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第10話 教えて

「七瀬さん?! いきなりなにを」


 注文で入ったコーヒーを莉子がごくごく飲んだ。これを見て驚かない人はいないはずだ。一瞬七瀬さん頭おかしくなったんか、と思った周だった。咄嗟に手を伸びて飲むのを止めたが、そのときはもう半分以上飲んだ後だった。


「なんでお客さんのコーヒーを七瀬さんが飲むんだ。これじゃまた淹れないといけないだろ」

「あ、大丈夫。このコーヒー私のだから」

「えっ・・・?」


 周は瞬間莉子の言葉を飲み込めなかった。

 私のだって? 一体どういう・・・。


「実はこのコーヒー私が頼んだモンだよ。藤田くんのコーヒーはどんな味か気になって」


 莉子は周からコップを奪い、また一口飲んだ。ごくごくと飲む莉子を見て、やっとこの状況を理解した周は大きくため息をついた。


「はあなんだ。そういうのなら最初から言ってよ」

「ごめん。ちょっとイタズラしたくなっちゃって」


 莉子はイタズラっぽく笑いながら軽く周の肩を叩いた。


「それでさ、さっき藤田くんに頼みたいことがあるって言ったじゃん」


 あ、そうだった。コーヒー淹れて急に七瀬さんがお客さんのコーヒーを飲んでしまったため、完全に忘れていた。


「私コーヒーの淹れ方教えて」

「コーヒーの淹れ方?」


 周は首を傾げた。そんな彼のため、莉子は理由を付け加えた。


「昨日コーヒーを淹れられなくて藤田くんに迷惑かけたじゃん。手伝うところか、足手纏いになるばかりだったし。で、コーヒーを淹れられるようになろうって昨日思ったの。また昨日みたいに足手纏いになりたくないんだから」

「それはいいけど、なんで俺なんだ。俺よりは店長に教えてもらう方がいいと思う」


 七瀬さんの近くには俺よりずっと優れた師匠がいる。比べるもの失礼なくらいだ。技術にしても、教え方にしても、俺なんかより店長の方が遥かに上だ。そもそも、俺だって店長に教えてもらったんだから。


「母さんにはちょっと・・・。母さん腰痛いから。できるだけ早く覚えて、代わりに出る間、少しでも役に立てたいの。なのに、母さんが治るまで待ってから教わるのは意味ないじゃん。そういうわけで、藤田くんが教えて」

「でも、俺は誰かを教えられるほどではないんだ」

「いやいや、十分だよ。さっき藤田くんのコーヒー飲んでみたけど、すごう美味しかった」


 莉子は親指を立てた。


「だから藤田くんに教えてもらいたい。私に立派な一人前になれるようにね」

「・・・・・・」


 うまく教える自信ないんだが・・・。

 誰かを教えた経験がない。それだけじゃなくコーヒーを淹れるとき、なんでこれをこうするのかその理由を詳しくわかっているわけではない。最初、店長に教わったとき、一度だけ聞いたことあるけど、今は全部忘れてしまった。そのため、七瀬さんに正確な情報を教える自信がない。けれど、頼み込む七瀬さんを見ていると、無理だと断れなかった。


(どうやら、昨日のことをまだ気にしてるみたい」


 七瀬さんは自分のせいで昨日苦労したと思って罪悪感を抱いているようだった。もちろん、苦労した。でも、そこまでひどいものではなかった。プークタイムの忙しさと比べれば、これは辛いなんて言えない。


(だから気にしなくてもいいのに)


 七瀬さんは申し訳ないと思い続けていて、だから少しでも役に立てたいと、コーヒーを教えて欲しいと頼み込んでいる。


(まあ七瀬さんがコーヒーを作れるようになれば、今より役になるんだけど・・・)


 周はしばらく悩んだ。何度も何度も悩んだ末、ついに口を開いた。


「・・・・・・俺も詳しいわけじゃないが、いいの?」

「もちろん。やり方さえ教えればいいのよ。わからないところは母さんに聞けばいいから」

「あ、そっか」


 考えてみれば周が細かく教える必要はなかった。やり方さえ教えて、俺のわからない部分は店長に聞けばいい。だって、七瀬さんは誰よりも店長と近い関係なんだから。


(バカか、俺。なんでそんな簡単なことに気づかなかったんだ)


 教えて欲しいと言われたことで、自分が一から十まで全部教えないとならないという固定観念に問われていた。全部一人でやる必要なんてなかったのに。


「藤田くん? 藤田くん大丈夫?」

「ん? あ、うん」

「もーさっきから呼んでたのに。で、私に教えてくれるの?」

「うん。やり方なら教えるよ。でも、俺だって詳しいわけじゃないけど、わからないところは店長に教えてもらって」

「わあ、やった。ありがとう」


 莉子は



「わ、わかったから、て、手離して」

「あっ、ごめんね」


 莉子はすぐに手を離した。そしてやる気満々で袖をまくり上げた。


「じゃ今すぐ始めよー」

「それもいいんだけど、そこ・・・」

「ん?」


 周が入り口の方を指さした。莉子の視線も自然にレジの方へ向かった。


「そこお客さん来てるから、注文取ってきて」

「あっ、いらっしゃいませー!」


 お客さんの存在を認識した莉子は慌ててレジに飛び出た。営業用の笑顔で注文を取った莉子はすぐ周に伝えた。


「コーヒーとラテ・・・今すぐ淹れるね」

「うん」


 周は水を沸かしてコーヒー豆を挽いた。


「・・・あの七瀬さん」

「うん、どうした」

「いつまでそこにいるつもりなんだ」


 周は横でじっと見守っている莉子が気になった。


「気にしないで。藤田くんがコーヒー淹れるのまた見たいだけだから。私はいない人だと思って続けて」

「いや、そう言われても」


 人に見られてると、気になってつい緊張してしまうのに、君みたいに可愛い人に見られてると、平然でいられないだろ。

 意識して緊張したせいか、周はコーヒーを淹れている間も胸のざわめきが止まらなかった。

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