嵐の前 2
麻戸は迷いのない大股歩きで火中に身を投げる。
「遅れて悪いな、高千穂」
「あさ、と……?」
間に割り込むように入ったが、麻戸の視線は高千穂だけに向いた。
「これで全員揃った事だし、カラオケ行こう」
高千穂はぽかんとしていた。 交わっていた瞳が麻戸の背後に向く。
瞬間、麻戸は後ろの二人に何か話せと、背中に回した手をグッと握りしめてパッと開いた。
「っ、そういや俺、割引券持ってんだよね」
立花が言葉を詰まらせながら口を開く。
「え、えー、まじ? 最高じゃん。 やったねぇ、梓」
一ノ瀬もそれに乗っかった。
「……そうだ、ね」
高千穂は本庄達の方に向き直る。
「という事なので、ごめんなさい。 あたし今日はこっちと予定があるので」
軽く頭を下げて麻戸の横を通り過ぎる高千穂。 間を置いて、麻戸も高千穂の後ろに続く。
「何、約束してたの? さっきは言ってなかったじゃん」
背中越しに投げられた言葉に、麻戸の眉間には皺が寄った。
砕けた口調だが、どこか責めるように語尾が上がっている。
麻戸は振り返り、ごまをするような愛想笑いを浮かべた。
「本庄先輩っすよね? すみません、多分俺のせいっす」
「あ?」
本庄が一歩踏み出した。
「俺、大人数でいるのが苦手で、他の人には黙っててもらったんすよ。 高千穂がカラオケ行くって言えばそれはもう集まるでしょうから」
「…………は」
本庄はニヤついた顔をしながら周りを見た。仲間達はそれを合図に 『キモ』『陰キャじゃん』などと言いながら大口を開けて笑う。
「なら俺達も行って良いよな? お前だけが我慢すれば良いだけの話だろ?」
「勘弁してくださいよ。カラオケは四人で予約してるんで、時間も迫ってるし……」
「こんな平日に予約とか馬鹿かよ! 部屋とか普通に開いてっから!」
本庄は嘲笑うように薄ら笑いを浮かべてズカズカと歩き始めた。勢いよく麻戸の肩に肘を乗せる。
「なあ、良いだろ?」
「すみません。 俺あがり症なんで、ぶっ倒れると救急車呼ぶ羽目になっちゃいます」
皮膚が触れ合うような至近距離。 麻戸はまばたきもせず、本庄を見続けた。
『うっぜ』と本庄がこぼす。置いていた肘を離すと、今度は力任せに肩を組んだ。
「なあっ、こんなやつとカラオケ行ったってつまんなくね!? 今のうちに断っとけよ!」
本庄は高千穂達に狙いを定める。が、高千穂達は無言のまま目を逸らした。
麻戸が、腰の下で手のひらを向けている。
「……もう、良いですか?」
麻戸が告げた。
たっぷりと間を置いて、本庄が麻戸を突き飛ばす。
「あー、まじウザいなお前。 顔見てると気持ち悪いから消えろよ」
「……では」
麻戸は体の向きを変えて高千穂達がいる方に足を進める。
胸元で親指を立てた。 修羅場を乗り越えてやったぞ、と笑みすら浮かぶ。
対照的に、高千穂達の表情が驚愕に染まった。
直後。
パァンッ!! と、甲高い音が響いた。
やけどのようなビリビリとした衝撃が、背中一面に遅れて伝わって来る。
麻戸はよろめくように大きく一歩前に出た。
(くそ。思いっきり叩きやがって……!)
じんわりと感じる痛みを和らげようと深い息を吐く。 顔を上げて落ち着きを取り戻すと、ギョッとした。
目前に、険しく表情を歪めた高千穂が迫っていた。 鋭い眼光の先にいるのは麻戸ではない。
高千穂は、本庄に食ってかかろうとしていた。
だがその行動は、麻戸の理想と大きくかけ離れている。
本庄の元へ向かう道に、麻戸が強引に割り込んだ。 強制的に動きを止めた高千穂に、麻戸は声を発さず唇の形だけを変える。
————構うな。
意図は伝わったはずだ。しかし高千穂の熱は全くと言っていいほど冷めていない。
麻戸の目に力が入る。 じっと見つめながら、納得させるように小さく首を振った。
高千穂はキュッと唇を噛み締め、静かに俯いた。 一ノ瀬の手に引かれて、ふらりと足を動かす。
「うっわ、チキンじゃん! ダッセ!」
「本庄、お前ビビらせすぎだからな」
「やられっぱなしで良いのかー。 みっともないぞー」
背後での盛り上がりには耳を貸さない。しかし当然ながら嫌でも声は聞こえてくる。
口を開けば何が飛び出すか分からないため、麻戸達は門を出るまで無言を貫いた。




