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第12話 俺なんかした

 熱い熱気が唇に伝わってくる。香ばしいコーヒーの香りが先に口の中に広がり、その後を追うように熱くて苦い液体が流れ込んできた。周はコーヒーを一口飲むと、首を傾げてもう一度飲んでみた。


「どう?」


 莉子は緊張した面持ちで感想を尋ねた。周はまだ口の中にコーヒーを含んでいたため、すぐに答えられなかった。人生で初めて淹れたコーヒーだったため、余計に緊張していた。周の表情が少しでも変わると、胸がヒヤッとして死にそうだった。莉子は胸の前で手を合わせて大人しく感想を待った。

 しばらくしてコーヒー飲み込んだ周がついに口を開いた。


「美味しい」

「マジで?!」


 周の答えに、莉子は緊張が解けて自然と笑顔になった。


「じゃ、今日は私がコーヒー担当をしてもいい?」

「いや、それはダメかな」

「ん? なんでだよ。コーヒー美味しいって言ったじゃん。お世辞だった? 不味かった?」

「いやっ、美味しかった。・・・うん、コーヒー美味しかった」


 周は苦笑いを浮かべながら視線を逸らした。


(どうしよう。コーヒー不味すぎたが)


 周はコーヒーについて、それほど詳しいわけではない。だから、コーヒーの味とか味の違いなんてよくわかってない。それでも、莉子が淹れたコーヒーはすごく不味かった。苦すぎて早く飲み込むたいのに、喉がこの液体を体の中に入れるのを拒否して飲み込むのも苦労するほどだった。


(正直に言ったら傷つくと思って、一旦美味しいって言ったけど_


 このコーヒーをお客さんに出すわけには行かない。こんなものを出したら、間違いなくクレームが入るはずだ。いや、クレームだけで済めばまだいい。「あの店のコーヒー不味い」と噂になって店長の店が娘のコーヒーによってカフェが潰れてしまう。


「美味しいなのに、どうしてダメなの」

「それが・・・えっとね。その」


 周は目を背けながら頬を掻いた。「不味い」以外に、もっと傷つけない言い方がないか必死に探していた。


「十分美味しいんだけど、もう少し練習してから担当する方がいいと思う」

「お客さんに出せるレベルじゃないってこと?」

「その・・・・・・うん」


 何度探しても見つからなかた。結局、周は不味いと認めざるをえなかった。


「そう、なんだ」


 お、落ち込んだ・・・?!

 莉子は俯いて深いため息をついた。周は慌てて言葉を付け足した。


「は、初めてとしては結構美味しかった。才能あると思う。俺が初めて淹れた時よりずっとうまいから。俺が初めて淹れたときは不味すぎて店長にすぐ吐き出されたんだから」

「藤田くん嘘で慰めなくてもいいよ」

「いや、嘘じゃないんだが・・・」


 これは本当だった。俺が店長に淹れ方を教わって初めて淹れて確認をもらったとき、一口飲んだ店長はすぐにシンクへ吐き出して「不味い」と言われた。


「無理に励ましてくれなくても大丈夫。私マジで落ち込んでないから。上手くなるために藤田くんに教えてもらってるわけだし、最初からうまいと逆に困るじゃん」

「いや・・・・・・」

「大丈夫! 大丈夫だから! 全然落ち込んでないよ。よし、頑張ろうぉ!」

「・・・ならいい」


 周は視線を逸らして呟くように言った。本当は「最初から上手いなら、担当を任せるからいいだろ」と言いたかった。だが、あんなにやる気満々な姿を見ていると、とても口には出せなかった。


「藤田くん、練習したいんだけど。何からやったらいいかな」

「うむ、さっき見てたが、まずはお湯を注ぐ蓮流をした方がいいと思う」


 さっき七瀬さんがコーヒーを淹れているとき、隣で見ていたが、お湯を注ぐスピードが速すぎた。周はケトルにお湯を入れ、注ぎ方を披露した。


「こうやってゆっくり円を描くように。細く注ぐのが重要だ」

「へぇ、そうなんだ。やってみる」


 莉子がケトルを取り、周が見せてくれた通りに注いでみた。


「こうやって?」

「いや、ちょっと速い。もう少しゆっくり」

「でも、これ以上ゆっくりにしたらお湯が出ないよ」

「だから・・・」


 周は莉子の隣に近づき、手を伸ばした。手を添えてお湯を注ぐ時の感覚をつかめるように教えてあげるつもりだった。周はケトルを掴んだ莉子の手の上に自分の手を重ねて握った。そして、ゆっくりと円を描くように注いだ。


「こんな感じで。こうやってゆっくりと。わかった?」

「・・・・・・」

「七瀬さん?」


 莉子から返事が返ってこなかった。不思議と思った周は首を傾げながら莉子に目を向けた。


「七瀬さん大丈夫? 顔が赤いんだが」

「う、うん? だ、大丈夫よ。ちょっと暑いね。ここ」

「そう? 熱でもあるんじゃない?」


 心配になった周はおでこに手を当てて熱を測ろうと思って手を伸ばした。周の手が莉子のおでこに触れると、莉子はビクッとして身を引いた。


「七瀬さん?」

「わ、私マジで平気だから。ああ、練習してみるかな」

「あのすいません。注文したいんですけど」

「あっ、はい」


 お客さんの呼びに、莉子はケトルを持ったままレジへ駆けていった。慌てて注文を取る莉子の後ろ姿を見て周は首を傾げながら独り言を言った。


「七瀬さんなんか変だね」


 いつもとはなんか違う気がする莉子だった。

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