掴めない男子 2
「悪いことは言わないからやめな? 中にはリアルなのもあるけど、フィクション設定で振り回されるのは良くないよ?」
「舐めてもらっては困る。 現実的か非現実的かくらい判断出来るさ」
だから、と麻戸は続けた。
「高千穂が彼氏を取っ替え引っ替えしていても相談には乗るからな。 他の人には話せないだろうし」
麻戸は笑っていた。 それは席が隣になってから初めて見る満面な笑みだった。
おそらく相談に乗れる事が嬉しいのかも知れない。 力になってくれるという安心感は確かにある。
しかし。
それらをゴミクズのように吹き飛ばした内容の酷さに、高千穂は右手を振りかぶった。
「ぁ、って……!?」
「ねぇ、判断出来てないんだけど。女友達捨てたいん?」
頭を抑えて見上げる麻戸。 その表情には先ほどの笑顔はなく、困惑と後悔で埋め尽くされていた。
「………ごめん。言いすぎた」
「はぁ、ギャルがどうとか言って離れちゃうから上っ面だけしか見えてないんだよ」
『ああ……』と項垂れる麻戸に、高千穂は手を伸ばす。
「とりあえずどんな漫画見てたか、あたしに見せてみ。判断してあげるから」
「っす」
麻戸は携帯を高千穂の手に置いた。
「……………………いや、離せし」
しかし携帯は麻戸の手に握られたままだった。 力づくは無理だ。 ずっとシャツの袖のボタンと胸元の第一ボタンまで止めてる堅苦しい陰キャっぽい恰好してる割に、携帯は万力にでも挟まれてるみたいにピクリとも動かない。
しだいに携帯は麻戸のズボンのポケットに返っていく。
「やっぱり題名教えるんで、その、自分で……」
「今ページ開いてたじゃん。回りくどいことしなくて良くね?」
「でも、携帯を渡すのは、プライバシーの管理がなってないからやめろって先生に言われてるし」
「良い子かっ。てかなによ、そこまで渡したくないって事は、やましいものでもあるわけ?」
「………………………ベツニナニモ?」
「声上擦ってんだけど!?」
必然的に、高千穂の脳内では十八歳未満閲覧禁止のモノが浮かび上がって来て、ドン引きを露わにした。
「いや、違う。誤解っすよ。 今読んでるやつはそこまでやましくないんで」
「その言い方だと、今は読んでないけどやましいのもあるって解釈でおーけー?」
「…………そんな事より、昼終わりそうだけど良いんすか?」
「分かりやすく話変えんなし!ちょ、どんなんか見せて!」
さっきまでのドン引き顔なんてなかったかのように、高千穂の目が輝いている。
麻戸は黙って画面を向けた。 しかしその画面に高千穂が望んだものはない。 あるのは初期設定のホーム画面。 四桁の数字だけが映っていて、昼休憩の終わりまで十分を切っている事が判明した。
高千穂は静かに携帯を構える。
「やっば……。 ミキからめちゃメッセ入ってる」
携帯は消音にしてスカートのポケットに入れていた。 バイブレーションが起こるはずだった。 普段ならばこれだけ通知が来ていれば振動で気付く。 なにかしらの誤作動で反応しなかったのだろうか。
高千穂はメッセージを返したあと設定を確認する。 しかしすぐにミキから返信が来ると、手の中で携帯が揺れた。
「約束してたんすか?」
「約束ってか、そもそもコンビニ行くのに財布忘れたから取りに来ただけだったんよ。 んで、あたしが全然帰って来ないってメッセくれてて」
「なるほど。 座って動く気配ないから何してんだろって思ってたっす」
「うっさい。 麻戸がかまってちゃんオーラ出すから悪いんじゃん」
「漫画読んでるだけでそんなもの出すか」
「しかもエロいやつ」
「違う」
会話と同時にしていたメッセージが終わった。 どうやらミキ達はコンビニで食料を調達するとすぐ中庭に行ったらしい。 待たせる事にならなくて安心したが、高千穂はため息をついた。
「お腹すいた」
高千穂は机に突っ伏した。
「まだ時間あるし、買いに行けば良いじゃないっすか」
「さすがにめんどい」
「だったら、バクダン食べます?」
また訳の分からない事を言い出した。
高千穂はうつ伏せのまま、顔だけを動かして麻戸の方を見る。 伸ばして来た手。 そこには、手のひらから出るくらい黒くて大きな丸いものがあった。
「ツナと昆布、鮭、明太子のスペシャルバクダン握りっす」
「良いの……? これ貰っちゃったら麻戸、お腹減るんじゃ……」
「ぼっちは動かないから消費カロリーが少ないんすよ。 だから平気」
「………そっか。かわいそうだね」
スーッ、と引き戻されていく右手。 ゆえにオニギリが遠ざっていく。
麻戸から自虐ネタをぶっ込んで来たクセに傷付いたらしい。 冗談だから、と言って宥めると無言でオニギリが渡された。
「ありがとね」
「っす」
言いながら、一口食べる前に財布を開けた。
「いくらだった?」
「………え?」
「お金。払うよ」
至って普通のことなはず。 それなのに麻戸はあからさまに驚いた顔を見せている。
「あたし、変なこと言った?」
「いや、ギャルは奢られて当然って感じだと思ってた、か、ら…………」
「へぇ。なんでそんな事思ったん?」
「………、」
「ど、こ、の、な、に、を、み、て、………そう思ったのか聞いてんだけど?」
高千穂はわざと圧を込めた。 つい今し方、ギャルについての情報収集源がフィクションだと発覚したばかりだ。 途中で失言に気づいたとしても逃しはしない。 『ん?』と催促すると、麻戸は顔を背けながら携帯を揺らした。
「ギャル軍団が言ってた」
「漫画を参考にするのはやめろって言ったばっかじゃん!」
「すんませんっ」




