銀色の巨人
ギルの斬撃波が魔物の尻尾を切断した。
「おお、やったぞ!」
それを見てギルが腕を振り上げる。
「すっごーい。私も、私も、がんばるぞぉ~。
奥の手見せちゃうもんね。
ファイヤートルネード!!」
負けじとファナが叫びながら両手を広げる。火の玉が現れ、更にその火の玉を竜巻が巻き込む。たちまち紅蓮の炎を巻き上げる竜巻が完成した。
ファイヤーボールとトルネードの合成魔法。属性の違う魔法を同時に扱わなければならないため難度はすごく高い。こんな高度な技をいつ身につけたのか、正直びっくりした。
竜巻はふらふらと不規則な軌道を描きながらついに命中する。と、たちまち魔物の全身を炎が包み込んだ。炎が舐めると黒い体表がブクブクと泡立ち、醜い火ぶくれができていく。
ファナが勝利のガッツポーズをとる。
本当にこれで魔物を倒せるのじゃないかと思えた。だけど、心の片隅ではまだざわざわと胸騒ぎがしている。
ズボン
いや、実際にそんな音がしたわけではない。ただ、そんな音がしてもおかしくない調子で突然魔物の体から足が二本生えた。
あっ、と思っていると今度は手がにょきにょき、しつこいようだけどそんな音がしたわけじゃない、でもそんなイメージで魔物から二本の手が現れた。
ああ、やっぱり
驚いたけれど、どこか納得もしていた。なぜってさっき私は、この魔物がオタマジャクシに似ているってわかってしまったからだ。
オタマジャクシはなんの子供?
それはカエル。そう、やがて手が出る、足が出るカエルの子供だ。
グェコ グェコ
両手、両足が生えそろえ、立派な、そして超バカでかいカエルと化した魔物が野太い声で鳴いた。
ファナの炎はいつも間にかすっかり消えてしまっていた。
「カエルだ」
ギルがポツリと呟いた
「カエルだね……
ねえ、これ結構やばくない?」
ファナも小さくつぶやきかえした。
私も同感だ。かなりやばいと思う。
グワーッ
魔物がカエルが口を開くと、舌が飛び出してきた。
「うゎ」
「きゃー」
一抱えはある太さの舌が私たちの手前の地面をえぐった。何とかよけれたけれど、こんなのが直撃したら命はない。
「やばいやばいやばいでしょ!」
「逃げろ」
ギルとファナが脱兎のことく逃げだす。良い冒険者は逃げる時は全力で逃げるものだとガンツさんが言っていたのを思いだした。それはそれとして……
「ちょっと、おいてかないでよ」
慌てて二人を追いかける。と、背後からものすごい圧力を感じた。
「伏せて!」
叫ぶと同時に地面に這いつくばる。背中のすぐ上を魔物の舌が通り過ぎる。舌は逃げる二人に襲いかかった。
ドゴン!!
爆音。そして、地面が抉れ、弾け飛ぶ。
ギルもファナも弾け飛ぶ。
「ギル! ファナ!」
立ち上がると二人のところへ駆け寄る。
良かった。生きてる
私は胸を撫で下ろす。二人とも気を失っていたけれど息はしていた。
「二人とも起きて! しっかりして」
ギルとファナの頬を叩いたり、腕を引っ張り起こそうする。その時だった。
「うぎゃあ、助けてくれ~」
情けない叫び声が響き渡った。
見ると、何故かブライアンさんがカエルの魔物に目をつけられて、追い回されていた。
なにやってんの、あの人は?
私たちより肉付きが良いせいなのか、はたまた、魔物の目の前でうろちょろでもしたのか?
「うわっ、ひゃぁ~」
舌の攻撃についに転倒する。このままでは食べられるか、踏み潰されるかのどちらかだ。
「ああ、もう!」
地団駄を踏むと魔物に向かって走り出す。
走りながら、手頃な石を拾い、力一杯魔物に向かって投げつけた。
石は皮膚にあたって軽く跳ね返る。
ダメージは与えられないけれど、それでも魔物の気を引くことはできた。ギョロリと目玉が動き、私をとらえた。
「こっち、こっち!
こっち、見なさい!!」
両手を振って大声で叫ぶ。魔物はブライアンさんと私を値踏みをするように交互に見比べている。
しょうがない
私は足元に転がっている石を拾うともう一度投げつけてやる。
石は魔物の腹の辺りに当たり、跳ね返り、コロコロと地面を転がった。
奇妙な沈黙の後、魔物は私に猛然と向かってきた。
ご立腹モードだ
私はくるりと後ろを向くと全力で逃げる。
とにかくギルとファナ、そしてブライアンさんから少しでも離れることだけを考えた。
正直何をやっているのかと思う。私が魔物の気を引くなんてのは自殺行為以外の何物でもなかった。だけど、ブライアンさんといえども見過ごす訳にはいかない。
だって、私は冒険者ギルドの受付嬢だから!
って、……あれっ?
いくら受付嬢でもこんな無茶なことしなくてもよくない?
冷静に考えると……まあ、良いか
今の私は走ることに関して少し自信があった。
いくらだって走って逃げてやる
そう思った時、辺りが急に暗くなった。なにごとかと空を見る。
「うわっ!」
思わず大声をあげてしまった。魔物が私の頭上を飛び越えていく。
ズズン
魔物が着地した瞬間、大地が跳ね上がり、文字通り私も飛び上がった。そして、そのまま、へたり込む。
正直に言おう。腰が抜けた。
3、40メートルあった魔物との距離があっという間になくなった。もう眼前に巨大魔物の顔、というか口が小山のように立ちふさがっていた。前は勿論、左右に避ける何て生易しいことができる状態ではなかった。
大きく開かれた口でピンク色でヌメヌメしたぶっとい舌がぷっくりと膨らんでいくのが良く見えた。
ブシュ!
舌が弾かれたように私に目掛けて打ち出される。次の瞬間、私は暗い闇に包まれ、意識を失なった。
「シア シア…… 目を覚ますんだシア」
死んだと思ったんだけど。どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。あれ、この声だれだっけ……。
「シア、聞こえるか? 私だ。オプティオンだ。目を覚ませ」
おぷてぃおん? オプティオンって、昨日の夢に出てきた壺の人。あ、あれ夢じゃなかったの?!
ぐううと泥の中から引き上げられるように一気に覚醒した。とたんにその高さに目がくらんだ。
≪わ、わ、なに、私? 空に浮いているの?≫
≪大丈夫。君はただ、立っているだけだ。落ち着いて、周りを見てごらん≫
≪立っているだけ? それでどうしてこんなに目線が高いわけ? これじゃ、私、巨人になったみたいじゃない≫
落ち着いて周りへ目を向ける。目の前にはキラリン湖が変わらず広がり、そして、例の魔物もいた。私はその魔物を見下ろしていた。
いや、あんな巨大な魔物を見下ろすって、おかしいでしょう
私は自分にツッコミをいれる。そして、湖面に映る姿に気が付く。
つるりとした銀色の肌の巨人が湖面にくっきりと映っていた。
顔はまるで釣り鐘を被っているようで、目は黒目も白目もない、大きな楕円形。ロウソクの灯のような薄いオレンジ色の光を放っている。
肩や腕、胸、太ももに赤、青、黄色の渦巻きが絡み合ったような複雑な文様が浮き出ていた。
2021/10/29 初稿




