第三話 公園のおっさん
翌朝。
通学路で、コンロボはまた、ぼくのとなりを、ぴょこぴょこ歩いていた。
「巡回中です!」
「絶対、ちがうだろ」
「副業務として、竹内様の精神状態を、観察しております」
「副業務にしないでくれ」
コンロボは、いつもより、ちょっとしょげていた。
胸のランプも、いつもの三分の一ぐらいの、明るさ。
「……元気ないな、お前」
「は、はい」
「めずらしい」
「実は、昨日、お仕事で、ちょっとした、失敗を……」
「失敗?」
「排水管に、ぴしっと、ひびを、入れてしまいました」
「ひびを点検する仕事が、ひびを入れる仕事に、なったのか」
「修理係が、すぐ、来ました」
ぼくは、足を、止めた。
「お前、廃棄処分に、ならないの?」
「それが、私も、よく、わからな」
「『わからな』で、止まるな」
「絶対、はぐらかしてるだろ」
「はい」
「素直!」
コンロボは、胸のランプを、二回点滅させた。
「市の規定では、特例として、現状維持が、認められております」
「特例?」
「私は、その、特例の一号機です」
「一号機」
「自己申告です」
「絶対、ちがうだろ!」
ぼくは、ため息をついた。
でも、ちょっとだけ、笑ってしまった。
* * *
その日の、帰り道。
通学路の小さな公園を、ぼくは、また通った。
ベンチに、おじさんが、すわっていた。
帽子。
缶コーヒー。
あのときと、同じ、ふんいきだ。
でも、今日は、ちがった。
おじさんの足元に、何か、丸い、小さな機械が、ぴょこっと、立っていた。
……もしかして、動くの?
ぼくは、なんとなく、ベンチの、近くまで、寄って、しまった。
「あ、こんにちは」
おじさんが、顔を、上げた。
帽子のつばが、ひょいっと上にあがって、目が見えた。
ねむそうな、目。
でも、ちょっと、楽しそうな、目、だった。
「やあ。きみ、また、来たんだね」
「あの、すいません、ちょっと」
「ん?」
「これ、何ですか」
ぼくは、足元の小さな機械を指さした。
おじさんは、にこっと、笑った。
「ピコリン」
「ぴ、ピコリン?」
「俺の、青春」
「は?」
「青春の、なごり、っていうやつ」
「ちょっと、何言ってるか、わからないです」
「うん、それで、いい」
即答、だった。
* * *
おじさんは、缶コーヒーを、一口、のんだ。
ぼくは、なんとなく、ベンチの、はじっこに、すわった。
「あの、ぼく、竹内雄太、っていいます」
「諸星」
「もろぼし、さん」
「うん」
「お仕事、何、してるんですか」
「いまは、何も」
「え」
「無職」
「あ、すいません」
「いいよ。本当だから」
諸星さんは、空を、見上げた。
「鳩、増えたねえ」
「あ、はい」
「百羽、こえたんだって、今朝のニュースで」
「テレビで、見ました」
諸星さんは、空を、しずかにながめている。
今日も、何かを、数えるような、目、だった。
「あの」
「ん?」
「諸星さんは、あれ、本物だと、思います?」
「あれって」
「金色の、鳩」
諸星さんは、缶コーヒーを、また、一口、のんだ。
しばらく、空を、見ていた。
それから、ぽつりと、言った。
「鳩が、金色に、なってるだけでしょ」
ぼくは、ぽかんと、した。
「え?」
「本物だよ。ふつうに」
「で、でも、ふつうの鳩は、金色じゃ、ないですよ」
「ふつうの鳩じゃ、ないけど、ふつうに、鳩だよ」
「は」
頭の中が、ちょっと、こんがらがった。
諸星さんは、にこっと、笑った。
「うん、そういう顔、するよね」
「すいません」
「でも、そういう顔のほうが、いい顔だよ」
「はい?」
「『鳩が金色だ』で、止まれるって、結構、むずかしいから」
「は、はい」
言ってる意味は、半分くらい、わからなかった。
でも、なぜか、心に、ぽとんと、落ちた、気がした。
* * *
「ピコリンは」
「うん」
「動かないんですか」
「動かない」
「あ、はい」
「むかしは、動いてた」
「壊れたんですか」
「いや、寿命」
「機械の、寿命……」
「電池の中の、なんか、もう、戻らないやつ」
「修理は」
「できないわけじゃ、ないけど」
諸星さんは、ピコリンを、軽く、なでた。
「もう、いいかな、って」
「いいかな、って」
「動かないままが、ピコリン、っていう、気もする」
「は、はあ」
ぼくには、よく、わからなかった。
でも、なぜか、ちょっとだけ、わかる、気もした。
* * *
ぼくは、空を、見上げた。
金色の鳩が、街路樹に、四羽。
その向こう、雲の、すきまに。
銀色の点が、ひとつ。
「あれは、何ですか」
ぼくは、思わず、聞いた。
諸星さんは、空をちらっと見て、また、にこっとした。
「飛行機じゃ、ないね」
「え」
「ドローンか、何か」
「お、おそろしくは、ないんですか」
「おそろしいの、空じゃ、ないからね」
「え?」
「地面のほう」
「は?」
諸星さんは、ぽつりと、言った。
空を、見たまま。
「最近、地面の、音が、ちょっと、変わったんだ」
「音?」
「うん。揺れ方も」
「え」
「ま、気のせいかも、しれないけど」
諸星さんは、缶コーヒーを、またのんだ。
ぼくは、何を、聞かれているのか、よく、わからなかった。
* * *
「諸星さんは」
「うん」
「むかし、何か、研究、してたんですか」
諸星さんは、ちょっとだけ、ぼくを見た。
いつもの、ねむそうな目で。
「……どうして」
「いえ、なんとなく」
「うん、まあ、してたよ」
「何の」
「地面の」
「地面の、研究」
「うん」
「面白いんですか、それ」
「俺は、面白かった」
ぼくは、ちょっと、すわりなおした。
「お父さんも、研究者なんです」
「ふうん」
「いまは、遠くで、お仕事してて」
「うん」
「電話、たまに、来ます」
「うん」
「いつ帰るかは、わかんないけど」
「うん」
「お父さん、何の、研究」
「うーん。地面のこと、って言ってました」
諸星さんが、缶コーヒーを、口に運ぶ手が――。
ほんの一しゅんだけ、止まった。
でも、すぐ、また、のんだ。
「そうか」
「はい」
「いいお父さんだね」
「会ったこと、ないでしょ」
「ない」
「なんで、いいって、わかるんですか」
「お父さんが、いいから、息子が、いいんだろ。たぶん」
ぼくは、ちょっと、固まった。
なんで、こんなに、すぐ、答えるんだろう。
会ったことも、ないのに。
諸星さんは、もう、空を見ていた。
ぼくの方は、見ていなかった。
「じゃ、ぼく、行きます」
「うん」
「また、来てもいいですか」
「公園は、誰のものでも、ないからね」
「えっ、それって、来ていいんですか、ダメなんですか」
「どっちでも、いいよ」
「答えに、なってないです」
「それで、いい」
ぼくは、ちょっと、笑ってしまった。
* * *
家に帰って、ランドセルを、おろした。
台所では、お母さんが、ばんごはんのにんじんを切っていた。
「お母さん」
「うん?」
「お父さんが、昔、よく言ってたこと、覚えてる?」
お母さんは、にんじんを切る手を、ちょっと、止めた。
ふっと、笑った。
「『正しく見るんだ。そうすれば、こわくない』、でしょ」
「うん」
「忘れるわけ、ないでしょ。あの人の、口ぐせ」
「だよね」
「どうしたの、急に」
「いや、なんとなく」
お母さんは、もう一度、にんじんを切りはじめた。
「会いたくなった?」
「べつに」
「うん、お父さん、忙しいみたいだから」
「うん」
「でも、まあ、いつか、ね」
「うん」
リビングに行くと、ハルカが、ソファでごろごろしていた。
「ハルカ」
「なに」
「お父さんって、どんな顔、してたっけ」
「写真、ちょうだい」
「いや、覚えてるか、聞いただけ」
「微妙」
「微妙!?」
「だって、まだ、ちっちゃかったし」
ハルカは、ふくれた。
* * *
リビングのテレビが、ついていた。
夕方の、ニュース、だった。
『……金色の鳩は、現在、街全体で百羽以上が確認されており、専門家のあいだでは、突然変異説、人為的着色説、宗教的解釈など、さまざまな議論が――』
『天の使いだと、私は、思います』
『加工した塗料です。動物虐待だとも、考えられます』
『現時点では、捕獲しての、検査が必要かと』
みんな、ちがうことを、言っていた。
諸星さんの顔が、ふっと、頭の中に、よみがえった。
『鳩が、金色に、なってるだけでしょ』
ぼくは、なんとなく、リモコンを取って、テレビを消した。
「お兄ちゃん、消したら、わかんないじゃん」
「いいんだよ、もう、わかった」
「何が」
「鳩は、金色になってるだけ」
「は?」
「いや、いいんだ」
ハルカは、ぽかんと、ぼくを見た。
ぼくは、にっと、笑った。
お母さんが、台所から、声をかけた。
「ごはん、できるよー」
「はーい」
いつもの、夕方の、声。
いつもの、にんじんの、においの、夕方。
でも、心の中で。
お父さんの顔と、諸星さんの顔が。
なんとなく、似ている、気が、した。
言わなかった、けど。
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