第3話 注文が入ってこない
「今日も七瀬さんが出るのか」
放課後。周は教室の隅っこに座って友達と喋ってる莉子をじっと見つめている。昨日は店長が腰を痛めたため、代わりに娘の莉子が出たけど、今日も莉子が代わりに出るのかわからなかった。
(また一緒やりたいのに。昨日聞けばよかった)
けど、昨日は七瀬さんと二人きりでやけに緊張して聞くの忘れていた。
「今でも聞いてみるか。いや、やめよう」
周はすぐ断念して席から立ち上がった。今、莉子に聞けばすぐわかるけれど、そこまで親しいわけでもないし、友達と喋っているのに、空気を読まずに入るのはちょっと違うと思った。
(今日も代わりに出るのなら、カフェに来るだろう)
わざわざ聞かなくてもカフェで待っていれば自然にわかることだった。周は鞄を肩にかけてそのまま教室を出た。
カフェに着くと、ユニフォームを着た女子一人が周を迎えてくれた。黒髪。太陽の光を知らないような真っ白な肌。大きな瞳の下にはクマがひどいし、丸いメガネをかけている。前のシフトの前原すい。ランチタイムから四時までシフトに入っている大学生だ。
「藤田おはいよー」
消え入りそうな声で挨拶した。周に向かって振られた手が、微かに震えていた。
「今日も徹夜したんですか」
「課題が多くて。どうか誰か私を殺してくれぇ」
「死んだら困るので、もう少し生きてください」
「残酷なやつめ」
すいの冗談に、周は浅い笑みを溢した。
「君はいいな。まだ高校生だし。私も高校生に戻りたい」
「もう歳だからダメです」
「は? うるさいから、さっさと着替えてきな。退勤したいから」
「はい」
すいの言葉に従って周は更衣室へ向かった。昨日と違ってゆっくりとユニフォームに着替えて鞄と制服をロッカーに入れておいた。エプロンをつけながらドアを開けると、すいがすぐ前に立っていた。
「うあっ!」
びっくりした。なんでそこに立ってるんだ。
「うるさい。なに声を上げるのよ。どいて。私着替えて退勤するから」
すいは周がいないかのように更衣室に入った。周は慌てて道を開けて更衣室を出た。
「あ、今日店長は? 店長は出ましたか」
すいがドアを閉めようとしたとき、周が問いかけた。すると、すいは顔をしかめた。
「知らん。あの人今日も腰が痛くて出なかった」
「じゃ今日前原さん一人でやったんですか」
「そう。ただでさえ徹夜したのに、バイトも一人でやったからすごく疲れてるでしょ。だから早くドア閉めて。退勤したいから」
「はい」
これ以上、声をかけたら大変なことになりそうな気がした。周は更衣室のドアを閉めてレジの方へ出た。
すいはイラつくように言ってはいたが、実は一人でバイトしていいところもあった。一人だから疲れるのは事実だが、給料を二倍にしてくれるという店長の約束があってなんとか耐えられた。
「っつか周も一人でやるのかな。大丈夫かな」
シャツのボタンを外していたすいは、ふとドアをじっと見つめた。
「まあ大丈夫だろ」
すいはシャツを脱ぎながら独り言をつぶやいた。
レジに出た周はぼーっとお客さんが来るのを待っている。さっき着替え終わったすいが退勤したため、このカフェには周一人だった。
「暇だな」
幸いというべきか、お客さんが全然来なくて少し退屈だった。
「七瀬さんやっぱ来ないのか」
と独り言をつぶやいている途中、ドアベルの澄んだ音が鳴り響いた。周は反射的に顔を上げて挨拶した。
「いらっしゃいま・・・七瀬さん」
噂をすれば。店に入ったのはお客さんではなく、莉子だった。
「なんで今日も店に」
「バイトに決まってるでしょ」
今日も一緒にやるんだ。と心の中で安堵する周だった。
「今着替えてくるね」
莉子はすぐに更衣室へ向かった。しばらくして、ユニフォームを着た莉子が口にヘアゴムをくわえて髪を結びながら出てきた。
「昨日覚えてるね? 昨日みたいにやろ」
「昨日といえば・・・」
「昨日みたいに私がレジに立って藤田くんが作る担当。どう? いいでしょ」
「まあいいんだけど」
「じゃ決まりね。今日もよろしく」
莉子がニコッと微笑みレジの前にたった。周はしばらく莉子を見つめ、すぐにコーヒーを淹れる準備をした。注文が入るとすぐコーヒーを出せるように水を沸かした。
「藤田くん。これ注文」
開始すると、莉子が注文を書いたメモ紙を渡した。周はすぐにメモに書いたメニューを作り始めた。それからも注文入ると、すぐコーヒーを淹れて莉子に渡した。しかし、ある時ふと注文が途切れた。
(暇だね。注文が全然入ってこない。お客さんはたくさんいるのに。七瀬さん何してんだ)
お客さんが店に入る音が聞こえる。ドアベルがしきりに鳴り続けている。なのに、なぜか注文が入ってこない。周は不思議と思ってレジの方に振り返った。
「お客さんが並んでるけど、何してるんだ」
注文をとってないわけではなさそうだが、なんで列が一向に減らないんだろう。
おかしいな、と思った周は耳を傾けた。莉子とお客さんの声が微かに聞こえてきた。
「・・・LINEID教えて」
「すいません。LINEIDはちょっと。それより早めにしてください」
・・・まさかナンパされてた?
こんな状況は初めてで、困惑した。まあその七瀬さんだし、ナンパされるのも無理ではないけれど、まさかお客さんにナンパされるなんて。想像もできなかった。
しかも男性は何度も断られ続けたのに、飽きもせずしつこくLINEIDを聞いている。莉子は苦笑いを浮かべながら断り続けている。
「LINEID教えてくれれば注文するんだってば」
「IDは渡せません。お客様が待っていますので、早く注文してください」
お客さんが待ってるのに・・・。莉子は列をチラッと見た。不満に満ちて顔を顰めているし、一番後ろの人は帰ろうとしている。
(ど、どうしよう。いっそIDを渡して次の注文を取るか」
どうすればいいかわからなかった。IDを渡したくない。だけど、待っているお客さんが顔を顰めて待っている。
「だから、ID教えろって。何度言えばわかるんだ」
ID教えろって声を上げる男性。不満に満ちた顔でこっちを見つめるお客さん。莉子はどうすればいいかわからなくてパニックになって涙が出そうになった。
「お客様」
涙が滲んで視界がぼやけ始めた瞬間、背中から聞き慣れた声が一つ聞こえてきた。莉子はびっくりして振り返った。
「周・・・!」
莉子は目を見開いた。あそこでコーヒーを淹れているはずの周が、いつの間にか自分の後ろに立っている。
「ご注文は僕にお願いします」
周は前に出てそう言った。そして、莉子の腕を掴んでそっと自分の背後に隠した。




