第四話 菜の花、撮りました
朝の教室で、ぼくは、まだちょっと、引きずっていた。
まどぎわの今村さんを、ちらっと見ては、視線を机に戻す。
今村さんは、いつもどおり、まどの外を見ていた。
……たぶん。
絵島が、横で、にやっと笑った。
「お前、まだ気にしてんのか」
「いや」
「『窓ほめ事件』のこと、だろ」
「それ、もう名前ついたのか!」
「クラスで、定着してきてる」
「最悪だ……」
アールが、すうっと近づいてきた。
「竹内さん」
「な、何」
「まどは、いいですよね」
「お前まで、追い打ちかけるなよ!」
クラスのみんなが、笑った。
ぷふっ、っていう、控えめな笑いが、たぶん、今村さんの席のほうからも、聞こえた、気がした。
気のせいだ。
たぶん。
ふと、教室の前のほうを、見る。
みなみが、いつもの席で、本を読んでいた。
同じクラスなのに、四月から、まだ、ちゃんと、話したことがない。
ぼくは、本当に、女子と話すのが、苦手だ。
* * *
朝の、休み時間。
ぼくは、図書室で、棚の前に、立っていた。
手を、のばす。
同じ場所に、別の手が、のびていた。
目が、合った。
今村さんは、無言で、手を、ひいた。
ぼくは、本を、取った。
気のせい、かな。
* * *
昼休み。
ぼくのスマホに、桐島先輩から、メッセージが来た。
『放課後、ロケハン。商店街。あかりも来る。アールも』
すごく、簡潔だった。
簡潔、すぎる。
「ぼく、選択肢、ない感じだ……」
絵島が、後ろから、ふっと笑った。
「桐島先輩、面倒見、いいよな」
「面倒見、ね」
「お前、頼りないからな」
「ひどい」
「合ってるだろ」
「合ってるけど!」
* * *
放課後。
部室には、すでに、桐島先輩と、あかりが、いた。
「遅い!」
「いや、ちょうど、時間ですけど」
「先輩より、あとに来た時点で、遅いの」
「理屈、めちゃくちゃ……」
あかりが、けらけら、笑った。
「竹内君、いつも、先輩にやられてますよねー」
「お前、後輩の立場で、それ言うか?」
「あ、すいませーん」
みなみは、今日も、別の予定らしい。
クラスでも、会えば、ぺこっと、おじぎ、するくらい。
なんとなく、不思議な、女の子だ。
アールが、いつもの無表情で、ぼくのとなりに立っていた。
「春の駅前商店街は、撮影対象として、最適です」
「お前、さっきから、観光案内みたいだな」
「事前情報を、提供しています」
「事前情報って、言うな!」
桐島先輩が、ふっと、笑った。
「行くわよ」
「はい」
* * *
駅前の商店街は、ちょうど、夕方の時間だった。
オレンジ色の光が、店先のかんばんを、ぽうっと照らしている。
春の、あったかさと。
夕方の、しずけさが。
まざりあって、なんとなく、いい時間だった。
「いい光、ね」
桐島先輩が、めがねを、押し上げた。
「ですね」
ぼくも、自然に、答えていた。
不思議だ。
桐島先輩と話すときは、なぜか、自爆しない。
今村さんと話すときだけ、なんで、あんなに、こわくなるんだろう。
たぶん。
桐島先輩のほうが、ぼくのことを、ほっとかないからだ。
今村さんは、ぼくのこと、ほっといてくれる。
それは、それで、ありがたいけど。
ありがたいけど、こわい。
……ぼくは、何を考えてるんだ。
* * *
あかりが、商店街のおまんじゅう屋さんの前で、ぴょんぴょん跳ねていた。
「竹内君! 竹内君竹内君!」
「何」
「これ、おいしそう!」
「写真クラブのロケハンに、来てるんだけど」
「あ、ですよね、はい!」
桐島先輩が、ふっと、笑った。
「あかり、ほんと、元気よね」
「先輩、ぼくが言っときますんで」
「あんたが?」
「な、なんですか、その間」
「言うのは、まず、自分の姿勢、なおしてからよ」
「ぐっ……」
ぼくは、ぐうの音も、出なかった。
商店街の入り口の小さな花壇のところで、ぼくは、足を止めた。
黄色い菜の花が、ちょこんと咲いていた。
夕方の光が、花びらを、てらしている。
すごく、きれいだった。
ぼくは、自然に、しゃがみこんで、カメラを構えた。
ファインダーを、のぞくと――。
急に、心が、しんと、なる。
夕方の光。
黄色い、菜の花。
その向こうに、ぼんやり、商店街のあかり。
いい絵、だった。
シャッターを、切った。
もう一枚。
もう一枚。
桐島先輩が、となりから、のぞきこんだ。
「悪くない」
「ありがとうございます」
「あんた、花、撮るの、うまいよね」
「あ、はい」
「花、だけは、ね」
「花だけ!?」
「人物になると、急に、変な構図に、なるけど」
「やめてください!」
桐島先輩は、ふっと、笑った。
「でも、変に盛ってないのが、いいの」
「変に、盛る?」
「写真って、つい、特別感、出そうとするけど」
「はい」
「あんたのは、ふつうに、撮ってる感じがする」
「ふつう、ですか」
「うん。それが、いい」
ぼくは、ちょっとだけ、肩の力が、ぬけた。
* * *
帰り道。
あかりは、家が反対方向だから、駅前でわかれた。
「じゃ、また明日ー!」
「うん、お疲れ」
ぼくと、桐島先輩、それから、アールの三人で、川ぞいの道を、歩いていた。
夕日が、川の水に、ゆらゆらうつっていた。
「あんたさ」
「はい」
「『窓ほめ事件』、まだ気にしてんでしょ」
「ぐっ」
「アールから、聞いてる」
「アール、お前ぇ……!」
アールは、無表情のまま、すうっと言った。
「情報共有は、円滑な活動に、寄与します」
「ぼくの中では、それ、密告って言うんだけど」
「定義の問題です」
「定義の問題、じゃない!」
桐島先輩は、めがねを、押し上げた。
「まあ、いいじゃない」
「いいんですか」
「あんた、写真、わるくないし」
「は、はあ」
「人と、うまく話せなくても」
「えっ」
「写真は、ぜんぶ、撮ってる」
ぼくは、ちょっと、固まった。
桐島先輩のいうことは、いつも、半分くらいしか、わからない。
でも、なぜか、心に、ぽとんと、落ちる。
「……ありがとう、ございます」
「なに、急に」
「いや、なんか、めずらしく、優しいなって」
「やめて。気持ち悪いから」
「ひどっ!」
桐島先輩は、ぱっと、めがねをなおして、すたすた先に歩いていった。
ぼくは、ちょっと、おいて、ついていく。
なんでだろう。
ちょっと、肩の荷が、おりた、気がした。
* * *
家に帰って、ランドセルを、おろした。
ハルカが、ソファで、ぼくを見ていた。
「お兄ちゃん」
「うん?」
「なんか、機嫌、いいね」
「べつに」
「絶対、いいよ」
「だから、べつに、だって」
「ふうん?」
ハルカも、桐島先輩と、おなじ顔をしている。
女子は、なんで、あの「ふうん」が、できるんだろう。
リビングのテレビが、ついていた。
『……金色の鳩は、ついに、銀座にも、大群で出現しました。現在の確認個体数は、千羽を超えると――』
「うわっ、ほんとに、増えてる」
「すごいよね、もう」
「外国のニュースでも、出てるんだって」
「うそ」
「お母さんが、お友達のフランス人から、メールもらったって」
「フランスにまで……」
『……なお、海外メディアは、これを「ゴールデン・ピジョン」と名づけ、報道を、開始しています。専門家の意見は、分かれており――』
ぼくは、テレビを、ぼんやり見た。
頭の中で、諸星さんの声が、ぽとんと、落ちた。
『鳩が、金色に、なってるだけでしょ』
ぼくは、ふっと、笑った。
「お兄ちゃん、何、笑ってんの」
「べつに」
「もう! べつに、ばっかり!」
ハルカは、ふくれた。
ぼくは、二階の自分の部屋に、上がりながら、思った。
今日撮った写真を、現像するのが、楽しみだった。
明日も、たぶん、ろくな日には、ならない。
でも、写真にとるには、悪くない、毎日だ。
……たぶん。




