第4話
2週間前、世界唯一の人類国家の五大都市、ソースシティにて———
「お呼びでしょうか?」
白色の礼服を着た少女が屋敷にある一室で一人の男と対峙していた。
「ああ、急に呼び出して済まないな少々野暮用だ」
そう話す男はヒゲを生やし頭を角刈りにした壮年の男、この屋敷の主であり侯爵家の当主でもある。その眼光は鋭く衰えを感じさせない。
「もしかして、魔族の件でしょうか?」
魔族の件、魔族の王城襲撃事件があったことは記憶に新しい。この人類の唯一国家に魔族が人間に扮して侵入している、それが発覚したこともあり全国で大規模な魔族狩りが行われたりもした。
「いや、そちらに目立った動きはない。それに今すぐにどうこうできることでもないだろう。今回は別件だ」
「ではまさか、!私の氷菓子を勝手に食べたことの謝罪ですか?」
「それについては悪かったと思っている。すでに予約はしてあるが……君は結構根に持つタイプなのか?」
「いえ全く」
迷いなくきっぱりと答える少女に上司である男は未だに意図的にやっているのか素でやっているのか判断できない。
「……そうか、そろそろ本題に入らせてもらおう」
オホン、と咳払いをし男は続ける。
「勇者を名乗るものが現れた。そこで君にはムスリムへと向かって欲しい」
それは予想外の言葉だった。
「それは、なんというか……」
思わず詰まってしまうが話は続く。
「知っての通りあそこはこの国の辺境だ。そして度々他種族との最前線にもなってきた。そして今、そこに勇者を名乗るものが現れた。神託はなくこの国の情勢は不安定なまま、最悪のシナリオは回避しなければならない」
最悪のシナリオ、それは勇者という名に敏感に反応した他種族がそれを抹殺するためにムスリムへと攻め込むこと。勇者という名はその口実には十分だ。そして神託がないということはその人物は十中八九偽物であるということ。ムスリムは滅ぼされるだろう。そしてそれを救済する余力はない。
タイミングと場所、情勢がすべて奇跡的に噛み合ってしまったのだ。
「事態は急を要する。今すぐに動けるのは君しか居ない、手筈は済んでいる。すでに他の支援部隊は現地へと先に送った。引き受けてくれるな?」
断る気などない。だがそもそもここまでお膳立てしておいて断らせる気などないのだろう。いや、目の前の上司の真剣な眼差しと溢れそな圧を見れば断るという気など失せてしまう。
「全力で任務を遂行してまいりますッ」
少女はムスリムへと旅立った。
一週間前、ムスリムにて———
「よっ、坊っちゃん。果物はどうかね?新鮮なものがいっぱいだよ」
「よっしゃあ、俺の勝ち!いまから酒奢ってもらうぜ」
「おいおい、朝っぱらから飲むのかよ」
「別にいいだろ、ほらもう酔っ払ってるやつだっているんだからよ」
「ぼくぅ〜、お酒は大人になてからだぞ〜?」
「あはは、一応成人してるんですけどね」
少年の姿に扮して街に入り、時折酔っ払いに絡まれながらも街の雰囲気というもの感じたが、そこは異様だった。近頃の情勢が不安定だということは多くの人が知っているだろう。各地で小競り合いが起き、魔族の侵入や怪しげな組織の活動も活発だ。
だがそんな不安など一切感じていないようにここの街の人は朗らかで明るかった。一瞬、歴史で習ったかつての”黄金期”という単語がちらつくくらいには。
そして聞き込みと部下からの報告でその全貌がなんとなく掴めた。街の中心、そこにできた人だかりの中心に立つ一人の青年。薄青色の鎧をまとったその姿が人垣の中からちらつく。
彼によってこの街の今は作られている。そう確信した。多くの人から慕われ微笑む姿は美しく完璧だ。でもだからこそ不安だ。まるで何者かに作られたような、もしかしたら人々を惑わすかぼちゃのランタン(見た目だけで中身が空っぽ)ではないのか、そう思わすには居られない。
だがそんな不安など感じている暇もないほどには目の前の状況は深刻だ。もしただのハリボテならば適当に打ち負かして勇者という肩書を剥がしてしまえばよかった。だがあの青年は勇者としての信頼を得てしまっている。それも熱狂的なまでに。一体何がそんなにも民衆を熱狂させるのか。ただ一つ言えることはこのままではこの騒ぎは収まらないということ。
もしこの状況と勇者の話が他種族に知れたらどうなるか、考えたくもない。不安を抱えたままその場を去った。
(警戒と疑念、てところか?にしても……)
「久しぶりにまともなやつが居たなァ」
青年のつぶやきは聞こえない。




