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第14話 好きなのかも

 お客さんは全員帰って、閉店の時間が近づいてきた。周と莉子はいつも通りに店の掃除を始めた。周は洗い物をして莉子はホールを掃除した。


「藤田くん終わった?」


 先に掃除を済ませた莉子は洗い物をしている周の横に近づいてきた。


「もうちょっとで終わる」

「何か手伝うことない」

「ないよ」


 もう皿だけ洗えば終わる。このシンクは二人が並んで立つにはちょっと狭いから一人の方が広くで楽だった。


「先に着替えてきて。すぐ終わらせるから」

「わかった」


 と答えたものの、莉子は着替えに向かうことなく、ただ静かに周の隣に立ち尽くしていた。


「あの七瀬さん?」

「うん? どうした? 手伝うことある?」


 莉子は待っていたかのようにすぐに答えた。


「いや、そうじゃなくて、なんでここにいるんだ。着替えに行ってもいいぞ」

「手伝うことないかなと思って」

「ないってさっき言ったばかりだと思うが」

「急にできるかもしれないじゃん」


 と言ったが真相は違った。


(もう少し藤田くんと一緒にいた)


 もう少しでも周と同じ空間にいたかった。周と一緒にいることで、さっきのざわめきはどこからきたのか知りたかった。

 これを知るはずのない周は


(七瀬さんそんなに早く退勤したのか。俺を待ってるみたいだし、ちょっとだけ手伝ってもらおうか)


 と思った。


「じゃそこのコップを拭いてくれる?」

「もちろん。これで拭けばいい?」


 莉子は横の茶色タオルを持ち上げて聞いた。周は頷いて答えた。確認をもらった莉子は、やっと役に立つということにはしゃいで楽しそうにコップを拭き始めた。

 周は退勤を望める莉子のために速度を上げた。皿に泡をつける速度がさっきより二倍ほど速くなった。しかし、作業の速度が上がったため、捲り上げていた袖が少しずつ下がってきて、ついには手首のところまで下がって水に濡れ始めた。


(あ、袖が)


 すでに半分ほど濡れてピンク色のゴム手袋が透けて見える袖。これじゃゴム手袋を脱ぐと、びしょびしょで気持ち悪い。捲り上げたいけれど、ゴム手袋をしているせいで捲り上げることができなかった。


(どうすれば・・・あ!)


 方法を考えている途中、隣で鼻歌を歌いながら皿を拭いている莉子が目に入った。


「七瀬さん」

「うん。どうした」

「ちょっと袖を上げてもらえるかな。すぐ落ちてきてやりづらくてさ」


 周は手首まで下がってしまった袖を見せながら、莉子に頼んだ。


「袖・・・ね」


 莉子はゴクっと唾を飲み込んだ。そして、ゆっくりと手を伸ばした。

(袖を上げるだけ。意識しないで)


 そう自分に言い聞かせながら周の袖を掴んだ。袖を掴むとき、周の肌に少し触れた。いや、正確には肌に触れたと言うより、水で濡れたゴム手袋が触れただけなのだが、それだけで莉子には十分に刺激的だった。莉子は息を止めて周の頼み通り袖を肘の上まで上げた。そして、すぐに手を離した。


(はぁはぁ近かった)


 袖を肘まで上げるために、自然と体が周の方へ傾いていた。そのため、心臓が大きく脈打ち、今にも飛び出してしまいそうだった。莉子は荒い息を吐きながら高鳴る胸を落ち着かせた。


「ありがとう。おかげで楽になった」


 周は簡単に礼を言ってまた皿洗に夢中になった。莉子が手伝ってくれたおかげで、袖は肘のところでしっかり止まり、もう下がってくることはなかった。

 それから約十分後。周は最後の皿を洗って莉子に手渡した。莉子は皿についた水滴を軽く振り払い、タオルで拭いてから引き出しへしまった。


「うわぁ、終わり終わり」


 莉子はタオルを持ったまま伸びをした。周はゴム手袋を脱ぎながら言った。


「ありがとう。手伝ってくれたおかげで早く終わった」

「いや、私が拭いただけだったもん。それより早く着替えて退勤しよー」

「うん」


 周と莉子は更衣室へ向かった。莉子が先に着替えに入っていった。しばらく待つと、制服に着替えた莉子が髪を下ろしながら出てきた。


「藤田くんも着替えてきて」


 莉子の声に、周は更衣室へ入った。さっさと服を着替えてホールに出ると、ドアの前で待っている莉子の姿が見えた。


「あ、きたきた。じゃ退勤しよー」


 二人は店を出てドアを閉めた。そしていつものように一緒に帰った。


(うう、気まずい。こんなに会話がなかったっけ)


 静かな静寂が気まずい莉子だった。今まで静かでも気まずいだと思ったことは一度もなかったのに、不思議にも意識し始めると、こういう静寂が耐え難かった。


(あの二人のせいで)


 バイト中ずっと周のことが気にしていたため、まともに仕事できなかった。そして、今も周をずっと意識している。


「七瀬さん。またね」

「ん?」


 突然の挨拶に莉子は戸惑って周りを見回した。


「もうここだ・・・」


 いつもの分かれ道だった。


「今日はやけに早い」


 特に早足で歩いたわけでもないのに、気づけば、いつもより早くバイバイするところに着いていた。


「名残惜しい」

「え? 七瀬さん今なんて言った?」

「ううん、なんでもない」


 独り言だったけど、聞こえなかったヨネ。

 ちょっと不安だけど、きょとんとする顔を見ると、どうやら聞こえなかったみたい。


「じゃまたね」


 莉子はいつものように微笑んで手を振った。そしてすぐに家に足を向けたが。


「七瀬さんちょっと待って」


 急に周が呼び止めた。莉子はぎくっと立ち止まった。すると、周が莉子の顔に手を伸ばした。


「ふ、藤田くんど、どういう」


 莉子の目がぐるぐると回った。周は気にせず伸ばし続けた。


「こ、こういうのは付き合ってから」

「ここ」

「ん?」

「ここ、髪の毛ついてた」


 周は顔についていた髪の毛をそっと取って莉子に見せた。そして、すぐに地面に捨てた。それを見た莉子は変な誤解をした自分が恥ずかしすぎて顔が真っ赤になった。


「あ、ありがとう。またね!」


 莉子は逃げるように走っていった。莉子は曲がり角を曲がってその場にしゃがみ込んだ。


「うあぁ、恥ずかしい」


 莉子は熱い自分の顔をいじった。そして、ぽつりとつぶやいた。


「どうしよう。私、藤田くんのことが好きなのかも」


 走ったせいなのか、それとも周のせいなのかわからない胸のざわめき。一度速くなった鼓動は、収まることを知らず、胸の奥で激しく鳴り続けた。

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