第5話 優しい
(どれどれ。コーヒーが十杯。いちごラテと抹茶ラテが一つ。あと、ラテ三杯とカプチーノ一つ。多いな)
見るだけでため息が出る量だった。まずコーヒーが最も多いし、先に入ったから先にコーヒーを淹れてその合間にラテとかカプチーノを作ろ。
「よし、さっさと終わらせよう」
作戦を立てた周は気合を入れて、すぐにコーヒー淹れ始めた。コーヒーを三杯淹れたところだった。
「藤田くん。これ持っていけばいい?」
「うん・・・・・・いやいやいや、七瀬なんちょっとなんでここにいるんだ」
椅子に座っているはずの莉子がトレーを抱えて周の横に来ていた。
「椅子に座っててって」
「でも、一人じゃ大変でしょ。私のせいだし、手伝わせて」
「気持ちはありがたいけど、患者はあっちで休んでて。ちなみに、あれさっきあの人のやつだ」
周はホールで椅子に座ってコーヒーを待っている男性を指さした。さっき莉子にIDを尋ねたナンパ男だった。莉子はあの人を見て思わず眉間の皺を寄せた。
「気まずいだろ。だから俺がやる。七瀬さんはあっちで休んでて」
「・・・ありがとう」
莉子は周の言葉に従って素直に椅子へ戻って座った。周はお湯が沸く合間に、ラテとか他のメニューを作って手早くお客さんに出した。そして戻ってまたコーヒーを淹れる。
約二〇分間それを繰り返すと・・・・・・
「うああ、終わった」
周はレジの裏で大きく息を吐きながらしゃがみ込んだ。入った注文はなんとか全部作り終えてお客さんに渡し終えた。危機はなんとか乗り越えたが、その反動で疲れ果てていた。
「藤田くんお疲れさま」
「七瀬さん」
周はびっくりして思わず声を上げかけた。いつから横にいたのか、莉子が横で水を差し出して立っている。
「ありがとう」
周は莉子が手渡した水をごくごくと飲んだ。
「あ、薬。今持ってくるよ」
「少し休んでからでもいいよ。いや、いっそ私が持ってくるよ。薬どこにあんの」
「うーむ・・・」
うまく説明する自信がないんだな。
「いや、俺が持ってくるね」
そう言って周はすぐ薬を取りに向かった。更衣室のロッカーの横にある棚。その一番下の引き出しに救急箱が入っている。周は火傷軟膏を取り出して莉子の元へ戻った。
「七瀬さん薬持ってきた。手出してみて」
「あ、わかった」
莉子は素直に手を出した。周は軟膏の蓋を開けて少し絞り出して赤く腫れた部分に塗ってあげた。
(こうしてると、最初この店にきたとき、店長に軟膏塗ってもらったことが思い出すな)
コーヒーの淹れ方を教わり、初めてお客さんに出すコーヒーを淹れたときのことだった。緊張のあまり、お湯をこぼして手の甲にかかって軽くやけどをしてしまった。あのとき、店長が氷で冷やしてから軟膏を塗ってくれた。忘れていたのに、こうして七瀬さんの手の甲に軟膏を塗っていると、ふいに思い出した。
「藤田くん」
「どうした」
「その・・・ごめんね」
「ん?」
いきなりなんで謝るのか理解できないと言わなんばりに首を傾げた。
「私のせいで注文も溜まっちゃって。手伝うどころか邪魔ばかりしちゃったじゃん」
ずっと謝りたかった。一人でコーヒーを淹れ、接客までこなしている周を見ていると、座って休んでいても全然気が休まらなかった。
「本当にごめん」
「大丈夫。俺のせいもあるし、なんとかなったから」
「・・・もしかして怒った?」
「怒るべきなの?」
莉子の問いに、問いで返す周だった。
「怒ってない。むしろちゃんと聞かなkった俺の方が悪い。ちゃんと聞くべきだった」
店長の娘だから当然できるものだと勝手に思い込んでいた。それは自分の落ち度だ、と周は思った。
「よし、塗り終わったよ。どう? 大丈夫?」
軟膏の蓋を閉めながら周は尋ねる。しかし、返事は返ってこなかった。
「七瀬さん?」
「・・・藤田くん」
じっと周を見つめていた莉子が、ぼんやりとその名前を呼んだ。
「意外と優しいんだね」
「な、なに急に」
周は照れ隠しをするように顔を逸らした。そんな周の様子を気に留めず、莉子はじっと周を見つめたまま言葉を続けた。
「正直いつもクラスで一人いるから変な人だと思ってたよ。性格が悪いんじゃないかって
「学校での俺のイメージ。どうなってんだ」
「でも、藤田くん優しいんだね。意外すぎて驚いたわ」
「い、いや・・・そんなことない。俺優しくなんかないから」
心のこもった褒め言葉に慣れてないせいだろうか。気恥ずかしさで胸がいっぱいになり、周は莉子から視線を逸らした。照れ臭くて顔が熱くなって爆発しそうになったとき、タイミングよく店のドアベルがチリンとチリンと鳴った。莉子は反射的に立ち上がり、レジへ向かおうとした。
「七瀬さん俺が行くよ」
周が慌てて呼び止めると、莉子はゆっくりと首を横に振った。
「いいよ。軟膏も塗ってもらったし、もう平気だよ。藤田くんは代わりにコーヒーをお願いするね。それは私にはできないから」
莉子の表情はさっきまでよりもずっと柔らかくなていた。そう言った莉子はにっこりと微笑んで注文を取りに行った。気のせいだろうか。莉子の笑顔はいつもの接客用の笑顔よりずっと明るく見えた。




