第3話
世界には神がいた。神は大地に生命を生み出し世界に彩りを加えていった。そして多種多様な生物達が生まれ、彼らによって世界は創られてゆく。
その世界には"人"という生き物がいた。彼らはその能力で他者に劣っており矮小な存在だったが心を持っていた。
他者のために涙を流し、共に戦い笑い合うことができた。美しい、とある神はそう思った。そして同時に哀れだとも思った。狩られる立場にありながら深い心を持って生きている。一体どれだけの苦痛と理不尽を味わうのだろうか、と。
だからその神は一つの武器を与え、祈りを教えた。彼らが外敵からその身を守り、愛情を育めるように。
だが他の神はその行動に激怒した。神は常に公平でなくてはならない。干渉するようなことがあってはならないのだ。
裁判の結果、その神は下界に追放された。そこでかの神は自身がかつて贈った武器を手に取り人々のために戦った。そして彼はこう名乗っていた。"勇者"と。
———失われた聖書より抜粋———
世界唯一の人類国家、その辺境ムスリム。たびたび他種族からの侵攻の最前線となってきたこの街は、偶に城壁の一部が何者らかによって壊されたりもしたが今ではほんわかした雰囲気が漂っていた。
そしてその最もたる原因が———
「勇者様ー!」「おお、勇者様」
「よっ、ムスリムの英雄!」
「こっち向いてー!」「結婚してー!」
俺のおかげである。
朝っぱらから鬱陶しい声援と熱意のこもった視線を向けられいい加減辟易してしまう。
そして"清廉潔白な勇者様www"を演じるためには手を振り笑顔を振り撒きファンサまでしなくてはならない。
だがまあ慣れたことではあるので難しいことではない。それに完璧な勇者像というものを理解している身としてはむしろ簡単なことだ。ただめんどくさいというだけで。
とりあえず朝はギルドへと向かう。そう、あの暑苦しい男共が集まるむさくるしい場所だ。
「お、勇者様じゃないか!今日も魔物退治かい?」(むさくるしい男1号)
「いや、今日はパトロールの方をやろうと思って。あんまり冒険者としての仕事を奪ってしまうのはよくないからね」
「カッー!さすが勇者様ってか!俺たちみたいなやつのことも気にしてくれるなんてな」
(汗臭い男3号)
「違いねえ、ほんと感謝しかねえぜ」
(人間に扮してる魔族の残党n人目)
ん?何で残党かって?そんなのあとは適当に殺しておいたからに決まってるだろ?
「あはは、そんなに言われると照れ臭いなぁ」
(ああ、早く出て行きてえ)
勝手に始まるヨイショヨイショの雑談。今更ながら鬱陶しい。だが、それを切り裂くように———
「おい、勇者!いるなら僕と勝負しろッ!」
(マジで勇者辞めようかな?)
面倒事は勝手に寄ってくる。
噴水前の広場、そこはたびたび決闘場としても使われることがあるが今は街の人々で大いに賑わっていた。
(クソだりぃ)
勇者を名乗ってから、なぜか勝負しろと言ってくる力自慢どもが集まってくるのだ。それもこれも俺の前にいた自称勇者たちがその信用を失墜させたからなのだが。
だがそんな内心など知らずにオーディエンスは勝手に盛り上がる。
「おい、まだ決闘申し込む奴がいたのか?」
「にしても今日のは随分と若えなぁ。こりゃ一瞬で終わっちまうかもだぜ」
「いやわからねえぜ?ギルドが許可したんだ、それなりの腕はあってもおかしくないぞ」
「だとしても無敗の勇者様が負けるわけねえだろ」
少し緊張しているのか動きが硬くなっている決闘相手の少年。あれだけ大口を叩いたからには、簡単に負ければブーイングの嵐が巻き起こるだろう。
(はぁ、何でおっさんの次はクソガキの相手までしなければならねぇんだよ)
悪態をつく。でも———
———今回だけは幸運だったかもなァ
爽やかな笑みを少年へと向ける。その瞬間歓声が沸き起こり、ぶるりと少年が震えた。
そして———決闘が始まった。
剣線が煌めき両者は蝶のように舞う。なんてのは誇張表現かもしれないが見てる者としては大いに湧き立つ剣技だったと言えるだろう。
そう、わかる人にはわかったかもしれない。これは決闘ではなく誘導されたただの剣技だと。ただ少なくともそれがわかるやつは1人しかおらず観衆の中にはいなかったが。
(くっ、重い……!)
それがわかるやつは今絶賛窮地の立場にあった。彼の持つ直剣では勇者の剣を受け止めきれないのだ。それは大きさ的なこともあるがもっと直接的な原因として、両者が手加減をした上でそれでも実力が釣り合っていないことだと少年は理解している。
(ッ、誘導されてる?!)
一進一退の攻防、なまじ下手に実力があるため気付きにくいが一向に進まない状況に訝しみを覚えるには十分な時間だった。このままではまずい、そう思い一度下がる。だが———
———————え?
思考が停止する。離れたはずの勇者が目の前にいるのだ。思わず後ろに一歩下がってしまう。そこにある異物に気づかずに。
———ドサリ、尻をついた。目の前にいる勇者の視線がまるで獲物を前にしたような猛獣のようにギラギラと感じる。横に勇者の剣が突き刺さり、膝を折った彼が近づいてくる。逃げろ。心のなかで嫌な叫び声が訴えるが体は動かない。
「見つけたよ、
—————お前だな?覗き見してた悪い子は?」
鋭い眼光が私を貫いた。




