第8話 記憶の疑い
翌日の朝。いつもより早めに登校した周は机に突っ伏して寝ている。
(眠くて死にそうぉ)
昨日のことでほとんど寝れなかった。七瀬さんの言葉が頭から離れなくて一睡もできなかった。ベッドに寝て目を瞑ると、あのときのあの場面が頭に浮かんできて眠れなかった。
『あ、あとね。私が藤田くんのことを嫌いになることなんて絶対ないから安心してね。だって、私優しい人が好きだもん』
思い浮かぶたびに、胸がドキドキしてぎゅっと締め付けられるような感じがした。
「あ、考えると、また胸がっ」
「よお周」
鞄を背負った健太郎が手を振りながら周に近づいてきた。
「何してんだ。胸を押さえやがって。風邪か」
「風邪と胸は関係ないだろ」
「まあそんな些細な置いといて」
健太郎が机の上に鞄を投げ、周の前の席で後ろを向いて座った。
「で、どうだった」
「何が」
「バイトさ。娘さんが代わりに出ただろ。どうだった」
「どうだったって言われても」
なんと答えるべきか分からなかった。健太郎が知らない人だったら普通に答えられるけれど、そうじゃないから。あと、七瀬さん本人にバイトしているのを内緒にしてくれるって言われたから詳しく話せるものではなかった。
「いや、何歳で仕事はできるんか。そういうのあるじゃん」
「あ、えぇと・・・」
仕事は・・・接客は上手いが、コーヒーは淹れらないから、仕事ができるとは言えないな。
「ふーむ、俺と同い年だ」
「マジで?! あの娘さんかわいい?」
「なんでそれが気になるんだ」
「普通の男子高校生の好奇心っていうか」
ヘラヘラと笑う健太郎の顔に、周は顔を横に振りながらため息を吐いた。
かわいい、か。悩む必要のない質問だった。
「かわいい」
「マジ!? どんな感じなんだ」
「ふーむ、七瀬さんみたいな感じっていうか」
「七瀬ってうちのクラスの七瀬莉子?」
「うん」
「やべっ!」
まあ嘘は言ってない。あの七瀬莉子と一緒にバイトしているから。
そして周の言葉に、健太郎は興奮を隠せなかった。
「マジか。今日もあの娘さん出る? 俺、遊びに行ってもいい?」
「ダメに決まってるだろ」
周は即拒絶した。健太郎が来るのは面倒だから、遠慮だった。何より、七瀬さんと一緒にバイトしていることをバレてしまう。
「ひどいね。独り占めかよ。俺にも見せてよ」
「いや、そう言われても」
わざわざ店まで来る必要ないんだ。お前毎日会ってるから。今日も会えるんだ。と言いたかったが、静かに飲み込んだ周だった。
「写真でも見せて。気になるんだ」
「あるわけないだろ。一緒にバイトしてまだ二日目だぞ」
「ウソ。スマホ見せて」
「なんで俺がお前がスマホを見せなきゃダメなんだ」
「見せてってば」
健太郎が手を伸ばして机のオエに置かれた周のスマホを取ろうとした。周は手早く自分のスマホを取って健太郎を阻止した。しかし、健太郎は諦めずにスマホを奪おうとした。周は腕を座右に動かして健太郎の手をかわした。そんな中、自分を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえてきた。
「藤田くん」
えっ、この声は。
周の視線は自然と声の下方へ向かった。そこには、今登校してきたばかりの莉子が、鞄を肩にかけたまま手を振っていた。
「おはいよー、藤田くん」
「・・・・・・」
周は呆然として挨拶を返せなかった。
なんで俺に挨拶を。ここ学校だが。確か昨日内緒にしてくれるって言っただろ。なのに、なんで七瀬さん方から挨拶をしてくるのだろう。と混乱しているうち、莉子は自分の席に行ってしまった。周は呆然としたまましばらく莉子が立っていたところを見つめていた。
「お前なに」
「・・・なにが」
混乱する状況の中から健太郎の声が聞こえてきた。周は莉子に目を固定したまま、呆然と答えた。
「なんで七瀬がお前に挨拶するんだ。お前七瀬と仲良かった?」
「いや」
一緒にバイトする前までは、お互いに話したことすらなかった。話すところか、挨拶を交わしたことさえなかったのに。
「じゃあ、なんで七瀬がお前に挨拶するんだ。しかも親しそうに。まさか俺の知らない間に、七瀬と何かあったんか」
「それは・・・・・・いや、なかった」
「なんだよ。今、ちょっと間があったんだろ。何かあったんだろ。あったんだよな」
「なかったってば」
周は面倒くさそうに健太郎の顔を押し除けた。そして、ちらっと莉子の席に目を向けた。友達に囲まれて楽しそうに話している莉子。
(内緒にするって話じゃなかった?」
周は混乱してきて自分の記憶が間違っているのではないかと疑い始めた。昨日の夜。莉子と一緒に帰ったということ自体が、実は自分の妄想だったのではない、と。




