三歩歩けば忘れます
「そこまでだ!!」
気が付けば、ポンポン飴を買った店のおっちゃんが走ってきて、俺達の側まで来ていた。
鬼気迫る勢いで走り寄ってきたおっちゃんは、普通の子供なら涙を流して脅えそうな顔をしている。おっちゃんは俺達の側に立ち、ため息をついた。
「俺の作ったお菓子で、喧嘩なんてされたくねぇな」
「え?これ、おっちゃんが作ったの?」
その発言に、何よりも驚いた。
この口に入れるとポンポンと音がする飴と、レースとリボンに包まれている過剰とも思える包装も?
思わず手元にある飴の袋とおっちゃんを交互に見やった。するとおっちゃんが――
「そう、わたしが作ったのよ」
「って、急に女言葉!?」
いきなり高い声色に変わったおっちゃんに、俺の声までつられて裏返った。
「わたしの名前はマーロン。だから、スイーツ・ママロンの店は、私の半身ともいえる店なの」
「……」
俺は瞬きをすることも忘れ、目の前のおっちゃんを凝視した。
するとその視線に気づいたおっちゃんが、また甲高い声を発した。
「そうよ!わたしはね、甘いお菓子を作っている時が至福の時間。本来の自分の姿に戻れる時間なの。可愛らしくて綺麗な物に憧れるのは、乙女の本能!!」
宣言するおっちゃんだけど、乙女とは……どこにいるのだろう……
一同がアポーンと口を開ける中、おっちゃんの勢いは続く。
「だからそんな、わたしの作った可愛いお菓子で醜い争いが起きるだなんて、我慢できない。取り合いなんてやめて!わたしのために争わないで!」
「……」
「……」
「……」
返事がない俺達に、痺れを切らしたおっちゃんの、野太い声が響いた。
「解ったか!?チビ共ッ!?」
その声を聞き、肩がビクリと揺れた。思わず背筋を伸ばしてしまった。
「はははは、はい!!」
「おっ……おう!!」
こうなりゃもう、皆で返事をするしかあるまい。
「あんた達、拳を交える時は大切な彼女を守る時と、決めておきなさい。こんなくだらない争いでムキになるんじゃないの。わ か っ た?」
おっちゃんの言っていることは正しい。
だが、人差し指を立てて、「チッチッチ」と鳴らすのは、やめてくれ。
ついでに片目を閉じてのウィンクも、いりません。
「悪かったな」
「いや……俺の方こそ、ついムキになった」
行きつけの店のおっちゃんの趣味を知り、俺は戦う気力を失った。
どうやら相手もそう思ったようで、俺たちは交互に謝罪を口にする。俺としたことが、まったく大人げない。ここは大人の余裕というものを、この子供に見せてやろう。
「じゃあ、この飴はお前にやるよ」
俺は手に持つ飴をずいと差し出した。だが奴は――
「いや、いい。お前こそ持っていけよ」
両手をふって、受け取ろうとしない。
「いいから持ってけ」
再びずいと顔面に突き出すが、またもや相手は、
「いや、お前がもっていけ」
そう言ってくるものだから、俺もムキになる。
「やるよ!」
「いいって!」
なかなか収まらないこの場に、それを見守っていたおっちゃんが、再び声を荒げた。
「やめろぉぉぉぉ!!」
はたまた聞こえた野太い声に、俺も奴もビクッとなった。
「わたしの作った飴を二人で譲り合っている図は、押し付けあっているようにしか見えない!やめて、悲しくなるじゃない!『こんな筋肉乙女の作った飴なんて食えるか』本心はそう思って嫌なんでしょ!?」
ま、また面倒なことに、なってきたよーー!!
おっちゃん、ズボンのポッケからハンカチを取り出し、目頭を拭いている。
俺達が泣かしているようには見えないだろうが、なにこの異様な図。勘弁してくれよ、本当に。
しかもおっちゃんのハンカチは総レースだし、細かく刺繍されているのが見えた。
『ママロン♪』って……。 それ、おっちゃん縫ったの?そうだよね?それしかないよね?
だが俺はあえて見ないふりをして、奴に提案を持ちかけた。
「じゃあ、こうしようぜ!これはお前と俺で半分ずつだ。それでいいだろう」
「あっ、ああ!!」
そうして俺達はこの場で飴を半分にして、代金の半分を奴から受け取った。
**
それからも俺とリディアは街を歩いて回る。体は小さいので、体力がついていかないのが残念だ。
それにおっちゃんの真の姿が衝撃的すぎて、心が放心状態になった。
しかし、お菓子作りやレースやフリルの可愛い物が好きでも、おっちゃんはおっちゃんだ。
筋肉マッチョな見た目と裏腹に、心は乙女だというが、うん、なんというか、人っていろいろだな。
見た目だけで決めつけちゃいけないんだな。すごく勉強になったよ、俺は。
「リディア、ちょっと休もうぜ」
俺とリディアは広間にあるベンチに腰かけた。並ぶ店を眺めながら、俺は口にした。
「いろいろな人がいるな、世の中」
「そうだね」
だが、しかし――
「平和な国、だよな」
「ええ」
俺がぽつりとつぶやくと、リディアが静かにうなずいた。
「なによりも人々が温かい。困っている人がいれば、自然に手を差し伸べる」
例えば、走って転べば、見知らぬおばさんが手を差し伸べてくれる。そうして服についた砂を払ってくれたり。喧嘩だって、見て見ぬふりはしない。要するに、世話焼きが多いのだ。
鳥が空を舞う。晴れた天気に、風に流れる雲。
万が一のため護衛はついているけれど、子供が外を歩いても安全な街。そう、住む人々も温かい。
「最初はさ、なんでこんな記憶があるんだよ、って思って嘆いた。だけど俺だけじゃないしな。自分だけが大変なんだと思い込むのは、違っているよな。それに記憶があっても、俺は俺だもんな」
俺は顔を上げて、隣に腰かけるリディアの瞳を見つめた。
「それに俺と同じ立場の人間、――お前がいて良かったよ。リディア」
「ルーディス……」
お前がいて良かった。本当に俺はそう思えるんだ。だからリディア……
この言葉の続きは、ちょっと照れくさい。だが伝えるべきことは伝えよう。ここで言わねば俺は後悔する。
「これからもよろしくな、リディア」
「……うん」
「だから――」
俺はスッと手を差し伸べた。
「金を貸してくれ」
ついでに白い歯を見せて笑った。
「………………」
「やっぱり、よーく考えたんだが、金の成る木の種!あれが欲しい!どうしても欲しい!だが、飴を買ったら金が足りなくなってしまった。けど、種が実ればすぐに返せると思うんだ。なっ、リディア――」
「ルーディス、歯を食いしばれ!!」
次の瞬間、リディアにタコ殴りにされた。
信じられるか?あいつってば、男並みに力が強いんだから、参ったぜ。
しかも護衛も止めろよ!思わずそうツッコんでしまいそうなほど、俺はフルボッコにされた。
そうして俺はリディアに引きずられるような形で城へ戻る。
そして、悲劇が一つ起きる。
疲れて街から帰ってくれば、兄が待ち構えていた。ワクワクした顔で出迎えた兄に、
「あ、忘れた」
ああ、しまった――
俺としたことが、リディアと座ったベンチの上、ポンポン飴を置いてきてしまったんだ。
そう告げた時の、悲壮感漂う兄の表情を見て、長引く説教を覚悟した。
まあ、俺が悪いといえば悪いので、ここは大人しく正座して聞くべきだろうな。
涙をにじませながら、俺に向かって文句を吐き出す兄の言葉を黙って聞く。
「ルーディス!!聞いているのか!」
ああ、うるさいな。そんな大声で話さなくても、ちゃんと聞こえているよ。
「私がどれだけ、あの飴を楽しみにしていたか、お前は知らぬのだろうが!私は三日前からソワソワと、勉学に励む心も疎かになってしまうほど、夢見ていた!!それをお前は簡単に忘れてしまうとは何事だ!私があの飴をどれだけ楽しみに、かつ好物だと知っていての行為だろう!」
俺は兄から絶賛説教中。兄、涙目。
しかし、久々に街に出て、散々な目にもあったけど、それでも楽しかった。リディアの右ストレートは相変らず強烈だけど、また来月が楽しみだな。今度は何を購入しようか?
「ルーディス!!絶対聞いていないだろう、その顔は!!」
その後も俺は兄上の説教を、右耳から左耳へと流していた。
この物語はどこを目指しているのでしょうか(遠い目)




