受付嬢、副業を始める
≪な、な、な、なんなのこれ?! これ、私?≫
≪そうだとも言えるし、違うとも言える。これは私の本来の姿だ。緊急事態だったので、やむなく一時的に元の私の体、『ヒカリの楽園』の戦士の姿になったのだ≫
≪『ヒカリの楽園』の戦士の姿……≫
≪詳しい話はあとにしよう。今は、目の前の暗黒波及存在を倒すことが先決だ≫
≪暗黒波及存在……?≫
≪目の前のやつだ。
気をつけて、来るぞ! しゃがんで!!≫
声、おそらくオプティオンと名乗る人の声に促され、私はあわててしゃがむ。次の瞬間、頭の上を魔物の舌が掠めていった。
≪立ち上がって、キックだ!≫
≪え、え、? キ、キック? えっと、と、とぉー≫
いわれるがままに、私は魔物に向かってキックをお見舞いする。魔物は数十メートルを吹き飛ばされた。
すごい!
自分が蹴っておきながら、その威力に驚いた。
グェ グェ
魔物は、怒ったように鳴くと再び舌を打ち出してきた。今度は私が不意を突かれた。舌がぐるぐると私の体に巻きつき、両手を封じられる。
≪し、しまった。これじゃあ、両手がつかえないよ≫
≪大丈夫。このぐらい、簡単に引きちぎれる。思いっきり力をこめるんだ≫
≪そ、そうなの? う~ん、えい!≫
たしかに、言われた通りにちょっと力をこめただけで、巻き付いていた舌が簡単にちぎれてしまった。魔物が苦痛でもがいている姿はちょっと可哀想に思えた。
≪さあ、そろそろ止めだ! 両手をいったん広げて、正面でクロスさせながら『オプティマムバースト』と叫ぶんだ!≫
《……やです》
《なに? やですとは、どういう意味だ?》
《だから嫌です。そんな恥ずかしいことできません》
《は、恥ずかしいこと? いや、恥ずかしくはないだろう》
《いや、絶対恥ずかしいでしょう。正面で手をクロスするのはともかく、『オプティマルバーストって叫ぶのだ!』ってなに?
子供じゃあるまいし、そんなことしてどうなるんですか》
《どうなるって、言わせるの? それ》
《はい。ぜひ、聞きたいです。どうなるんですか?》
《いや、それいっちゃうとネタばれっていうか、盛り上がりに欠けるのだが……》
《……》
《うーん、なんていうのクロスすると両手からバーーーって光線がでるの》
《……うっそだぁ、光線が出るって、そんことできるわけないじゃないですか。
あーー、わかった、そうやって私をだまして笑うつもりでしょう》
《いや、戦闘中にそんなことしないって。
なんで信じない。さっき君の友達、普通に火の玉とかだしてたじゃないか》
《あれは魔法だから》
《あ、あれ、急にテンション下がった。
魔法でもなんでも彼女ができるなら君も出来るでしょ》
《私は魔法使えないんです!
それ、心の傷ですから。私の前で魔法の話とかしないで下さい。
とにかく光線はでません!!》
《わ、突然キレるし、断言するし。
うーーん、大丈夫だ、これは魔法じゃないから、ちゃんと出るから。
ほんと、信じて。ね。ちょっとでいいから試してみて》
必死にお願いされたけれど、気が進まない。一方、魔物の方を見るとヨタヨタと湖に逃げ込もうとしていた。このまま湖に入られたら色々面倒だ。
《まあ、ちょっと試すぐらいならいいかな》
《そうそう! 騙されたつもりで、両手を広げて》
両手を広げて見る。
《そう! そして、前でクロスして、『オプティマルバースト』!!》
《オプティマルバースト(小声)》
クロスした手から目映い光の束が吐き出される。
《わっ! 本当になんかでた》
ズガーーン
光の束は当たると凄まじい音と閃光を放ち、魔物を粉々に吹き飛ばした。
《凄い。あんなにギルやファナの攻撃を受けてもびくともしなかった魔物を一撃で……》
《でしょ、でしょ! 言った通りでしょ》
なんかオプティオンさんの声が誇らしげだ。と言うか、私たち、いつの間にか頭の中で普通に会話してる。
すっかり馴染んでるなぁ
《さぁ、終わった。じゃね、こんどはね、両手を空に向けて上げて》
《はぁ、上げるんですね》
私も少し気分が高揚してして、思考停止気味だった。大した抵抗もなく言われるまに両手を上げてみた。
《気合いを込めて『ディワッ』だ!!》
《気合いを込めて、ディワッ
わっ、わっ、空飛んだ!!!》
空を飛ぶなんて、Aクラスの魔法使いみたいだ。凄い! 気持ち良い!!
《ところでなんで空飛んだんですか?》
《え? えっと、敵を倒したら空を飛んで去るのだよ。そう言う規則だよ》
《?》
なんだか良く分からない回答が返ってきた。
《つまり、あの魔物はキラリン湖の普通のオタマジャクシが暗黒波及存在のせいで魔物化したと言うことですか?》
《そうだ。我々はそれを怪獣と呼んでいる》
《かいじゅう……》
あの後、オプティオンさんとじっくり話をした。お陰で脳内会話がすっかり板についた。
夢だと思ったあの夜の出来事は本当で、今私はオプティオンさんの体に同居させてもらっている。見た目は私だけど、魔物、じゃない、怪獣を退治した時の姿が本当の姿らしい。めっちゃ早く走れたのも、近づく怪獣の音が聞こえたのもみんなオプティオンさんの身体能力の賜物だ。
オプティオンさんが追いかけていた赤い流れ星、暗黒波及存在の塊を破壊したの良いけれど、その破片があの怪獣を生み出したようだった。どうも私たちの世界の魔力が暗黒波及存在の格好のエネルギー源になるらしい。
《それって、つまり、これからも怪獣が現れるってこと?》
《その可能性は高い。
その場合は私たちで怪獣を退治することになる》
オプティオンさんはさらりと飛んでもないことを言った。
《ちょ、ちょっと待ってください。
また、あんなのと戦うんですか?
私は受付嬢なんですよ。正直もうごめんです。怪獣だかなんだか分かりませんが魔物みたいなものなんだから、あーいう輩の対応は冒険者さんたちに任せればいいと思います。ギルやファナはまだ駆け出しだったから上手く行きませんでしたけどガンツさんみたいなレベルの高い冒険者パーティーなら退治できるでしょう》
《多分、難しいとおもう》
《えっ、なんでですか?》
《言ったろう、暗黒波及存在にとって魔力は餌なんだ。だから魔力をエネルギー源として発動させる魔法や熟練技はほとんど効果がないと思われる。つまり、この世界で怪獣に対抗できるのは、シア、君しかいないのだよ》
《だ、だったら戦う時だけオプティオンさんがやってくれれば良いじゃないですか。
本当に私は蹴ったり、殴ったりに慣れてないんですから!》
《体の制御はシアに任せているからそれはできない。私ができるのは戦闘とか私生活でのアドバイスだけだ。
シアだって、自分の意識があるのに体が勝手に動いたら、分かっていたとしても気持ちの良いものではないだろう》
まあ、確かにそうだけど……
「おおい!」
冒険者ギルドのドアが勢い良く開いたと思ったら男の人が血相を変えて飛び込んできた。
「クエストを依頼したい」
「はい、どのようなご依頼でしょうか」
オプティオンさんとの会話を打ち切ると仕事に戻る。
「ま、魔物の退治だ。
最近はエント村、儂の村なんじゃが、そこに巨大な鳥が現れてあばれまわっておるのだ」
「大きな鳥。ロックバードですか」
ロックバードは大物。Aクラスだ。
「いやいや、そんな生易しい相手ではない。
全身金の鱗で覆われて」
金の鱗……ワイバーンかしら
「首が3つあって……」
首が3つ……
「口から光線を吐いて暴れておる」
光線……
《シア! どうやら私たちの出番のようだ》
頭の中でオプティオンさん声が響いた。
《これはどう考えても暗黒波及存在が絡んでいる。一刻も早く現場に行かねば》
《ち、ちょっと待ってください。今、私、仕事中ですよ》
《何を言っているんだ。さっきも言ったろう。怪獣に対処できるのは君だけだ。
それとも、シアは罪もない人々が苦しんでいても構わないとでも言うのかい?》
《うーー、それ言われるとつらい》
《うむ。さすが、私の相棒だ。さあ、行こう!》
《ああ、もう! しょうがないなぁ!!》
「えーー、あっと、すみませーん。かなり難しい案件のようですのでギルマスと直接お話しされるのが良いかと存じますぅ。
あのドアの先に居りますので話をしてきてください」
「ぬっ? 直接話をしても良いのですか?」
「はい、はい。もう、それはもう。じーーっくりとお話ください」
男の人を満面の笑顔で送り出すと私は外へ飛び出した。
《えっと、あの人の村はエント村でした。ここから50キロ、西ですね。
馬車を飛ばしても5時間近くかかりますよ》
《そんなにはかからない。変身して飛べば20秒ぐらいだ》
《うっそ! チョッパヤ。信じられない》
《急ごう。どうもそのエント村の少し先にもなにやら怪しい気配が感じられる。そっちの方も倒しておこう》
《嘘!! まさかのダブルヘッダー。信じたくない》
《さあ、シア、変身だ!》
《いやだーー!》
木陰が一瞬キラリと光を放つ。
次の瞬間、大空を飛んでいく銀色の巨人の姿があった。
人々が、この銀色の巨人を畏怖と親しみを込めて『オプティオン』と呼ぶようになるのはもう少し先の話だった。
2021/10/30 初稿




