ギャルの友達 1
「麻戸。 悪いんだけど、これを職員室まで運んでくれないか? 俺の机のところに置いてくれたら良いから」
「ん、分かりました」
授業が終わり、偶然にも教師の前を通った事が運の尽きだった。
目の前にダンボールが二つ。 書類や教材が詰め込まれ、片方は口が開いていた。
それを重ねて、まとめて持ち上げる。
「へい、ストーップ」
肘が直角になるまで持ち上げたところで、気が抜けるような声が横から入って来た。
見ると、麻戸の心臓が跳ね上がる。
高千穂梓の友達。一ノ瀬みきであった。
「な、ど、どうしました?」
「敬語とか謎なんだけどぉ。なんかウケ」
会話が難しかった。 この状況を打破するために仲介人として高千穂の存在を求めたが、どうやら今はいないらしい。
無視して行く訳にもいかず固まっていると、一ノ瀬は両手を差し出して来た。
「お手伝いしに来ましたぁ」
「………まじか」
周りを見ても一ノ瀬を見て笑っている人はいない。 仲間内でふざけている訳ではないのだろう。
ギャルに対しての偏見が狂わされている今、純粋に感謝の気持ちがある。
「ま、大丈夫だ。 軽いし」
ありがたいとは思えど、それとこれとは別。
ギャルと二人で共同作業なんて体力ではなく神経が擦り減らされてしまう。
「そうなん?」
「ああ」
「じゃあ簡単だ。持っていくのは職員室だったよね」
言いながら、彼女は上のダンボールに手を伸ばした。
「あっれー?」
麻戸は疑問の声を上げながら、取られないように一回転する。
「なにその動き。おもろ」
「あの、手伝いはいらん……大丈夫だ。 俺一人で出来るから」
「んー。 一緒にやった方が楽じゃね?」
「まぁ、それはそうだけど。 これ結構重いんだよ」
「さっき軽いって言ってなかった?」
「俺にとってはな」
一ノ瀬は女子の中では平均的な身長だ。しかし細い。 ダンボールを抱えるだけでも一苦労に思える。
「チキン二十個食べてもらってから検討します。とりあえず今は俺がやっとくわ」
言いながら一ノ瀬の横を通り過ぎる。 数歩進んだ辺りでシャツがぐいっと伸びた。 背中に妙な通気性が生まれて、体が後ろに引っ張られる。
「チキンのくだりは意味不だったけどぉ……。もしかして私には持てないって思われてる?」
首だけ動かして肩越しに見る。 やはり一ノ瀬がシャツを掴んでいた。
「い、や……その、持つ事は出来ても、職員室まで運ぶのは辛いだろ」
「そこまで言われたらさぁ、もうねぇ、運ぶしかない!」
なぜ決意を固める事になったのかは分からない。 だがこれ以上は断れないと悟り、首を縦に振るように見せかけてガックリと項垂れた。
その時だった。
「なーにイチャついてんだよっ」
「みきの裾クイとかやっば!破壊力高すぎな!」
女子が二人近づいて来た。
(あ、これは駄目だ)
笑いながらの大きな声。 恋愛系を絡めたイジり。 無遠慮な接触。
瞬間的に、体が関わる事を拒否した。
喉が干上がった。
嫌な汗が噴き出す。
視線をどこに向ければ良いのかも分からない。ぐにゃりと景色が回る。
「わ、るい。 おくれたらマズイから、行くわ」
絞り出した声が正常に伝わったかどうかは知らない。 麻戸は返答も聞かずに教室を出た。
廊下では様々な声が飛び交っている。 意識しても、先ほどいた所でどんな話をしているのかは聞こえない。
階段を下る前で立ち止まり、麻戸は大きくため息をついた。
「やっぱ重たいんだねぇ」
「っ!?」
驚きのあまり声が出なかった。 首が捻じきれそうな勢いで隣を見る。 一ノ瀬の姿を視界に入れると、すぐに眼球を動かして周りを見た。
どうやら教室にいた女子二人はついて来ていないらしい。
「……何でいんの?」
「え、一緒に運ぶって話だったじゃん」
「そうだっけ? 気にするなって言ったと思うけど」
「ううん。言われてないよぉ」
「そうか……」
麻戸は呟いて、ダンボールを一ノ瀬の胸の高さまで下げた。
「口が開いてバランス取りづらいから注意してくれ」
「おけ」
一ノ瀬が上に積まれたダンボールを取る。 少し足元がふらついたがすぐに安定させて、開いた口から中身をジロジロと見ていた。
「落としたらヤバイもん入ってんの?」
「知らん。 いざとなったら落として良いよ」
「え、適当すぎん? てか注意するのか落として良いのかどっちなん?」
「注意するのは階段の方。 一ノ瀬が転ぶ前にダンボール程度落としたら良いって事」
「おー、めろいこと言うじゃん」
「そして二人で怒られよう」
「あ、やっぱそうなるんだね」
人の少ない階段を並んで降りる。
「麻戸は、思ってたより身長高いんだね」
横を見ると一ノ瀬が見上げていた。
「俺としてはもう少し伸びて欲しかったけどな」
「なんセンチ?」
「一七五。 悲しいことに去年から全く伸びてない」
「止まっちゃったんだ」
「牛乳は飲み続けていたんだけど、さすがに限界があったらしい」
「令和の時代に牛乳で背を伸ばそうとするとは……。この時代遅れめ」
「でもそろそろ牛乳はやめようかなって思ってるんだ」
「成果が出ない事に気付いたから?」
麻戸は首を振る。
「牛乳は毎日二〇〇ミリリットル飲む。 スーパーで売ってるのは九〇〇ミリリットルで約二六〇円。 月に消費する牛乳の数は約七本、つまり一八〇〇円ちょっと。 年間を通すとチリツモなんすよね」
「お母さん?」
「誰が主婦だ。 俺はお父さんだ」
「それもそう、って違くない? いやなにが違うのか分かんないけど、……ってか全部違う!」
「……一ノ瀬、大丈夫か?」
「私がおかしいみたいな反応しないでよぉ!」
これは高千穂と同様に考えを改めなければいけない。
一ノ瀬はのんびりとした性格で、思っている事をそのまま口にする女子。 しかし先ほどいたギャルの上位種とは違い、自分の世界観を貫いている。 こちらに踏み込んでくるような圧はない。
少なくとも一緒にいて苦とは思わなかった。
「はぁ、まさか麻戸がこんな変人だとは……」
ため息と共に聞き捨てならない事が飛び出した。 反射的に言い返そうとしたが、やめた。
今。 この瞬間は、願ってもないタイミングだった。 高千穂梓の"裏の顔"を探る好機。
つくづく根が暗い奴だ、と麻戸は口元を歪める。




