第十話 雑草を、抜く
朝。
ぼくは、テレビの音で、目をさました。
NHKの、まじめな声の、アナウンサーが、ふつうの、ニュース番組の、トーンで、しゃべっていた。
『──機械化学園特区、管理課からの、発表に、よりますと、本日、未明より、特区運用試験の、第三段階として、雑草除去ロボット、五十体の、市内展開を、開始した、とのことです』
ぼくは、ふとんから、首だけ出した。
『各家庭に、配布された、特区広報誌、第三十二号にも、事前に、記載が、ある、とのことで、特区管理課は、市民の皆様に、ご理解と、ご協力を、お願いしたい、と、しています』
『つづいて、明日の、天気です──』
ふつうの、ニュース、だった。
ふつうに、雑草除去、と、言っていた。
カチッ、と、リモコンの、音が、した。
お母さんが、チャンネルを、変えた。
別の局の、ワイドショーが、流れていた。
『──町の、皆さんの、声を、聞いてみました』
街頭インタビューで、おばあさんが、こまった顔でしゃべっていた。
『朝、ベランダから、見たら、銀色の、機械が、地面を、いじってて、こわかった』
『なんで、もっと、ちゃんと、説明してくれないのかしら』
画面が、スタジオに、もどった。
『SNSでは、"侵略"という、表現で、不安を、訴える、声も、上がっています』
スマホ画面の、画像が、ぱぱっと、流れる。
『──いよいよ、ですかね』
『えー、これは、行政の、説明不足が、あったとは、思います』
コメンテーターは、ふつうの口調で、言っていた。
『広報誌に、書いてあった、と、いう話ですが、まあ、読まない方も、いますから』
『そうですよねえ』
ぼくは、すこしだけ、聞いていた。
ニュースは、ニュースで、ふつうに、事実を、言っていた。
ワイドショーは、事実は、まちがってないけど、なんとなく、ふあん、を、ひろう、編集に、なっていた。
ふあんに、なってる人の、声が、おおく、ながれていた。
『SNSでは──』と、はじまるたびに、すこしだけ、こわい話が、増えた。
「お母さん」
「ん?」
「さっきの、ニュース、もどして」
「えー、こっちのが、にぎやかでしょ」
「ニュースは、雑草ロボって、ふつうに、言ってたよ」
「えー、それじゃ、つまんないじゃない」
お母さんは、ふつうに、ワイドショーを、つけたままにした。
ぼくは、ふとんに、もう一度もぐった。
ハルカが、廊下を、ぱたぱた、走ってきた。
「お兄ちゃん、UFO、降りたって!」
「うん」
「学校、半分、お休みだって!」
「うん」
「お兄ちゃん、ぜんぜん、おどろかないね!」
「うん」
ぼくは、ふとんから、頭だけ出して、天井を、見た。
天井は、ふつうに、白かった。
部屋の、カーテンの、すきまから、朝の光が、ふつうに、入っていた。
世界は、ぜんぜん、もとに、もどらない、ようには、見えなかった。
* * *
学校は、半分、休校、だった。
教室は、半分、人が、いなかった。
絵島は、来ていた。
「来たのか」
「来たな」
「家に、いれば、よかったのに」
「家にいたら、お母さんが、UFOで、興奮するから、こっちのが、まだ、ましだった」
「お前のお母さん、ちょっと、こわいな」
「うちのお母さんは、ふつうに、こわい」
絵島の口調は、いつもと、まったく変わらなかった。
ぼくは、すこしだけ、安心した。
「お前のうちの家族、ふつう?」
ぼくは、なぜか、聞いていた。
「ふつう」
「ふつうって、なに」
「お父さんが、いる」
ぼくは、ちょっと、止まった。
絵島は、ぼくの方を、見ずに、ほおづえをついたまま、そのまま、ぼそっと、言った。
「お前のうちは、ふつうに、している、ふつうの家族だ」
ぼくは、それ以上、聞かなかった。
絵島も、それ以上、言わなかった。
教室の窓から、空を、見た。
銀色の、点は、もう、空になかった。
降りた、らしい。
降りた、というだけで、ぜんぜん、こわく、なかった。
なぜか、こわく、なかった。
不思議だった。
絵島が、ぼくの様子を、ちらっと、見て、ぼそっと、言った。
「お前、世界、慣れたな」
「えっ」
「いや、いいことなのか、わるいことなのか、わからん」
「絵島、それ、自分にも、言えよ」
「うるさい」
絵島は、机に、ほおづえをついた。
みなみは、教室の前のほうの席に、いた。
ふつうに、本を、読んでいた。
ふつうに、ぼくの方を、見ない、ふりを、していた。
そのうち、ふっと、本を、閉じて、立ち上がった。
教卓のほうへ、歩いていく。
すれちがいざまに、ぺこっと、ちいさく、頭を、下げた。
ぼくも、ぺこっと、頭を、下げかえした。
ふつうの、ぺこ、だった。
ぼくも、ふつうに、見ない、ふりに、もどった。
それで、いい、気が、した。
* * *
午前中で、授業は、おわった。
ぼくが、ランドセルを、しょいなおしたとき。
となりの席で、今村さんが、ふっと、立ち上がった。
ぼくの方を、ちらっと、見て、無表情のまま、ぽつりと、言った。
「雑草ロボ、見た?」
「これから、見にいく」
「気をつけて」
それだけ、だった。
ぼくは、軽く、頭を、下げて、教室を、出た。
ぼくは、家に、まっすぐ、帰ら、なかった。
公園へ、まわった。
なぜか、足が、勝手に、そっちへ、向いた。
公園の、入り口の、植えこみ。
そこに、銀色の、小さな、ロボットが、いた。
スイカ二個分、くらいの、大きさだった。
胴体に、黒い線で、しまもようが入っていた。
四本の、ほそい、アームを、地面についていた。
地面の、雑草を、ちまちま、抜いていた。
ぴこ、ぴこ、と、胸のランプを、点滅させながら。
すこし、はなれて、もう一体。
そのとなりに、もう一体。
ぜんぶで、五体くらい、いた。
ふつうに、雑草を、抜いていた。
公園の、ベンチ。
諸星さんが、いた。
帽子を、いつもより、ちょっとだけ、深く、かぶっていた。
缶コーヒーを、片手で、もって、もう片方の手で、ピコリンの、頭を、なでていた。
ピコリンは、いつものように、動いていなかった。
ぼくが、ベンチに、近づくと、諸星さんは、ちらっと、ぼくを見た。
「やあ」
「こんにちは」
ぼくは、ベンチの空いているところに、すわった。
「学校、お休み?」
「半分」
「半分、休む、というのは」
「来たい人だけ、来た」
「便利だね」
「特区だから、らしいです」
「うん」
諸星さんは、缶コーヒーを、ぐびっと、のんだ。
ぼくは、しばらく、銀色の、ロボットを見ていた。
雑草を、抜いては、地面の横の、小さな、袋に、入れていた。
ちまちま、と、しか、言いようが、なかった。
しばらく、見ていて、ぼくは、ちょっとだけ、首を、かしげた。
雑草ロボは、ぜんぶの雑草を、袋に入れているわけ、では、なかった。
抜いた雑草を、ちらっと、レンズで、確認して、半分くらいは、また、地面の横に、置きなおしていた。
種類で、選んでる、みたいだった。
それから、雑草を、抜いた、あとの、地面に、ほそい、針を、ぴと、と、刺した。
刺して、すぐ、抜いた。
抜いたあと、その、地面に、レンズを、近づけて、しばらく、ぴこ、ぴこ、と、しらべていた。
それから、また、ちょっと、はなれた、地面に、移動して、おなじことをはじめた。
ぼくは、もう一回、首を、かしげた。
ちまちま、というより。
ちゃんと、と、しか、言いようが、なかった。
ふつうの、雑草抜きにしては、ちょっと、ていねいすぎた。
なんで、地面に、針、刺すんだろう。
なんで、雑草を、選り分けるんだろう。
雑草を、抜くだけ、なら。
そんなこと、しなくて、いいはず、なのに。
ぼくは、口の中で、ちいさく、つぶやいた。
「……雑草、抜くだけにしては、なんか、いそがしい、なあ」
「諸星さん」
「ん」
「これ、どう、思います?」
「ん?」
「テレビで、侵略って」
「テレビ?」
「ワイドショー、です」
「ああ」
「ニュースは、雑草除去ロボって、ふつうに、言ってました」
「うん。ふつうに、言ってたね」
「ですよね」
諸星さんは、缶コーヒーを、また、ぐびっと、のんだ。
しばらく、空を、見ていた。
それから、ぽつりと、言った。
「雑草、抜いてるだけ、でしょ」
「ですよね」
「最初から、そうじゃ、ない?」
「最初から、そうですね」
ぼくは、なんとなく、笑った。
諸星さんも、ふっと、笑った。
風が、公園の、木の葉を、すこしゆらした。
ピコリンの、頭の、ちいさな、突起が、夕方より、まえの光に、にぶく、光っていた。
ぼくは、もう一度、雑草ロボを見た。
ロボは、また、地面に、ほそい針を刺していた。
「諸星さん」
「ん」
「あいつら、雑草、抜きながら」
「うん」
「地面、しらべてるみたい、なんですけど」
「うん」
「なんで、なんですかね」
諸星さんは、缶コーヒーを、ぐびっと、のんだ。
しばらく、空を、見ていた。
それから、もう一回、ぐびっと、のんだ。
何も、言わなかった。
ぼくは、諸星さんの横顔を、ちらっと、見た。
何も、言わない、というのは、ふつう、何も、知らない、ということ、だ。
でも、諸星さんの、何も言わない、には。
ちょっとだけ、ちがう、種類の、何も、言わない、が、まじっている、気が、した。
なにか、知ってるけど、言わない、ような。
それは、ぼくの、気のせい、かもしれなかった。
たぶん、気のせい、だと、思った。
たぶん。
ぼくは、それ以上、聞かなかった。
聞いても、たぶん、諸星さんは、答えない。
なんとなく、わかった。
「諸星さん」
「ん」
「ワイドショー、こわがらせるの、すきですよね、たぶん」
「うん。テレビは、すきだろう」
「諸星さんは、こわい、ですか」
諸星さんは、缶コーヒーを、もう一回、ぐびっと、のんだ。
それから、ふつうに、答えた。
「ぼくは、こわく、ない」
「ぼくも、こわく、ない、です」
「うん」
諸星さんは、それ以上、何も言わなかった。
それで、よかった。
* * *
公園を、出た。
商店街の、ほうへ、歩いた。
商店街は、ふつうより、人がすくなかった。
雑草ロボが、商店街の、すみっこの、植えこみで、ちまちま、雑草を、抜いていた。
通りかかった、おじさんが、雑草ロボに近づいた。
ふつうのおじさん、だった。
ふつうの、ジャンパーを、着ていた。
ふつうの、顔を、していた。
そのおじさんが、ふつうの顔のまま、雑草ロボの、横に、しゃがんで、こぶしをふりあげた。
「うわ」
ぼくは、足を、止めた。
たぶん、あのおじさんは、ふあんが、たまっちゃった、人、なんだろうな。
そう、思った。
ニュースは、ちゃんと、雑草除去って、言ってたのに。
でも、SNSの、こわい話のほうを、信じちゃう人も、いる。
ふあんは、ふあんで、ほんとうの、ふあんなんだろう、と、思った。
おじさんの、こぶしが、雑草ロボに、ぶつかる、その、すこし手前。
すうっと、長い、影が、すべりこんだ。
七瀬さん、だった。
無表情の、まま、おじさんの、こぶしを、片手で、ふんわり、つかんで、止めていた。
おじさんが、びくっと、した。
「な、なにすんだ」
「再警告します」
七瀬さんの声は、いつもと、まったく、おなじ、トーン、だった。
低くも、なく、高くも、ない。
ふつうの、警告音、みたいな、声、だった。
「あなたの、こぶしが、雑草除去ロボに、ぶつかる、軌道、でした」
「だから、なんだ」
「破壊行為、です」
「だって、こいつ、外から来た、得体のしれないやつ、だろ」
七瀬さんは、すこしだけ、首を、かしげた。
それから、ふつうの口調で、言った。
「外見だけで、判断しないで、ください」
「は?」
「あなたが、鏡を、見て、こわいと、思わない、なら」
七瀬さんの、目が、すこしだけ、おじさんの、顔を見た。
「彼らも、こわく、ありません」
おじさんは、口を、半分、あけた、まま、固まった。
なんと、返したらいいか、わからない、顔、だった。
七瀬さんは、ふっと、おじさんの、こぶしを、手から、はなした。
ぱっと、後ろに、半歩、下がった。
「ご理解、いただけましたか」
「あ、ああ」
「ありがとう、ございました」
七瀬さんは、ぺこっと、頭を、下げた。
おじさんは、なんとなく、しっぽを、まくみたいに、その場から、いなく、なった。
ぼくは、ぽかんと、立っていた。
胸の、まんなかで、誰かの声が、する。
──正しく、見るんだ。そうすれば、こわくない。
声には、出さなかった。
ぼくは、ただ、その場で、すこしだけ、うなずいた。
うなずきだけ、した。
* * *
七瀬さんが、ぼくの方に、ふりむいた。
「あ、写真部の、竹内さん」
「あ、はい」
「危険な場面に、近づかないで、ください」
「はい、すみません」
「巻きこまれます」
「はい」
七瀬さんは、無表情のまま、ぼくの、後ろの、雑草ロボを見た。
雑草ロボは、ふつうに、雑草を、抜いていた。
七瀬さんの、襟もとの、小さな、スピーカーから、こもった声がした。
『ルウア、応答、願います』
ぼくは、ぴたっと、止まった。
「ルウア」
「はい」
「ルウア?」
「はい」
「先輩、その、名前」
七瀬さんは、すこしだけ、ぼくを、見た。
それから、ふつうに、答えた。
「正式名称は、L-7型『ルウア』、です」
「ルウア」
「生徒の、間では、七瀬と、呼ばれています」
「七瀬は」
「便宜上の、呼称、です」
「便宜上」
「業務的、配慮、です」
ぼくは、なぜか、口の中で、ちいさく、つぶやいた。
「ルウア」
七瀬さんは、ちらっと、ぼくを、見た。
ぼくは、ぱっと、口を、つぐんだ。
「す、すみません」
「いえ」
「えっと、ルウア、さん」
「七瀬で、けっこう、です」
「あ、はい」
「業務上の、呼称ですので」
「は、はい」
七瀬さんは、ぺこっと、頭を、下げた。
それから、すうっと、商店街の、別の方角へ、歩いていった。
ぼくは、その後ろ姿を、見ていた。
口の中だけで、もう一回、つぶやいた。
「ルウア」
なんとなく、そっちのほうが、好きだ、と、思った。
口には、出さなかった。
理由も、自分で、わかってなかった。
* * *
公園の、入り口に、もどってきたとき。
ふつうじゃ、ない、影が、もう一つ、いた。
雑草ロボの、横で。
丸い胴体。
どんぐりみたいな、頭。
みじかい、アーム。
胸のランプを、ぴこ、ぴこ、させながら、雑草を、地面から、ちまちま、抜いていた。
「コンロボ?」
ぼくは、声を、かけた。
コンロボは、くるりと、ふりむいた。
「あっ、竹内雄太様!」
「お前、なに、してんの」
「業務遂行、です」
「お前の、業務、雑草?」
「いえ、本来は」
「本来は」
「インフラ、点検」
「だよな」
「しかし、現場の、状況に、応じて」
「応じて?」
コンロボは、すこしだけ、間を、あけた。
「協力、しています」
「協力って、お前」
「随行も、任務の、一部、です」
「随行する、相手、これ、ぜんぜん、別の、機械だぞ」
「はい」
「お前、なんで、こいつの、横で、雑草、抜いてるんだよ」
コンロボは、もう一回、すこしだけ、間を、あけた。
それから、ぼそっと、言った。
「私も、よく、わからな」
「絶対、嘘だろ」
「自己申告、です」
「自己申告で、雑草、抜くなよ」
「特例の、一号機、です」
「お前、毎回、それで、流すな」
ぼくは、コンロボの、頭を、ちょっとだけ、ぽんと、たたいた。
コンロボは、胸のランプを、二回、点滅、させた。
なんとなく、うれしそう、に、見えた。
うれしそうに、見える、というのは、機械相手に、おかしい、はず、なのに、なんとなく、そう、見えた。
ぼくは、なんとなく、うん、と、うなずいた。
うなずきだけ、した。
雑草ロボが、コンロボを、ちらっと見た。
雑草ロボの、ちいさなレンズが、ぴこ、と、点滅した。
コンロボも、胸のランプを、ぴこ、と、点滅させた。
ぼくには、それが、なんの、会話なのか、まったく、わからなかった。
でも、なんとなく、なんかは、伝わってる、らしかった。
* * *
家に、帰った。
リビングで、お母さんが、ワイドショーを、ふつうに、見ていた。
『──侵略行為と、見るのか、それとも、別の意図が──』
「お母さん、また、それ、見てる」
「だって、おもしろいんだもん」
「ニュースは、雑草って、言ってたのに」
「あらー、雄太、夢ないわねえ」
「夢の問題、ですか」
「お父さんと、おなじこと、言うわねえ」
ぼくは、ぴたっと、止まった。
「お父さんも、こういうとき、なんて、言ってた?」
お母さんは、ふっと、笑った。
「『広報誌に、ちゃんと、書いてあるんだけどなあ』って、ぶつぶつ、言ってた」
「広報誌」
「特区の、広報誌。月一回、ポストに、入ってるやつ」
「お母さん、読んでる?」
「読まないわよ、あんなの」
「ですよね」
ぼくも、ちょっと、笑った。
お母さんは、ふっと、笑って、それから、リモコンで、ワイドショーの、音量を、すこし下げた。
ハルカが、ソファの奥から、顔を、出した。
「お兄ちゃん、UFOの、おもちゃ、ほしい」
「うん」
「買って」
「お母さんに、たのめ」
「お母さーん」
「だめー」
ハルカが、ぷう、と、ほっぺをふくらませた。
ぼくは、ちょっと、笑った。
お母さんも、ちょっと、笑った。
家の中は、ふつう、だった。
ふつうに、ふつう、だった。
* * *
夜。
ぼくは、ベランダに、出た。
夜の空気は、すこし、ひんやり、していた。
街の灯りは、いつもより、すこしすくなかった。
たぶん、半分、の家が、早めに、寝ているからだ、と、思った。
空には、雲が、ゆっくり流れていた。
ぼくは、しばらく、雲を見ていた。
そのうち。
雲の、合間に。
なんとなく、大きな、影の、輪郭が、見えた、気が、した。
ふつうの、雲、にしては、すこし、エッジが、まっすぐ、すぎた。
ふつうの、飛行機、にしては、ちょっと、大きすぎた。
ふつうの、UFO、にしては、ちょっと、しずかすぎた。
ぼくは、ファインダーを、構える、ふりをして、目をこらした。
雲の、合間の、影は、すうっと、また、雲の、奥へ、しずんでいった。
見えた、のか。
見えた、気がしただけ、なのか。
自分でも、よく、わからなかった。
胸の、まんなかで、お父さんの声が、ぽつんと、する。
──正しく、見るんだ。
そうすれば、こわくない。
声には、出さなかった。
ぼくは、ベランダの、てすりを、両手で、ぎゅっと、つかんだ。
つかんで、しばらく、空を見ていた。
それから、すこし、息を、はいた。
ぼくは、まだ、声には、出していなかった。
なぜ、出さないのか、自分でも、わからなかった。
たぶん、もうすこし、先、なんだろう、と、思った。
そういう、気が、した。
* * *
部屋に、もどった。
ベッドに、ねころんだ。
カメラを、枕のよこに、置いた。
天井を、見た。
口の中だけで、もう一回。
「ルウア」
つぶやいた。
つぶやいて、すこしだけ、笑った。
なんで、笑ったのか、自分でも、わからなかった。
機械化学園特区の、本日も。
たぶん、平常運転、だった。
ふつうじゃ、ない、ふつう、だった。
でも、ふつうに、ふつう、だった。
ぼくは、目を、つぶった。
---




