冒険者っていう生き物
「え? シア、どこへ行くの?」
突然駆け出した私に驚いたようにファナが叫んだけれど、今は構っていられなかった。
水門の建物に着くと、入口のドアノブを引っ張る。が、ドアはガチンと音を立てただけで開かなかった。
鍵がかかっているの?
もしそうなら万事休す、だ。ダメ元で一度引っ張ってみた。
バチン!
すごい音がしたけど、今度は開いた。
良かった。たてつけが悪くて引っ掛かってただけね
ほっと胸を撫で下ろし、建物の中に入る。
建物の中の空気は淀んでカビ臭かった。部屋の真ん中に太い柱が一本そそりたっている。柱から横木が8本出ていた。
この横木で柱を回すことで水門を閉めたり開けたりするのだろう。
横木の一つに腕をかけ、押してみた。
「うう……重い」
横木はピクリとも動こうとしない。
「シア、何をしてるの?」
ファナの声がした。どうやら私を追いかけてきたようだ。ギルもいた。なぜかブライアンさんの姿をあった。勢いでついてきちゃったのかしら?
「水、水門を閉めるのよ。
このままだと川を伝って魔物が町に侵入するのよ」
「だから、シア、少し落ち着いて、話し合いましょう。
魔物が近づいているって、そんな根拠ないことを言っていないで……」
「根拠なくない! 信じてくれないなら、せめて放っておいて!!」
「まあ、好きにやらせてやればいいじゃねぇか。この水門は大の男が8人がかりで動かすんだ。娘っ子、一人じゃびくともせんよ」
小バカにしたようなブライアンさんの声が懸命に横木を押す私の背中にまとわりついてきた。
腹の中がふつふつと怒りで煮えたぎる。
その怒りを横木に全てぶつける。爪を食い込ませて渾身の力を込めた。
「シア、無理だって。もうやめなよ。
どうしちゃったの? いつものシアらしくないよ」
いつもの私らしくない?
いつもの私ってなに?
ただの小娘。
ただの受付嬢。
冒険者のなりそこない。
そんなものになりたいなんて思ったことは一度もない。私には、私にもやりたかったことが、なりたかったものがあった。いいえ、今だって! だから……
「う、ご、い、てぇ」
ズズ、ズズズズズ
砂を噛むよう音と共に横木が動きだした。ゆっくりとだけど、ジリジリと前に進んでいく。
「嘘だろ、動くわけないのに……」
ブライアンさんの呆然とした声が耳に聞こえてきた。どうだぁ、と思った。小躍りしたい気分になったが、残念ながらそんな反応をしている暇はなかった。水門を閉じるにはもっと回さないといけないのだ。
このままじゃ間に合わない。
と思った時、横木が少し軽くなり、動きが早まった。
「なんだか知らないが、助けるぜ」
ギルが横木を押してくれていた。
「仕方無いなぁ。気が済むまで手伝うから、その後、ちゃんと話を聞かせてよ」
ファナも加わってくれた。横木の回る速度が早くなる。
これなら間に合う
滑らかに回りだした横木を見ながら確信する。うつむいたまま、懸命に横木を押す。そうしない涙がこぼれそうだった。
やがて、ガゴンという重い響きとともに再び横木が動かなくなる。水門が完全にしまった合図だ。
ほっと、胸をなでおろす間もなく、建物がひどく揺れた。いや、建物ではなく水門が揺れているのだ。建物の窓から外を見ると、閉じられた水門の真ん中のところで、激しい水柱が上がっていた。吹き上がる水の中に黒いものが蠢いているのが見えた。
「なんだありゃ」
「魔物よ!」
ブライアンさんの裏返った叫び声に私は勝ち誇ったように叫び返した。
間一髪、水門が魔物の侵入を防いだのだ。
「マジかよ!
こりゃ面白くなってきたぜ!!」
ギルが剣を抜いて外へ飛び出した。ファナも後を追いかけて飛び出していく。
いけない、あの子たち、魔物と戦うつもりなんだ
私も二人を追って外へ飛び出した。
「ファイヤーボール!」
ファナが持つ杖から火の玉が打ち出された。
「斬撃波!!」
その隣でギルが剣を横に振る。と、剣先から衝撃波が生み出される。
火の玉と衝撃波がまっすぐ水門で暴れている魔物へと突き進んだ。だが……
ボシュン
火の玉は湖面に触れたとたんにかき消えた。
バシャン
同じく衝撃波も水面にあたり、ひとしきり大きな水しぶきを上げたがそれだけだ。
「あーーー、なにやってんだファナ!。水中の敵にファイヤーボールって頭悪すぎだろ!」
「なによ、ギルの斬撃波だって水面で消えちゃってンじゃん。へっぽこ~~」
二人は互いの攻撃を非難し始めた。
少しがっくりとなる。
冒険者と言ってもやはり二人はまだ駆け出しなのだ。力のない私たちが変に魔物を刺激しては被害を大きくする危険性がある。ここは落ち着いて対応しなくてはいけない。
そう声をかけようとした時、ファナがひらめいたというようにパチンと指を鳴らした。
「あーーー、そうだ。私が風の魔法で水をどかすから、その隙に斬撃波を打ち込めばいいんじゃない?」
「おーー、ナイスアイディア! それ行こう!」
そのなんと言うか二人のポジティブな感覚に軽い目眩のようなものを感じた。
慌てて止める。
「ちょっと、二人とも、下手な攻撃はやめて、相手を刺激しちゃダメだよ!
まず、周辺の人の避難を優先させて、それからガンツさんたちを至急呼ばないと……」
「うん、大丈夫よ。あんなに離れてるんだもん。
行け! トルネード!」
「わーーーー!?」
全く聞き耳持たないという感じで、ファナが小さな竜巻を呼び出した。
竜巻は湖面の水を勢い良く吸い上げていく。と、真っ黒な魔物の姿が水中から姿を現した。そこへギルがすかさず斬撃波を打ち込む。
ザシュ
斬撃波が魔物の皮膚を切り裂いた。真っ赤な血が吹き上がった。
「やった!」
「やったね!」
二人が勝利のハイタッチをする。
「ああ、ダメよ! 逃げて逃げて逃げて」
私は喜んでいる二人を引っ張る。魔物が水門から私たちのいる川べりにむかってものすごい勢いで近づいてきた。
連続的に沸き上がる水柱が一筋の線になり怒濤の勢いで岸辺に激突する。
土と水が爆発した。
ぐらぐらと地面が揺れ、走るどころか満足に立つことすらできない。私たちは無様に地面にすっ転がった。そこへ水と土が文字通り土砂降りとなって降り注いだ。あっという間にびしょ濡れの泥まみれになってしまうが、起き上がって岸の様子をうかがうと、概ね幸運であったと身に染みて分かった。
魔物が陸地に乗り上げのたうちまわっていた。
改めて見ると、その巨大さに体が震えてくる。まるで強大な黒い壁、いや、建物のようだった。自分の家は、村でも結構大きいほうだったけれど、その自慢の家の2倍、いや3倍はある。
下手をすればこの巨体に踏みにじられ、ぺしゃんこになっていた。
「ペッ、ペッ、ペッ。口の中泥だらけだよ」
「ひゃー、びしょびしょ」
ギルとファナが愚痴を言いながら立ち上がる。この二人は、心も体もあまりショックを受けていないよう。さすが駆け出しでも冒険者は胆力が違うのかしら、と妙に感心した。
そして、二人がにんまりと笑いながら顔を見合わせているのを見て、イヤーな予感がした。
「ほんじゃ、さいかーい!」
「おっしゃ、リベンジだぜ」
耳を疑った。この二人まだやる気なんだ。
二人は魔物に向かってなんのためらいもなく再度攻撃態勢に入った。
「まて、まて、待ってー、ちょっと、待って。
状況分かってる?
また、攻撃するなんて意味わかんないよ!」
「へ? なんで?」
ファナがきょとんとした表情で言った。ギルも似たり寄ったりな表情だった。
「ええ、だって、さっきの攻撃であの魔物が怒って、今、ついさっき、そこで、私たち死にそうになったよね?」
私は手をバタバタさせて断固抗議する。
「あーー。でも結果オーライじゃないか。あいつ、勢い余って地上に上がっちまって、身動き取れないみたいじゃん。
これやりたい放題だよな。
なんつっても、こっちは陸の王者だぜ!
ここで、俺たちがあいつを倒しちゃえば、Aクラスの魔物討伐ってことで、一気にBクラスの冒険者にランクアーープってなるんじゃないか?」
「そ、そ、こんなおいしいチャンス、滅多にないって。
と、いうことで、くらえ、ファイヤーボール!!」
「斬撃波ッ!!」
「わーーーー、だからやめてーー!」
私の悲鳴を無視して、火の玉と衝撃波が、魔物の黒くぬめる体に吸い込まれていった。
魔物は丸っこい頭部が一番大きく尻尾の方へいくほど細くなる、円錐型をしていた。
尻尾には尾びれのようなものが見え。手足はない。だから、うっかり陸にあがってしまった魚のように、びたんびたんと体を跳ね上げることしかできなくなっていた。
確かに、二人が言うように今が倒すチャンスなのかもしれない
それでも、私はなにか嫌な予感が拭えないでいた。
それがなにかはよくわからない。でも、さっきから盛んにファイヤーボールや斬撃で攻撃をしているけれど、あまりダメージを与えられているようには思えなかった。なんだろう、体の表面から粘液のようなものが出ていて、それが二人の攻撃をはじいているように見えた。
これじゃあまるで、ハトに豆鉄砲、いや、ちがうな。そう、カエルに水鉄砲をかけてる見たいじゃない……
あれ、なんか引っかかる
なんだ、なにに引っ掛かってる?
水鉄砲?
ちがう。カエル? そう、カエルって言葉になにか胸騒ぎを覚える……
なんでだろう
「ああああああ!」
私は大声で叫んだ。気付いてしまったのだ。胸騒ぎの原因に。
2021/10/28 初稿




