挿入話 Ι
———やめて離して!!
———お母さん!!誰か助けて!!!
———ああ、神よどうか我らを——ぐっ
人は弱い。だがこの世界は弱肉強食だ。子どもは連れ去られ、老人は殺され、女は犯され、男は奴隷となる。かつての黄金期からは想像もできない。いや、いまではその黄金期すら誰も信じていないだろう。
(本当に、こんなことが許されていいのか?)
人は弱い。だからこの問いを人に問うことは無意味だ。許す許さないの権利はないのだから。だが、結果的にはその横暴を圧倒的なまでの暴力によって認めさせられているといえるだろう。
そんな現状を認めるのか?
否、断じて否だ。認めるわけにはいかない。ならば結果で持って示さなければならない。たとえ勝てずとも抗い続ける。爪をはがされようと、熱湯をかけられようと、!心臓を掴まれようと!!奴らには何一つ渡さない!思い通りにはさせない!
そんな自殺願望者が集まったのが”サピエンス”だった。
世界唯一の(以下省略)その首都センターシティの豪奢な建物内で
「では、すでに魔族の脅威は去ったと?」
「ひとまずは、というところでしょう。楽観視はできません」
「最近ではドワーフや獣人との小競り合いが頻繁に起きています。今はそちらにリソースを割くべきでしょう」
「だが足元がお留守ではどうしようもあるまい。まずは国内の反乱分子を片付けるべきかと思うがのぅ」
紛糾こそしないが意見はまとまりそうもない。もとは小さかったサピエンスも今では各地に支部を持ち幹部会議なんてものも行い、世界中へとその手を伸ばすようになっていた。
(早く終わんねえかなぁ)
そんな中で一番端の席に座る男は長引く会議にただ辟易していた。幹部の中で初期の創設メンバーは男を含め二人だけであり、上座に座るはずのもう一人は一度も来たことがないので実質一人であった。否、押し付けられたとも言うべきだろうか。
他のメンバーは世界中を飛び回り、なんなら勝手に死んでいったやつもいる。彼らにとっては組織が大きくなろうと彼らは変わらないのだ。そしてそれは男も同じだった。
「だからこそこれ以上の人員の派遣は無茶だと言っているのです」
「それにこれ以上活発に動くのは危険です。締め出しを喰らえば元も子もありません」
「だがこのままというわけにはいかんだろう?すでに我々はすでに魔族に一杯食わされているのだ。やられっぱなしでは組織のメンツに関わる」
慎重派と過激派、その争点は攻勢にでるか守勢を貫くか。どちらにも一理あるが正直頭でっかちになっているとしか思えない。組織が大きくなった影響で忘れてしまっているのかもしれないが所詮我々は貧弱な人間の一部の集まりでしかない。なにか大きなことを成そうなどと考えるのはうぬぼれである、というのは悲観的すぎるだろうか?
「ちょっといいか?」
全員の視線が一瞬で俺に向く。今まで会話からはぶられていたやつが急に発言したのだ。こちらも発言する気はなかったし向こうも求めてなどいないだろうが。
「どの意見も一理ある、俺はそう思う。だからこそその折衷案を出したいと思う」
正直これ以上は無駄だろう。一度まとめなければ意見がなおさら散らばってしまう。
「我々が人の救済を掲げる以上魔族の狼藉を許したのは失点だ。だがその仕返しをするというのはさすがに難しい。それにさっきもあった通り人員に余裕はない、それにそんなことすればこの国を追い出されるだろう。だからこそ、ここは調査という形にするのはどうだろう?」
「調査……ですか?」
「ああ。例えば、そうだな……ムスリムとかどうだろう?」
「ムスリム、最南端と言われるあの街ですね」
「ああ、あそこなら文句を言う輩も居ないだろう。それに魔族たちとの国境にも近い、なにか得られるものがあるかもしれないだろう?」
大したものは得られないだろうが、と心の中で加える。とりあえず一刻も早くその場から出てあの堅苦しい椅子から離れたかった。
そしてムスリムへと向かった。もちろん、この時はこれがこんな結末に繋がるとは思いもしていなかったが———、
「なんだこれは———?」
目の前で起きていることが信じられなかった。勇者と名乗った青年とタイル、人とドワーフが力で拮抗している。いや、凌駕している。
死ぬはずの瞬間は訪れずいつのまにか目の前で次元を超えた戦いが行われている。むちゃくちゃだった。でも、朦朧とする意識の中でかつて無いほど興奮していた。
まるでヒーローに憧れる少年のように。色褪せかけていた熱情、それは別の形で再燃する。
(そうだ、ようやく来たんだ。これこそが今必要なこと……)
戦闘の余波で気絶するまで男は想いを馳せていた。それはとても現実的で本質的だ。
———他を優越する暴力、これこそが今の人にとって最も必要なことだと。




