ギャルの家で勉強会 1
「ねーえ、数学のプレ何点だった?」
「二十八点」
「赤点範囲内やん」
放課後。 ガヤガヤとしている教室。
とある一角だけ、しん……と時が止まる。
帰り支度をしていた高千穂は椅子に座り直した。
「え、期末やばめ?」
「問題ないよ。 数学がこんな点数なのは毎度のことだけど、透和に教えてもらってクリアしてるから」
まさに今、立花にメッセージで『数学教えて』と送ったばかり。 あとは返信待ちだと、麻戸はスマホをいじっていた手を止めた。
「へぇ、麻戸は数学苦手なんだね」
「ああ。 考え込むとつい、変な方に頭が持っていかれて……って言っても伝わらんよな」
「あ、大丈夫。 麻戸が変なのは知ってるから」
「なんか違くない……?」
妙に引っ掛かる即答だった。 しかしそれ以上を聞くことは出来ない。
優しく温和な笑みでありながら遠くを見るような目。 悟りでも開きかねないその表情は、いつだったか立花がしていた。
まるでお地蔵様でも相手にしているかのようで、麻戸は密かに息をのむ。
その時、スマホの画面に明かりがついた。
「…………スタートダッシュ失敗した」
「どしたん?」
「透和が友達と先約があるんだと。 まぁ、本番はまだ一月先だし焦らなくても良いんだけどな」
と言いつつ、夏休みに補習をしている光景が脳裏をよぎる。 父、母、姉に協力を求めようか。 はたまた自力で頑張ってみるか。 なんにせよ数学と向き合おうと、鬱々とした気持ちのままバッグを掴む。
「勉強会でもする?」
未だ椅子に座っている高千穂が言った。
「いや、人が多いのは苦手だし集中出来ないから遠慮しとく」
「あたし達だけのつもりでーす」
「高千穂と、二人……?」
「…………やっぱ、ビビっちゃう?」
「そうじゃない」
麻戸は眉間に皺を寄せていたが、否定の声は早かった。
「考えが甘いんだよ。 俺に数学を教えたら自分の勉強なんて全く進まんぞ?」
「堂々と頭壊滅的宣言すんなし。 そもそも、数学のどこが苦手なん?」
「例えば図形とか方程式を考えてると、どんなシチュエーションでこんなの見つけたんだよ、って頭に変わっていく」
「うっへー、致命的じゃん」
高千穂は平然と口にした。 軽やかに反動をつけ椅子から立ち上がると、薄く笑みを浮かべる。
「まっ、遅くならないうちに行こうよ」
「ん。……じゃないわ」
思わず高千穂について行こうとしてしまった。 そうではない。 話はまだ終わってない。 それどころか半ば断ったようなものなのに、自然と勉強会をする流れになっていた。
はて? と麻戸は思う。
高千穂はこんなに強引だったかな、と。
「次はなんよ」
「その、なんだ、教えてくれるのは助かるけど……、高千穂は教えれるの?」
失礼を承知で問いかける。 実際、その条件をクリアしていないと、勉強会が雑談会に変わってしまうからだ。
高千穂は無言でバッグを漁り、七十八点の答案用紙を見せてきた。
「めちゃ頭良いかって聞かれたらそうでもないけど、教えるくらいは出来ると思うよ」
元より逃げ道を作っている訳ではない。高千穂にとってメリットの無い行動がどうにも腑に落ちなかった。
しかし意地で疑念を抱く必要もないため、麻戸は首を縦に振りかけた。 その途中、強引に横に動かした。
「……大丈夫? 首ぐにょんってなってたけど」
首筋を手でさすりながら、麻戸は高千穂を見つめた。
「千切れてないから平気。 それよりも、勉強会とやらはどこでやるんだ?」
「適当にその辺のお店に入ろうとしてたけど」
「放課後に制服を着た高千穂はマズイ。 仲間が群がって来るかも知れん……」
「結局それかい」
入るとしたら客の多いチェーン店。 人を隠すなら人の中であり、勉強している学生が目立たない所が良い。
代償は、同じ境遇の人がいること。
その上、無駄に顔が広く、目につきやすい容姿、耳に通りやすい声をしている高千穂ならばすぐに気付かれてしまう。
大して仲良くない人だとしても、男子と二人きりでいれば都合の良い話のネタとして、遠慮なく絡んで来るだろう。
「カラオケ……はダメだな。部屋代もあって割に合わん」
このまま教室で、とも考えたが即刻抹消した。 絡みに来てほしいと言っているようなものだからだ。
他の候補を求めて高千穂に視線を向ける。
高千穂は、机に寄りかかり、足を交差したまま佇んでいた。片手に持っているスマホをいじりながら。
(さすがはギャル。 スマホを持たせたら最強だな)
勝手な期待を寄せて、麻戸はひたすらに待つ。
およそ三分。
高千穂はスマホの画面を消した。
「おけ。 許可とれたし、あたしの家に行こっか」
「ちょっと待って……!」
「まーだなーんかあるんでーすかー?」
高千穂の語気がわずかに上がる。
だが今は怯んでいる場合ではない。
「家、ご家族いる?」
「当たり前じゃん」
「なら良いか……」
麻戸はホッと息を吐く。
「今はママがいるだけだし、あたしの部屋に直行したら良いからさ」
「あ、なんも良くねーわ」
きょとんとする高千穂に言い放つ。
「部屋じゃなくてリビングの許可とってください」
記憶に残っているのは、鬼気迫る勢いで説明する父と引き攣った顔で怯える妹。
お題は、異性の部屋に入ることについてだった。
盗み聞きだったが、父の熱は骨の髄まで染み込んでいる。 明確な理由はあれど、おいそれと部屋に入るわけにはいかないのだ。




