第7話 嫌いになんてならない
莉子と周は店を出てドアに鍵をかけた。莉子はドアをガチャガチャさせてちゃんと閉めたか確認した。何度やってみてもドアは開かなかった。ちゃんと閉めたことを確認して莉子は鍵をなくさないようにすぐに鞄に入れた。
「よし、では帰ろっか」
莉子の元気な声と共に周と莉子は並んで歩き出した。薄暗い街を歩いている中、何か思い浮かんだ周が言った。
「昨日聞きたかったけど、七瀬さんっていつまで出るの」
「ん? どういうこと」
「店長が腰痛めて代わりに出るわけだろ。いつまで代わりに出るのか気になって」
七瀬さんはあくまで腰を痛めた店長の代わり。店長の腰が良くなると、七瀬さんが出ることもなくなる。
(七瀬さんと一緒にバイトできないのは少し残念だけど、これからもずっと店長の代わりに出てほしいなんて言えないんだから)
でも、せめていつまで代わりに出るのか知りたい周だった。
周の問いかけに、莉子は上を向いて少し考えてから答えた。
「さあ・・・私もわからないけど、二週間は来ると思う」
莉子自身もよくわからないような口ぶりだった。
「母さんの腰が良くなって仕事に出られるようになると、もう代わりにくることはないと思うけど、まだ腰が痛いみたい。一人では立ち上がることもできないみたい」
「そんなにひどいの?」
「正直仮病だと思うんだけど」
「ん? 今なんだと」
「結構ひどいみたいって言ってた。とにかく、母さんがよくなるまでは私がずっと出るよ。いつまでだとはっきり言えないけど、一旦二週間は私が代わりに出ると思う。そのあとは母さんの様子次第だけどね」
「そうなんだ」
二週間。少なくとも今後二週間は七瀬さんと一緒にバイトできる。その事実に、わずかに喜びを感じる周だった。
「あ、あと一つお願いしたいけど。一緒にバイトするの学校では内緒にしてほしい」
「そりゃいいけど。理由を教えてくれる?」
「だって恥ずかしいんだもん」
莉子の言葉に、周はぴたりと立ち止まった。
恥ずかしい、か。まあ俺みたいなやつと一緒にバイトするんだって学校に知られたら、そりゃ恥ずかしいだろう。バイトを一緒にいているうちに、忘れていた。そもそも七瀬さんは俺とは住む世界が違う人だ。みんなに好かれて常にみんなの注目の的だ。だから、俺みたいな存在感もない陰気なやつとは関わりたくないはずだ。笑いものになってしまうから。
と周は一人で納得して理解しようとした刹那、莉子が慌てて言葉を付け加えた。
「あ、誤解しないでね。藤田くんとバイトするのが恥ずかしいってわけじゃないから」
「どういうこと」
「カフェでバイトするのバレたらあの子たち来そうなんだよ。いや、くる。絶対来るよ。友達にバイトしている姿見られたくないんだよ。想像するだけで恥ずかしくて死にたい」
自分の言葉を裏付けるように、莉子の顔が少し赤くなった。
「そういうわけだから、学校では内緒で・・・あれ? 藤田くん?」
隣で歩いていた周の姿が見えなかった。莉子は慌てて振り返ると、街灯の光のしたにぼんやりと立っている周の姿が見えた。
「藤田くん大丈夫? もし体調が悪いなら」
「ふう・・・良かったぁ」
突然、周がため息を吐いてその場にしゃがみ込んだ。あまりに突然の行動に、莉子は驚いて周の元へ駆け寄る。
「俺が恥ずかしいわけじゃないんだ」
莉子の言葉に安心が一気に押し寄せて足の力が抜けた。
「藤田くん大丈夫?」
「大丈夫」
「いきなりどうしたの。どっか悪い?」
「いや、そうじゃなくて。実は俺のことが嫌いで内緒にしてほしいかと思って」
「え? そんなことないよ。ごめん。言い方が変だった」
私がバイトしていることを内緒にしてほしいって言うべきだった。だったら、誤解を招くことはなかったはずなのに。
「いや、俺が勝手に勘違いしただけだから」
情けない。そういう意味で言ったわけではないのに、俺一人で変に解釈してしまった。
そうしてそれぞれ自分が悪かったと思いながら、再び道を歩き出した。やがて二人の前に分かれ道が出た。ここから先は方向は違うため、ここでバイバイしないといけない。
「もうバイバイする時間だね。またね」
「また明日」
手を振って周から背を向け自分の家の方へ向かっていた莉子が、ふと足を止めた。くるりと振り返って周の方を見て言った。
「あ、あとね。私が藤田くんのことを嫌いになることなんて絶対ないから安心してね。だって、私優しい人が好きだもん」
「・・・・・・」
「じゃまたねー」
莉子は明るい笑顔で手を振った。そして、自分の家の方へ駆け出した。みるみる遠ざかっていくその背中をぼーっと見つめながら、周はぼそっと呟いた。
「そんなこと言われたら、勘違いしちゃうんだよ」
胸がドキドキして落ち着かない。心臓が高鳴って今にも張り裂けそうだ。
「そういう意味じゃないってわかってるのに」
しかし、七瀬さんにそんなこと言われると、勘違いしてしまう。そういう意味じゃないってわかっていても、勘違いせずにはいられない。
周はその場に立ち尽くし、しばらくの間、自分の心臓が落ち着くのを待っていた。




