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転生したら白ねこでした。お菓子魔法で異世界の心を癒やします。――もふもふカフェから始まる甘くてやさしい異世界生活――  作者: 明石竜


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第十九章 最かわの正体

 帰還してから一ヶ月が経った。

 新しいレシピを次々と店に加え、もふもふカフェはさらに進化した。

 サクラノクニのハナから教わった餡菓子も大人気で、東西の菓子文化の融合は新たな流行を生み出した。

 しかし、ある日、王女が深刻な表情でやってきた。

「ココ、大切な話があるの」

「何でしょうか?」

「古代の文書が見つかったわ。ベルナルドが封印した遺跡の、さらに奥に隠されていたもの」

「どんな内容ですか?」

 王女は、羊皮紙を広げた。

「お菓子魔法の真の力について書かれている。そして、警告も」

「警告?」

「お菓子魔法を極めた者は、やがて『最かわの証明』という試練に直面するとある。それを乗り越えなければ、魔法の力は暴走し、逆に人々を傷つけることになると」

 背筋が凍る思いがした。

「試練とは、何ですか?」

「詳しくは書かれていないが……心の強さを試すものだと」

その夜、ノエルが言った。

「師匠、最近、師匠のお菓子魔法が少し不安定になっていることに気づいていますか?」

「え?」

「昨日作ったハートフル・タルト、食べたお客様が少し泣きすぎていました。感動して泣く、ではなくて、悲しくて泣く、という感じに見えました」

 思い当たることがあった。

 最近、お菓子に込める感情がうまくコントロールできていない気がしていた。

 旅の疲れか、あるいは技術の向上に心が追いつけていないのか。

「これが、警告の意味……」

 試練が、近づいているのかもしれない。


 数日後の夜、それは突然訪れた。

 眠ろうとした瞬間、頭の中に声が響いた。

「ココ・ケットシー。お菓子魔法の継承者よ」

「だ、誰?」

「私は、この魔法の守護者。あなたに試練を与えに来た」

 目を開けると、部屋の中に光の存在が浮かんでいた。

 人の形をしているが、輪郭が曖昧でまぶしい。

「最かわの証明とは、心の試練です。あなたの内なる弱さ、迷い、恐れと向き合いなさい」

「どうやって?」

「今から、あなたは自分の過去の記憶の中に入ります。そこで、あなたが恐れていることと向き合いなさい」

 光に包まれ、意識が遠のいた。



 気がつくと、そこは見覚えのある場所だった。

 前世の、漫画家時代の部屋。

 ペンと原稿用紙、散らかった画材、山積みの参考書。

「これは……私の部屋」

「ココ」

 声がした。

 振り向くと、編集者らしき人物が立っていた。でも、顔がない。

「次の連載、駄目だったよ。読者アンケート、最下位。打ち切りね」

「……」

「才能がないんだよ。何を描いても、売れない。もうやめたら?」

 胸が痛む。これは、前世での記憶。本当にそう言われた日があった。

「違います」

「違わないよ。あなたには、何もない」

「違う。私には……」

「お菓子魔法? 異世界転生? 夢みたいなことばかり。現実を見なよ」

「現実を見ている。だから、私は諦めなかった」

「でも、怖かったでしょ。失敗が怖かったでしょ。誰かに拒絶されるのが怖かったでしょ」

「……怖かった」

 認める。

「怖かった。失敗するたびに、もうやめようと思った。才能がないかもしれないって、何度も思った」

「じゃあ、なんで続けた?」

「好きだったから」

 声が出た。

「お菓子が好きだから。漫画が好きだから。絵を描くことが好きだから。誰かの心に届く何かを作ることが、好きだったから」

「好きだけじゃ、食べていけない」


 夢の中で、私は昔の自分と向き合っていた。


 締め切りに追われ、

 誰にも頼れず、

「私なんかが描いても意味がない」と

 心の奥で繰り返していた自分。


「逃げれば、ここで終わる」


 どこからともなく、声が響いた。


「目を逸らせば、力は暴走する。

 だが、無理に打ち勝つ必要はない」


 足元に、二つの道が現れる。


 一つは、背を向けて歩き去る道。

 もう一つは、あの頃の自分に近づく道。


(勝たなくていい……?)


 ここで背を向ければ、

 二度と同じ菓子は焼けなくなる気がした。


 震える足で、私は一歩、前に出た。


「弱かった。怖かった。それでも、私は――逃げなかった」


 過去の自分は、泣きそうな顔で私を見ている。


 否定もしない。

 消しもしない。


 ただ、そっと抱き寄せた。


「食べていけなくても、好きなことを続けることで、私は生きていられた。お菓子を誰かに食べてもらって笑顔になってもらうことで、私は前に進めた」

 顔のない存在が、ゆらゆらと揺れた。

「怖くないの?」

「怖いですよ。今も怖い。失敗したら、どうしようって思う。でも、怖いまま前に進むことが、大切なんだって知った」

「誰に教えてもらったの?」

「たくさんの人から。エリザベート嬢、王女、リリア、グレン、ノエル、アラン、レイ……出会ってきたすべての人から」

「それが、あなたの強さね」

 声のトーンが変わった。

 顔のない存在が、少しずつ形を変えていく。


 その瞬間、世界が静かに溶けていった。


「合格だ」


 声が、どこかで微笑んだ。


 やがて、そこに立っていたのは……私自身だった。

「え?」

「これが、最かわの証明よ。自分の弱さを認め、それでも前に進む力を持つこと」

 もう一人の私が微笑む。

「あなたは十分に強い。お菓子魔法は、あなたの心と結びついている。心が揺れると、魔法も揺れる。でも今、あなたの心は安定した」

「そうですか……」

「行きなさい。あなたの場所へ」

 光が広がり、意識が戻ってきた。

 目を開けると、見慣れた部屋の天井。

 汗をかいていたが、心はとても穏やかだった。


 翌朝、胸の奥に残っていたのは、力ではなく、折れずに戻ってこられるという確信だった。

厨房でクッキーを一枚焼いた。

 それは今まで作った中で、最も完璧なクッキーだった。

「できた……」

 一口かじる。

 味が、心に直接響いた。幸せ、温もり、そして希望。

「これが、本当のお菓子魔法」

 自分の弱さを認めた上で、それでも前に進む力が、お菓子に宿っていた。


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