第11話 好きなんじゃない?
「藤田くんこの前教えてもらったことなんだけどさ」
ザワザワした教室。授業が終わって休み時間になるや否や、莉子はメモ帳を持って周の席にやってきた。
「お湯を沸かして、蒸らして、それから淹れる。これで合ってるよね?」
「うん。合ってる」
周は頷いた。もう学校で莉子に話しかけられても、驚いたりすることはなかった。
「よし。試しに今日淹れてみるよ。藤田くんが味わってみて」
「俺が? まあいいけど」
「あら、この二人また一緒だね」
周の席を通りかかった女子が、莉子と周が一緒にいるのを見てふと足を止めた。その子がたち止まると、一緒に歩いていた少し背の低い女子もつられて足を止め、二人の方へ目を向けた。
「ほんとだ。また一緒にいる。怪しいね」
「そ、そんなんじゃないってば!」
莉子は慌てて否定した。周の言った通り、自分から話しかけて親しく接すると、友達には不思議そうな目で見られるようになっていた。だが、怪しいと疑うのはバイトのことではなかった。
『莉子ちゃん最近藤田くんと仲良しだね。なんか怪しい〜』
『あ、怪しいってなにが。普通だと思うけど』
『確かに。莉子が男の子に話しかけるなんて、あんまりないよな』
両方か向けられる「怪しい」と言いたげな視線に、莉子は口の中がカラカラに乾いた。
(話かけすぎたかな。藤田くんに言われた通りじゃん」
大丈夫だと思ったけれど、どうやら周りはそう思っていなかったみたいだ。
(このだと藤田くんと一緒にバイトしてるのバレてしまう)
莉子は冷や汗をかいた。
『もしかしてさ、莉子ちゃん藤田くんのこと好きなんじゃない?」
「・・・・・・え?」
予想外の言葉に、莉子は思わず声を漏れ首を傾げた。
「だってさ、莉子ちゃんが男子に話しかけるのも珍しいし、仲良く喋るのも初めて見た。マジで藤田くんのこと好きなんじゃないよね?」
『まさか。そんなわけないじゃん。妄想しすぎ。絶対ありない』
『あはは、だよね。自分で言ってあり得ないと思った』
バレなかった・・・? よかった。
心の中えそっと安堵の息をつく莉子だった。幸いに一緒にバイトしているのはバレなかった。だが、その代わりに変が誤解を招いてしまった。
でも、本気で信じてるようでもないから、否定しなくてもいいだろう。
と甘く考えて、わざわざ否定しなかった。なのに、それを藤田くんの前で言っちゃどうするんだよ!
いくらなんでも、本人の前でそんな話をされるのは恥ずかしかった。それに、そんなふうに誤解されて不快に思われるんじゃないか。嫌な気持ちにされてしまうんじゃないか。と少し不安になった莉子はチラッと向かいに座った周の顔色を伺った。
(あれ・・・別に嫌そうな顔じゃないね)
顔を顰めていたり、眉間に皺を寄せたり、そういう様子ではなかった。むしろ、きょとんとした顔で友達の方を見ていた。
「ねえ・・・藤田?」
「ん? なに」
「もしかして私たち気に触ることでも言った? そういうのなら謝るよ」
「え? 全然」
「じゃどうしてさっきからこっちを見てるの」
「ああ、それが・・・・・・実は名前がなんだったか思い出せなくて」
「「はあ!?」」
二人はそろって呆気に取られた。
「もう二学期なのに、うちの名前もわかってないの?」
「いや、わかってるよ。わかってるが」
同じクラスだし、いつも七瀬さんと一緒にいるから顔は覚えている。ただ、ちゃんと話たことがほとんどないため、名前はすっかり忘れてしまっていた。人の名前を覚えることが苦手なうえに、周りの人にあまり興味がないため、さらに覚えられなかった。
「私が紹介してあげるよ。こっちが高村はるで、こっちが小川ことはだよ。二人ども私の友達」
「莉子ちゃんの親友の小川ことはだよ」
「私は高村はる」
莉子の紹介に合わせてことはとはるが順番に手を振った。
「高村さんと小川さん」
「そうそう。忘れずにちゃんと覚えてね。また忘れたらただでは置かないから」
ことはが拳をギュッと握ってみせて圧をかけた。周は少しビビって無言に頷いた。
「ってかさ、最近二人よく一緒にいるね。いつの間に仲良くなったわけ?」
「あ、それが」
はるの問いに、周は答えようと口を開きかけたが、すぐに閉じた。
一緒にバイトするの内緒だったっけ。
「なんとなく」
「そうぉ?」
幸いというか、それ以上深くは聞かなかった。
「藤田くんが言わないなら仕方ないね。藤田くん〜うち莉子ちゃんに用事あるんだけどさ。ちょっと借りてもらうね」
「え、私に?」
莉子本人は知らなかったと言わんばかりに、ハッと驚いた。しかし、はるとことはは何も説明しないまま、彼女の腕を右左から一本ずつ掴んだ。
「じゃ、ちょっと借りるね」
「ま、待ってぇ。私まだ藤田くんに用事が」
莉子は抵抗してみたが、無駄だった。こうして莉子の抵抗もむなしく、二人の友達に連れて行かれた。
******
学校が終わったあと。いつものように周はバイトのカフェに向かった。店に入ると、先に着いていた莉子が彼を迎えてくれた。周がすぐ着替えてくると、莉子がコーヒー器具の前に立っているのが目に入った。
「七瀬さん、コーヒー淹れてみるの」
「うん。今すぐ淹れてみるから味わってみて」
莉子の言葉に、周は頷いた。莉子は水を淹れてすぐに水を沸かした。そして昨日、周がやっていた通りにコーヒー豆を挽き、蒸らしてからコーヒーを淹れた。しばらく待つと、グラスのサーバーには一杯分のコーヒーが溜まっていた。莉子はそれをマグコップに移し替えて周に差し出した。
「ちなみに、人生初の手作りコーヒーだよ」
「それは、光栄だね」
クラスでアイドルと呼ばれている女の子が、自分のために淹れてくれたコーヒーというだけでも光栄なのに、人生初のコーヒーまで自分に飲ませてくれるなんて。身に余る光栄で、飲んでしまうのが勿体無いくらいだ。
「もー冗談やめて。早く飲んで感想を聞かせて」
「わかった」
周は莉子が淹れたコーヒーをじっと見つめると、すぐに口元へ運んだ。




