理解者 3
「小学生のガキが、イジメられてるってのに堂々としてんの。毎日学校行って、からかわれるたびに言い返して、しまいにはイジメられてるから学校の行事には参加しない!って先生に言うんだぜ?」
「まーじか……。はは、麻戸やるね」
「目立たないように体を小さく丸めていた俺とは大きな違いだ」
「学年中からイジメられたんならそれが普通っしょ。 麻戸がおかしいくらいなまである」
うんうん、と頷いていた高千穂は『ん?』と声を上げた。
「てか、性格的なもんもあるんだろうけど、そんな自分の意見を全面的に出すようなやつだったんなら……、いま地味すぎん?」
本当にこいつは核心ばかり突く、と立花はもはや呆れ返った。
「逆だよ」
「というと……?」
「たった一言の冗談でイジメにまで発展させ、関係ないやつらまでもが手を組み、根も葉もない噂話で笑い合う。……曜真が"人"と距離を置くには充分な理由だろ」
高千穂はハッとした表情を見せた。
「対して俺は人との関わりが嫌いになれなかった。 楽しい学校生活が送りたくて、それが曜真に伝わっちゃったんだけど……。肉体改造からトレンドの話題入手。 ワックスで髪型作るとこまで。 人気者になれるように曜真が尽くしてくれたんだ。おかげで中学デビューの成功者ってな」
ちなみに、と立花は続ける。
「今の曜真は来るもの拒まずになってる。友達もいるし、遊んだりもする。 けど、自分から友達になりたいって思うやつは、"今までにいなかったよ"」
「………………へぇ、そう。あたし飲み物とってくんね」
高千穂はグラスに手を伸ばすと、空振りに終わる。 今度はしっかりと握りしめて、机の角に腰をぶつけながら立ち上がった。 二歩目に踏み出したところで足がもつれ、よろめく。
ドジっぷりを披露する高千穂はこちらを振り向くことなくドリンクバーに向かい、立花はその姿を見ながら口元を緩めた。
やがて飲み物を入れ終わった高千穂は足早に戻って来る。
「あのさっ、麻戸が強かったのって格闘技とか習ってたりすんの?」
「しないよ。 ランニングや水泳。トレーニングジム、今はボルダリングやってるけど……、それくらいだったか?」
「……ごめん、聞いといてなんだけど反応に困るわ。 麻戸はアスリート選手になりたいのかな?」
「話戻すけど、言葉を貫き通すには力が必要って気づいたから。んで、退かなければ負けることはない。……それを体現したのが、さっき高千穂も見たやつになる」
「なーるほど、ね……」
高千穂は頷いて『それじゃあ最後に一つ』と人差し指を立てた。
「麻戸がギャルが苦手な本当の理由」
疑問を投げかけるような言葉とは裏腹に、確信めいた口調ではっきりと告げる。
「『宿題のノートを回収しに話しかけたら笑顔が消えて真顔で渡されたから』……とかいう、しょぼしょぼな理由。 今まで聞いた麻戸の話に照らしたら、嘘でしかないじゃん」
「……、」
「……何が、あったの?」
「いやマジでなんもない。 そのくだらない理由であってる」
「もうなんなのあいつ。ほんとやだ」
力が抜け、重力に従うようにべしゃ、とテーブルに突っ伏す高千穂。 ふと、のろのろした動きでスマホを顔の前まで持って来ると、目を見開いて飛び起きた。
「やばっ!」
「帰る時間?」
「そう。 夜ご飯で使うやつ買って帰らないといけんくて、完全に忘れてた」
「あらら」
「呼び出してごめんけど、帰るね」
『おー』と軽い返事をして立花は椅子に深く座った。 グラスの縁を指でなぞり、帰り支度をする高千穂に視線を向ける。
「少なからず、恐怖はあるでしょ」
直前まで嬉々として麻戸のことを聞いて来ていたのだから、嫌いになったとは思わない。 だが麻戸のしたことを知った上で、これまで通りに接することが出来るのか。
それはまた別の話。
「…………、」
帰り支度をしていた高千穂は、ピタリと動きを止めている。
「終わりよければ全てよしで済ませられない。 藤木や先輩を黙らせたのは単純な暴力。 高千穂が楽になればって考えもあっただろうけど、それ以上に、良い気になっているあいつらを潰したかったからに過ぎない」
「……、」
「少しでも優しいとか、カッコいいとか思ったんならそれは勘違い。あいつはヒーローじゃないよ」
高千穂はお腹の前でバッグを抱えて、視線を逸らしたまま口を開く。
「ね、麻戸って最初からあんな思考回路してたん?」
立花は今のセリフを一言一句、頭の中で読み返した。 理解が遅れる。
「あ、えっと、変なこと言い出したのは中学上がる前くらいだったかな?」
「うわー、まじか」
脈絡もない会話。 しかし立花はどこか既視感を覚えた。 その理由を見つけ出す前に、高千穂はしたり顔で言い放つ。
「麻戸に対して今初めて恐怖を感じたわ」
返す言葉が見つからない。 立花は口を開けて固まった。
「肩の力を抜こうぜ、陽キャ代表。 あ、ちなみに今のは麻戸命名だかんね」
「い、や、そんなんで誤魔化そうなんて——」
「変わらないよ」
高千穂はバッグを肩にかけて立ち上がった。
「過去を聞いたし裏の顔も知った。 後はあたしの目で見て声を聞く。 友達なんだしゆっくり付き合っていけば良いんだよ」
ソファからテーブルの横を通り過ぎる時、高千穂は止まってテーブルに手を置いた。 しかしそれも一瞬のことだった。手を離すと、そこにはお札が一枚残されていた。
立花が焦りに満ちた表情で振り返る。
「高千穂はドリンクバーだけじゃん。 お釣りだすからちょっと待っ——」
「嫌なこと話させてごめんね代だよ。 ゆっくりしていきな、過保護な幼馴染」
グッ、と息をのむ。
高千穂の姿が見えなくなると、立花は崩れ落ちるようにテーブルに肘をついて、前髪をくしゃりと掴んだ。
「あれはだめだ、俺の手には負えないわ……」
離れるなら早い方が良いと思った。 高千穂自身でも気づかないような不信感を掘り起こして、価値観の違いを分からせようとした。
そんな考えを、完全に見透かされていた。
(既視感……)
今になって分かる。
麻戸と高千穂。 静と動。 陰と陽。 普通とギャル。
パズルのピースみたく凸凹が綺麗に当てはまっただけかと思っていたが、もっと単純なことだった。
あの二人は気が合ったのだ。
おそらく、高千穂の友達である一ノ瀬みきでは分からないだろう。
麻戸を詳しく知り、高千穂と深い話をした立花だからこそ、その答えにたどり着いた。
(これは、期待しても良いんかねぇ)
春の風。 青い匂い。
学生生活にはありきたりで、麻戸曜真には限りなく非現実的な現象。
恋の発展を考えてしまう。
(とりあえず曜真には謝っとくか)
苦笑混じりにスマホを起動させてメッセージを送った。
——ごめぇんね。謝罪の理由は黙秘権行使。
と。
読んでいただきありがとうございます。
章を分けるわけではありませんが、この話で一区切りになります。
ここまで読んでくださった皆さまがどう感じて、思うのか。
少しでも知りたいので、ぜひ感想を聞かせてください。
一言だけでも元気になれるので、よろしくお願いします。




