これが私の生きる道
勢いでイーブンの街並みもまばらになるところまでやって来た。そこまで来てはたと困って立ちすくむ。
これからどうすれば良いのだろう。
ガンツさんたちを呼び戻すことも考えた。だけど、どう説明する?
魔物が町にやって来るような気がしますって言う? いや、絶対信じてもらえない
かといって自分一人で何ができるって訳じゃない。なら、このまま、放置する?
ダメだ、ダメだ、ダメだ
もし、ガンツさんが言っていたように、魔物が水陸両用の魔物だったらどうする?
川を伝い、街中に上陸した魔物が暴れまわるのを想像して身震いする。
どれだけ被害が出るか分かったものじゃない。そんな事態はなんとしても防がないと!
川に沿ってキラリン湖へ向かう
とにかく少しでも町から離れた場所で魔物を見つけるぐらいしかやれることを思いつかなかった。
私は心を決めると再び走り始めた
自分で言うのもなんだけど、私は風のような早さで走った。いや、走れた。それはもう自分でもびっくりするぐらいだ。なんだか体が羽根のように軽かった。
火事場の馬鹿力? それとも覚悟を決めた女は強いってことなのか?
どっちかってことだろうか。それともその両方か。とにかく今は都合がよかった。
休むことなく30分ほど走って川とキラリン湖の接続点までやってきた。
キラリン湖の漁師さんたちが捕った魚を日干しにしたりする作業小屋や、船着き場がいくつかあった。たいてい木製の小さな建物だったが、一つだけレンガ造りの大きな建物があった。嵐の日などに川への水量を調節する水門を動かすための建物だ。
キラリン湖の方へ目を向ける。
正直、何の異常も見られなかった。穏やかな湖面がただ広がっているだけだ。表面上は。
耳に神経を集中すると、街中で聞こえていたゴボゴボという音がずっと大きく聞こえてきた。
きっと、魔物がすぐそばまで来ているのは間違いない。ここは危険だ、と確信できた。
「すみませーーん」
その辺で働いている人に声をかけた。まずこの辺の人たちを安全な場所へ避難させないといけない。信じてもらえるとは思えなかったがダメ元でもいいからお願いをしようと思ったのだ。だけど、声に反応して近づいてくる人を見て、私は絶望を感じた。
近づいてきたのは、なんとあのブライアンさんだった。
「なんだぁ、また、おめぇか」
私の顔をみて、ブライアンさんはうんざりだ、と言わんばかりの口調でいった。私も本当にうんざりしていた。よりにもよってなんでこの人なんだろうと思った。それでも言わないわけにはいかない。少し息を吸い込むと、吐き出しながら一気にまくし立てた。
「みんなにすぐ避難するようにいってください。ここは危険なんです」
「なんだぁ? なにを急に言い出すかと思ったら、なにが危険なんだ? ほれ、天気はすこぶるいいぞ」
「天気の話をしているんじゃありません。魔物の話です。魔物がこっちに向かっているんです」
「ああ、何言ってんだお前は。魔物なんてどこにもいねーじゃねーか。大体、なんだ、魔物はモルタン村なんだろ?」
「ちがいます。モルタン村の方に出るっていうのも推測でしかないんです。
残念ですけど魔物は今、こっちに向かってきているんです」
「はぁ? そんなことなんで分かるんだよ」
「なんでって、音が……、音が聞こえるんです」
「音だって?」
ブライアンさんは、そういうと手に耳をあて、じっと音を聞くようなそぶりを見せた。そして突然腹を抱えて笑い出した。
「ぎゃはは、聞こえねーよ。なんも聞こえねー。お前、頭、おかしいんじゃねーのか?」
なんとなく予想はしてたけれど、このあからさまな態度はすごく腹が立った。そして、悲しかった。
「あれ、シアじゃないの。こんなところで何しているの?」
背後で聞きなれた声がした。振り向くとそこにはファナがいた。ギルも一緒だった。
「ファナ、それにギルも」
驚いたのは私も一緒だった。なんでこんなところに、と出かかった問いを押し殺す。今はそんな話をしている場合ではないのだ。一刻も早く、この辺の人たちを避難させて、そして、魔物の町への侵入を阻止しないといけないのだ。
「ああ、ファナ、ギル。話を聞いて。今、魔物がこっち向かって近づいてているのよ。
だからこの辺の人たちを避難させないと。それに、多分魔物は町に向かおうとしているの、だからそれを阻止しないといけないわ」
ファナとギルは妙な表情で互いの顔を見合わせる。ファナが口元に笑みを浮かべながら言った。
「あー。えっと、シア。ちょっと落ち着こうか。魔物が近づいているって、なんでわかるの?」
「聞こえるんだとよ。魔物が近づいてい来る音が」
ブライアンさんが茶化すように言った。ファナとギルが再び、顔を見合わせる。
「音が聞こえる?」
「音ねぇ」
二人は同じようにつぶやくと、耳に神経を集中させるようなそぶりを見せた。それはブライアンさんよりかは真剣みがこもっていたけれど、でも。
「何も聞こえないよ」
「何も聞こえないな」
でも、結果は同じだった。
私は絶望で頭がくらくらしてきた。
ゴボリ ゴボリ
一際大きな水音がした。思わすキラリン湖へ目を向けた私は、思わず自分の目を疑った。
目の前には穏やかな湖面が広がっていた。だけどその湖面の下にうっすらと小さな黒い筋が見えたのだ。錯覚かと思い、目をこすってみたけれど、黒い筋は消えるどころが徐々に大きくなってきていた。
魔物が、水中の中の魔物がみえているんだ
なんで、そんなものが自分に見えるのかなんてわからない。でも見えるんだから仕方がない。
私は、ちらりと目の前の三人を見た。このことを話したとしてもきっと信じてはもらえないだろう。
ダメだ。もう一人で何とかするしかない。でも、どうする?
必死に周囲へ目を向ける。そして、水門の建物へ目に飛び込んできた。
あれだ!
水門を閉じれば、すくなくとも魔物が町へ侵入することは防げる。
私はカミナリに撃ち抜かれたように建物に向かって走り出していた。
2021/10/27 初稿
2022/06/07 誤記訂正




