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第2話 また一緒にバイトしたい

 腰を痛めた店長の代わりに出勤した娘に会って戸惑いすぎた周は一瞬思考が止まった。

 七瀬さんが店長の娘さんだったなんて。マジで想像すらできなかった。


(そういえば、以前、娘さんについて聞いたことある)


 最初、このカフェにバイトに応募して面接を受けたときだった。


『あら、偶然だわね。同い年なのに、うちの娘と同じ学校通ってるわね。もしかして娘と友達なのかしら?』

『いいえ。知りません』

『そうなの。まだ名前も言ってないのに』


 ガチガチに緊張していたため、店長の声が全く聞こえなかった。人生初のバイト面接だったため、あのとき自分がなんて答えたかすら覚えていない。


(あの頃は高校入学したばかりだったし、七瀬さんの存在すらわからなかったから)


 クラスメイトの名前もまだ覚えきれてない頃だった。可愛い子がいるとは聞いたが、名前までは知らなかった。何より友達と言えるほど、莉子と親しくない。


「仕事できる子がいるから安心できるって言われて代わりに出たのに、まさか同じクラスの子だなんて」


 この状況に戸惑っていたのは、莉子も同じだった。

 今朝母さんがボックスを持ち上げろうとして腰を痛めたため、代わりに出勤することになったのだ。


『莉子ちゃん腰が痛くて今日は仕事に出れない。ママの代わりに出てくれる?』

『無理。できないできない。今日は休んでよ』

『ダメよ。一緒にバイトする子が仕事できるから、莉子ちゃんは何もしなくていいから。お小遣いあげるから』

『はあ、わかったよ』


 腰が痛い母さんに頼まれて仕方なく出たのに、まさかその仕事できるバイトが同じクラスの子だなんて。一度も話したことないから気まずい。

 気まずいのは周も同じだった。そのため、二人の間には気まずい沈黙が流れた。気まずい空気の中、チリンチリンとドアベルが鳴って静寂を破った。


「「いらっしゃいませ」」


 周と莉子は反射的にお客さんにお客さんに挨拶した。まだこの状況に戸惑っているけど、接客が先だった。


「七瀬さん注文取って。俺着替えてくるから」

「わかった」


 莉子は首を縦に振り、レジの方へ向かった。


「ご注文はこちらでお願いします」


 莉子の声に、お客さんはレジの方へ向かった。その隙に、周は急いで更衣室に入った。

 自分の制服をロッカーに入れ、店のユニフォームに着替えた。周はドアの横にかけてあるエプロンをつけながら更衣室を出た。


「あ、藤田くん。これ注文」


 莉子がメモ紙を手渡した。そこにはコーヒーひとつとラテひとつと書かれている。


「そこに書いてあるの、作れるよね?」

「うん」

「じゃお願いするね」

「わかった」


 周は首を縦に振り、すぐにコーヒーを淹れ始めた。


「できた。七瀬さんこれコーヒーとラテ」


 五分もかからずに、あっという間にコーヒーとラテを作った周はレジで待っている莉子に渡した。莉子はコーヒーとラテーをトレーに乗せてお客さんの席へ向かった。優しい笑顔でコーヒーとラテを渡した莉子はトレーを抱えて帰ってきた。


「ふう、なんとかできた」


 莉子はレジの裏にしゃがみ込んで安堵のため息を吐いた。注文一つ受けただけなのに、もうあんなに疲れるなんて。


「いきなりお客さんが入ってきてびっくりした。藤田くんがいてよかった」


 莉子の独り言を聞いた周は少し照れ臭くて聞かなかったふりをした。そういう意味で言ったことではないとはわかっているけど、あの可愛い美貌でああ言うとドキッとした。


「七瀬さん髪結んだね」

「ん? あ、動きづらいからさっき結んだよ」


 周がユニフォームに着替えている間に結んだのか、莉子はポニーテールをしている。学校ではいつも髪を下ろしているから、ポニーテールは初めて見た。

 莉子はポニーテールがよく見えるように少し顔を横に向けながら聞いた。


「どう? 似合う?」

「うん。似合う」


 周は素直に答えた。元々、美貌が際立っているからどんな髪型をしても可愛いだろう。と周は思った。


「あと、藤田くん。私がレジに立つから、藤田くんはコービーを担当する方がいいと思うけど。どう?」

「構わない。好きにしていいよ」


 周は迷いなく答えた。普段店長と二人シフトのときは、周がレジに入るときが多い。でも、コーヒーを淹れる担当でも構わなかった。店長ほどではないけれど、メニューに書いてあるのは全部作れる。

 人の相手をする方より、裏で作る方がずっと楽だし、注文が入ってくるとコーヒーを淹れて出すだけだから、七瀬さんの提案を断る理由はない。


「じゃそれで決まりね。よろしく」

「俺も」


 周が答えた途端、店のドアベルがチリンと鳴った。


「いらっしゃいませ」


 莉子は即座で優しい笑顔を貼り付けてお客さんを迎えた。普段、母さんの手伝いでよく出るのか接客に慣れているようだった。


「俺も準備しないと」


 周は少し冷めたお湯を再び沸かしつつ注文が入るのを待った。しばらくして、莉子が注文が書かれたメモ紙を渡した。そこに書かれたメニューを作って莉子に渡した。すると、莉子がトレーに乗せてお客さんに出した。

 それからもこんな感じだった。注文が入るとコーヒーを淹れ、莉子に渡す。幸いにいつもよりお客さんが少なくてそこそこ余裕があった。

 コーヒーを淹れているうちに、いつの間に日が暮れて窓の外は薄暗くなった。お客さんも一人、二人と帰っていき、店には周と莉子だけが残った。


「七瀬さんそろそろ締め作業しないと」

「ん? あ、そうだね。うむ、私が掃除するから藤田くんが洗い物して」

「わかった」


 円満に役割を分けた莉子と周はそれぞれ自分の担当の仕事に集中した。そのおかげで、掃除は早めに終わった。洗い物を終えた周はエプロンに拭きながら振り返った。ホールの椅子に座ってスマホを見ている莉子が目に入った。


「終わった? じゃ着替えてきて。早く退勤しよ」

「うん。っつかもう着替えた?」

「早く退勤したいから、さっさと着替えたよ」


 いつ着替えたのか莉子はすでに制服を着ていた。


(髪ほどいたんだ」


 ポニーテールだった髪も、学校のときのようん下ろしていた。


「何ぼっとしてるの。早く着替えてきて。私帰りたいよ」

「あ、わかった。今着替えてくる」


 莉子の催促に、周は急いで更衣室へ向かった。制服に着替えてユニフォームをロッカーに入れておいた。更衣室から出ると、莉子がテーブルの上に置いた鞄を肩にかけて立ち上がった。


「着替えた? じゃ退勤しよ。退勤」


 莉子は大股に歩いて店を出た。周も彼女の後について店を出た。

 鞄から鍵を取り出した莉子はドアに鍵をかけた。そして明るい笑顔で周に言った。


「今日お疲れ」

「七瀬さんも」

「うちこっちだけど、藤田くんはどっちなの」

「同じ方向だね」


 いつも店長より早く帰って知らなかったけど、莉子と同じ方向だった。


「同じ方向なら途中まで一緒に帰ろっか」

「いいよ」


 莉子の提案に周は頷いた。どうせ同じ方向だし、別々で帰る方がおかしいだと思ったのだ。

 こうして二人は街灯の明かりを頼りに、薄暗い街をゆっくりと歩いた。


「マジでびっくりしたよ。まさか母さんの店でバイトするのが藤田くんだったとは。前に同じ学校の子がバイトしてるって聞いたことあるけど、あのときは興味がなくて聞かなかったんだ」

「それはこっちも同じだ。まさか代わりに出る娘ってクラスのアイドルの七瀬さんなんて」

「うう、アイドルなんて、それ恥ずかしいからやめて」


 莉子の顔が少し赤くなったが、周りが暗かったため周はそれに気づかなかった。

 その会話を最後に、二人の間には静寂が流れた。


(気まずい)


 と周は思った。莉子とは同じクラスだけど一度も話したことない気まずい関係だった。そのため、二人きりでいると何を話せばいいかわからなかった。

 気まずい空気の中、莉子と周は少し顔を逸らしたまま並んで歩いていた。しばらくして二人の前には分かれ道が出た。


「あ、私こっち」

「俺はこっち」


 莉子は右を周は左を指さした。


「じゃここでバイバイするか」

「うん」


 周が頷くと、莉子は手を振った。


「お疲れ。またね」

「また明日」


 周は応えるように手を振った。莉子はさっき自分が示した方向へ歩いていった。


「あ、そうだ。藤田くん!」


 周が帰ろうと足を踏み出した瞬間だった。突然莉子の声が聞こえてきた。周は驚いて咄嗟に振り返った。莉子がこっちへ駆け寄ってくるのが見えた。やがて、周の前に着いた莉子は少し息切れしながら言った。


「今日藤田いてガチで助かったよ。藤田くんがいなかったら大変だったわよ。ありがとうね」

「・・・え、それだけ?」

「うん。今じゃないと言うタイミングがないと思って」


 莉子は手を叩いた。


「言いたいことはそれだけ。じゃ今度こそまたね」


 と言って莉子は悠々と家の方へ歩いていった。周は遠ざかっていく莉子の背中を見て小さくつぶやいた。


「ヤベェ・・・・・・また一緒にバイトしたい」


 周はしばらくそこにぼーっと立って遠ざかっていく莉子の背中を見つめた。

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