すぎる。

「ぼく、選択肢、ない感じだ……」

絵島が、後ろから、ふっと笑った。

「桐島先輩、面倒見、いいよな」

「面倒見、ね」

「お前、頼りないからな」

「ひどい」

「合ってるだろ」

「合ってるけど!」

* * *

放課後。

部室には、すでに、桐島先輩と、あかりが、いた。

「遅い!」

「いや、ちょうど、時間ですけど」

「先輩より、あとに来た時点で、遅いの」

「理屈、めちゃくちゃ……」

あかりが、けらけら、笑った。

「竹内君、いつも、先輩にやられてますよねー」

「お前、後輩の立場で、それ言うか?」

「あ、すいませーん」

みなみは、今日も、別の予定らしい。

クラスでも、会えば、ぺこっと、おじぎ、するくらい。

なんとなく、不思議な、女の子だ。

アールが、いつもの無表情で、ぼくのとなりに立っていた。

「春の駅前商店街は、撮影対象として、最適です」

「お前、さっきから、観光案内みたいだな」

「事前情報を、提供しています」

「事前情報って、言うな!」

桐島先輩が、ふっと、笑った。

「行くわよ」

「はい」

* * *

駅前の商店街は、ちょうど、夕方の時間だった。

オレンジ色の光が、店先のかんばんを、ぽうっと照らしている。

春の、あったかさと。

夕方の、しずけさが。

まざりあって、なんとなく、いい時間だった。

「いい光、ね」

桐島先輩が、めがねを、押し上げた。

「ですね」

ぼくも、自然に、答えていた。

不思議だ。

桐島先輩と話すときは、なぜか、自爆しない。

今村さんと話すときだけ、なんで、あんなに、こわくなるんだろう。

たぶん。

桐島先輩のほうが、ぼくのことを、ほっとかないからだ。

今村さんは、ぼくのこと、ほっといてくれる。

それは、それで、ありがたいけど。

ありがたいけど、こわい。

……ぼくは、何を考えてるんだ。

* * *

あかりが、商店街のおまんじゅう屋さんの前で、ぴょんぴょん跳ねていた。

「竹内君! 竹内君竹内君!」

「何」

「これ、おいしそう!」

「写真クラブのロケハンに、来てるんだけど」

「あ、ですよね、はい!」

桐島先輩が、ふっと、笑った。

「あかり、ほんと、元気よね」

「先輩、ぼくが言っときますんで」

「あんたが?」

「な、なんですか、その間」

「言うのは、まず、自分の姿勢、なおしてからよ」

「ぐっ……」

ぼくは、ぐうの音も、出なかった。

商店街の入り口の小さな花壇のところで、ぼくは、足を止めた。

黄色い菜の花が、ちょこんと咲いていた。

夕方の光が、花びらを、てらしている。

すごく、きれいだった。

ぼくは、自然に、しゃがみこんで、カメラを構えた。

ファインダーを、のぞくと――。

急に、心が、しんと、なる。

夕方の光。

黄色い、菜の花。

その向こうに、ぼんやり、商店街のあかり。

いい絵、だった。

シャッターを、切った。

もう一枚。

もう一枚。

桐島先輩が、となりから、のぞきこんだ。

「悪くない」

「ありがとうございます」

「あんた、花、撮るの、うまいよね」

「あ、はい」

「花、だけは、ね」

「花だけ!?」

「人物になると、急に、変な構図に、なるけど」

「やめてください!」

桐島先輩は、ふっと、笑った。

「でも、変に盛ってないのが、いいの」

「変に、盛る?」

「写真って、つい、特別感、出そうとするけど」

「はい」

「あんたのは、ふつうに、撮ってる感じがする」

「ふつう、ですか」

「うん。それが、いい」

ぼくは、ちょっとだけ、肩の力が、ぬけた。

* * *

帰り道。

あかりは、家が反対方向だから、駅前でわかれた。

「じゃ、また明日ー!」

「うん、お疲れ」

ぼくと、桐島先輩、それから、アールの三人で、川ぞいの道を、歩いていた。

夕日が、川の水に、ゆらゆらうつっていた。

「あんたさ」

「はい」

「『窓ほめ事件』、まだ気にしてんでしょ」

「ぐっ」

「アールから、聞いてる」

「アール、お前ぇ……!」

アールは、無表情のまま、すうっと言った。

「情報共有は、円滑な活動に、寄与します」

「ぼくの中では、それ、密告って言うんだけど」

「定義の問題です」

「定義の問題、じゃない!」

桐島先輩は、めがねを、押し上げた。

「まあ、いいじゃない」

「いいんですか」

「あんた、写真、わるくないし」

「は、はあ」

「人と、うまく話せなくても」

「えっ」

「写真は、ぜんぶ、撮ってる」

ぼくは、ちょっと、固まった。

桐島先輩のいうことは、いつも、半分くらいしか、わからない。

でも、なぜか、心に、ぽとんと、落ちる。

「……ありがとう、ございます」

「なに、急に」

「いや、なんか、めずらしく、優しいなって」

「やめて。気持ち悪いから」

「ひどっ!」

桐島先輩は、ぱっと、めがねをなおして、すたすた先に歩いていった。

ぼくは、ちょっと、おいて、ついていく。

なんでだろう。

ちょっと、肩の荷が、おりた、気がした。

* * *

家に帰って、ランドセルを、おろした。

ハルカが、ソファで、ぼくを見ていた。

「お兄ちゃん」

「うん?」

「なんか、機嫌、いいね」

「べつに」

「絶対、いいよ」

「だから、べつに、だって」

「ふうん?」

ハルカも、桐島先輩と、おなじ顔をしている。

女子は、なんで、あの「ふうん」が、できるんだろう。

リビングのテレビが、ついていた。

『……金色の鳩は、ついに、銀座にも、大群で出現しました。現在の確認個体数は、千羽を超えると――』

「うわっ、ほんとに、増えてる」

「すごいよね、もう」

「外国のニュースでも、出てるんだって」

「うそ」

「お母さんが、お友達のフランス人から、メールもらったって」

「フランスにまで……」

『……なお、海外メディアは、これを「ゴールデン・ピジョン」と名づけ、報道を、開始しています。専門家の意見は、分かれており――』

ぼくは、テレビを、ぼんやり見た。

頭の中で、諸星さんの声が、ぽとんと、落ちた。

『鳩が、金色に、なってるだけでしょ』

ぼくは、ふっと、笑った。

「お兄ちゃん、何、笑ってんの」

「べつに」

「もう! べつに、ばっかり!」

ハルカは、ふくれた。

ぼくは、二階の自分の部屋に、上がりながら、思った。

今日撮った写真を、現像げんぞうするのが、楽しみだった。

明日も、たぶん、ろくな日には、ならない。

でも、写真にとるには、悪くない、毎日だ。

……たぶん。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ