嵐の前 1
「はぁ……」
放課後。
麻戸は靴を履き替えて校舎を出ると、肩を落としている立花の近くに立った。
「重いため息だな」
自然と、足並み揃えて門へ歩きだす。
「だってさぁ、遊び一つ断るのにこんな時間かかるなんて、さすがに疲れるわ」
「それほど透和と遊びたかったって事だろ。 人気者の証とも言える」
「お前、それはずるいって……」
立花は俯いた。 その心を推測すると、おそらく照れを隠している。 隣を歩いている麻戸からは、ニヤけている口元がしっかりと見えていた。
「ねぇ、ちょっとぉ」
ふと、背中に突き刺さる間延びした声。 一ノ瀬みきのものである事はすぐに分かった。 しかし呼び止められるような仲ではないはずだが、と麻戸は疑問に思いながら振り返る。
先に口を開いたのは立花だった。
「おっ、一ノ瀬じゃん。どうしたの?」
「ごめんなんだけど、ちょっとこっち来て」
一ノ瀬の行動は早く、二人が反応したのと同時に踵を返した。
「透和。 門の所にいる」
「オーケィ」
「あ、そうだ。そーゆーやつだったわ」
言いながら、一ノ瀬は足を止めて振り返ると手招きをした。
「麻戸も来て」
とつぜん麻戸の目の前に、地獄までの道が一直線に敷かれた——とまでは言わないが、それでも呼び出しには慣れていないもので条件反射みたく身を固くした。
「あーっと、俺だけじゃ駄目なの?」
「うん、まぁ、ちょっと二人の手を貸してほしくてさ」
麻戸の眉がピクリと動く。
ついこの前に話をした時の、マイペースな雰囲気が無いことに違和感がある。
「良いよ。 行こうか」
「ん、ありがと」
小さな笑みを浮かべて歩を進める一ノ瀬。
仮にイタズラな罠だったとしても問題ない、と麻戸は考える。 囮というか盾というか、丸投げしても何とかしてくれるであろう立花がいるからだ。
「おお、一ノ瀬とも話せるようになったんだな」
後を追う麻戸に立花が並ぶと、小さく告げた。
麻戸はちらりと目を向けるだけで口は開かなかった。 無言のまま、首を横に振る。
「駄目なのかよ!」
「冗談だ」
「分かるかっ。 お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」
「修行が足らんな」
「いや、お前を理解出来たら終わりだと思ってるからこれで良いわ」
「…………、」
ふら、と麻戸は足がもつれたように上体を傾ける。 そのまま、緩やかな反動をつけて立花に突進した。 『うーい』と立花は大きく体を揺らした後、左足を振り回すモーションに入った。 だがその蹴りは麻戸にぶつかる直前に止まる。
一ノ瀬が足を止めてこちらを見ていたからだ。
自然と、麻戸達は駆け足で近付いて行く。
「あれ、なんだけどさぁ……」
校舎の陰から顔を覗かせる。
そこには高千穂梓がいた。 彼女は一人でなく、目の前には男子が四人。 その中の一人には見知った顔があった。
「ほう。 藤木くんか」
『へぇ』と頷きながら立花は言う。
「意外。藤木のこと知ってんだ」
「ああ。 成就しない恋を励んでいることも知ってる」
「何だそれ。どこ情報だよ」
「ちなみに今が励んでる最中だ」
「……えっ、あいつ高千穂が好きなの?つーか振られる前提!?」
「らしい。けど、そんな事より説明がほしい。 たぶん切羽詰まっているんだろ?」
視線の先にいる高千穂は笑っていた。 ぎこちない顔で、むりやり口角を上げて。
なんとも、つまらない光景だった。
「うん。 藤木は無視して、問題は梓の正面にいる人なんだけどぉ」
傍から見てもリーダー的存在であることは分かる。 一際声が大きく、笑いかければ周りも笑う。 ただ、事あるごとに高千穂に触ろうとしている魂胆が透けて見える。
端的に言うとチャラい。 いつぞや陽キャのチャラ男を真似た時の原型みたいだ。
「……誰?」
「一応この学校の有名人だよ。サッカー部三年の本庄先輩。 あの人の代で何年か振りに全国に行ったんだってよ」
「ふーん。……で、人気者の高千穂が運悪く目を付けられてしまったと?」
一ノ瀬は頷いた。
「最近声をかけられることが多くて、正直絡みたくないから断ってはいるんだけどぉ、あんなふうにしつこくてねぇ」
「俺も良い噂は聞かねーな。 本当かどうかは知らないけど、あれを見てる限りだと遊ばない方が安全ではある」
時間にしてわずか一〇秒。 じーっと見続けていた麻戸は『分かった』と呟いた。
「俺達四人はこれからカラオケに行く予定。 穏便に終わらせるよう俺が話を進めるから、二人は合わせるだけにしてくれ」
「オーケィ」
「ごめんねぇ、二人とも。私だけだったらどうにも出来なさそうでさ」
「ああ。 もう一度言うけど穏便にだからな?」
立花と一ノ瀬は大きく頷く。
「イメージするんだ。 雲一つない太陽の下、緑豊かな草原。 俺達は、争いを嫌う羊となる」
「……ねぇ、麻戸っていつもこうなの?」
「すげーだろ。これ本気で言ってんだぜ」




