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勇者  作者: sirogane mikoto
第1章
2/10

第2話

 "勇者"その言葉の意味は複雑だ。人から見ればそれは救世主だが視点を変えれば恐ろしく忌々しい敵の名だ。人以外の種族はそれを酷く恐れている。だからこそ人を迫害し抑え込もうとする。


 だが勇者は死んだ。かつての人魔大戦により死んだのだ。それから勇者を名乗る自称勇者は幾らかいたがすぐにほとんどが殺された。それだけ恐れているのだ。もちろん青年が知る由もないかもしれないが。


「へぇ、テメェは意味わかっててその名を口に出してんのか?」


 ドスの効いた声でタイルは勇者と名乗った青年を睨みつける。


「随分と怒ってるみたいだけど、そんなに僕の名が気に食わなかったかい?」


 飄々と曰う自称勇者の青年、素でやっているのか煽っているのか。どちらにせよその名を口に出した以上は殺さなくてはならない。


「勇者を自称する馬鹿共は随分前に殺し尽くしたはずだがまだ残っていたとはな」


「へぇ、僕以外にもそんな人がいたのか」


 どこまでおちょくるのか。限界を超えたタイルから殺気が溢れ出しビキビキと体の血管が浮き出てくる。


「ああ、お前みたいに自信だけは馬鹿みたいにあるやつだったぜ?だが安心しろ———お前も見た目だけなら負けてねえからなァッ!」


 突風が吹き荒れ必殺の拳が青年へと向けて放たれる。本気だった。たかがハリボテの勇者にはオーバーキルが過ぎるもの。だがその不愉快な口に似合った代償だ。


(そのすかしたツラごと赤いシミに変えやるッ!)








「おお、なかなかに強い一撃だね」








————————は?






 その憎たらしい顔を肉片も残らず吹き飛ばすはずの拳は、まるで何かなら止められたように動かない。


(一体何が……なッ、押されている?!)


 その時理解した。この手を止めているのは青年の左手だと。だがわからない。なぜこの拳をたかが人ごときが止められるのか、ましてや押し返すことなど———


「ありえない———て顔をしているね」


「ッ———」


 思わず一度後ろへ下がる。


(勇者は死んだ、だからこいつが本物のはずがない)


 確定した事実と目の前の現実が相反する。一体目の前の存在は何なのか、底知れない未知に頬に一筋の汗が垂れる。


(いや、関係ねえ。こいつが何であろうと危険なことに変わりはない。なら———)


「お前はここで殺す。———金剛昇華ァッ」


 金剛昇華、一時的にその強靭な肉体を更に強化するドワーフ固有の能力。全力でいかなければ勝てないタイルはそう判断した。覇気がその体から溢れ出る。それだけでたとえ猛獣であろうと武功を重ねた猛者であろうと膝をつき平伏してしまうだろう。そこからは完全に人外の戦いだった。




 外れた拳は城壁を砕き凹ませ、その蹴りは地面をも破壊する。周囲に積まれていた木箱や樽は跡形もなく崩れ破片だけが散らばっている。


(なぜッ!受けられるッ??!!)


 タイルは焦っていた。ドワーフの中でも強者であるタイルの攻撃をまともに受けられるものなど同じドワーフにもほとんど居ない。ましては金剛昇華まで使っているのだ。それを———


「凄まじい力だな、」


 青年は受け止め感嘆したように呟く。力で他種族に勝るドワーフにとってあってはならないこと。そんな事があるとするならば———


「勇者ァァァッッ」 


 その脚力で城壁にすら届きそうな勢いで飛び上がり、押しつぶすように勇者へと蹴りを放つ。地面は円形に割れ衝撃波が周囲へと伝播する。たとえ当たらずとも吹き飛ばされてしまうような攻撃、だが———


「隙あり、だ」


 

—————————は?



 その拳が腹へと突き刺さり、吹き飛んだ。何が起きたのか知る暇もなく叩きつけられる。


「グハっ、」


 久しく感じていなかった苦痛、ましては吹き飛ばされたことなど今までなかったかもしれない。だが困惑は一瞬で納得に変わる。これがあの”勇者”か、と。勝てない、だからこそ問わねばならない。今更現れた勇者の真意を。


「おい、クソ勇者。お前の目的はなんだ?」


 急に質問されたのが意外だったのかきょとんとした顔でこちらを見る勇者。うーん、と少し考えるような素振りをして———


「虐げられた人を救いその尊厳を取り戻すこと、かな」


 模範回答だった。


 タイルは歯を噛み締める。ああ、なんて素晴らしいことだろうか。きっと彼は人にとっては紛れもない救世主なのだ。そして同時に人以外には完全な悪魔である。殺さなければならない、その刃が同胞に向く前に、タイルは再び立ち上がる。


「これ以上は手加減できないよ?」


「する必要なんてねえよ。どうせ俺たちはい殺し合う運命なんだからなァ」


「潔いね————だがまぁ、



  

       ———— 悪くはねえぜ?」





 —————————え?




 ニタリと勇者は嗤う。ゾッとする笑みだ。まるで目の前のものがいつのまにか別のものに変わってしまっていたような感覚、背筋に冷たいものが感じる。


「……それがお前の素か?」


 思わず尋ねてしまう。


「さぁナァ?だが今ここで死ぬテメェには関係ない話ってことだけは確かだぜ?」


 明らかにさっきまでとは異なる口調と雰囲気。手品の種明かしをされたような、理解できないが肩透かしを食らった気分だ。だが一つ確信したことと言えば———


「撤回する、貴様は勇者などではないな」


「勝手にしろ。俺にとってはどうでもいいことだ」


 こいつはクズだということだ。



 

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