夢を見ていた
……
ふえーーん。この人、何言っているのかさっぱりわかんない。
逃げたいけど、体が動かないから逃げることもできない。目も見えないし……
だれか助けて。
《君の体を再構築するにはそれなりの時間が必要だ。
そこで、さっきの提案の話になる。
君の体の再構築が完了するまで私と君が融合して私の体を君に貸したいと思う。
いや、礼には及ばない。君が体を失ってしまったのは完全に私のミスだからだ》
や、やっぱり、この人、変!
《いえ、お断りします》
《えっ? なんだって? 断るって、待ってくれ。断れば君は死んでしまうんだよ》
死んでしまう……?!
いえ、ダメよ、ダメ。 こういう風に巧みに人の不安を煽ってくるってお母さんが話してた。
《いえ、お断りです。そんな風に脅して壺を買わせようとしたってそうはいきませんよ!!》
《壺?! シア、君はさっきから壺とか、訳の分からないことを言っているが、何の話をしているんだ?
可哀想に。急にこんなことになってしまって錯乱しているんだね。
うん、わかるよ。でも大丈夫だ。私に任せてくれ。決して悪いようにはしないから。
よし、まずは君と融合しよう。その後、ゆっくり話をしようじゃないか》
融合!? ちょ、ちょっと、もしかして この人、壺を買わせるだけじゃなくて、私に何か変なことをしようとしてるの?
《いやーーー、絶対にいやーーー》
《むむむ、これは完全にパニック状態だ。このままではまずい。仕方ない、緊急的処置だが我慢してくれ!
デュワーーー》
《いやだーー、やめて……》
「やーーめーーてーーーーー
…………
…… ふぇ……?」
気づけばそこはベットの上だった。いつもの見慣れた自分の部屋。
「あ、あれ?」
上半身を起こした状態できょろきょろと左右へ目を向ける。しかし、なにも変わったものはない。
カーテンを通して太陽の光が透けて見えた。耳を澄ますと、小鳥たちの鳴き声が聞こえる。
朝のようだった。
さっきの怪しい人は一体どこへいったんだろう。いや、いや、体、なんともないかな?
体に異常がないかと調べてみたが、なにも異常はなかった。変わったことといえば、昨日の服のまま、寝間着に着替えることなく寝入っていたことぐらいだろうか。
うーーん、ベットに入ったことすら覚えていない
思った以上に疲れていたのかなぁ
だから、あんな変な夢を……あれ、本当に夢だったのかな
釈然としなかったけど、それほどのんびりはしていられなかった。
差し込む光の角度からいつもより寝過ごしているのが分かった。
ベッドから飛び降りるとすぐ部屋を出た。
とにかく、鶏小屋の掃除と餌やり、水を変えて、と頭の中でやることを並べ立てる。
とても時間が足りない。
あー、朝食は抜きだなぁ
朝からため息がでた。
「ロックさん、ロックさーーん」
全力で走りながら手を振る。御者台に座っていたロックさんが私の姿に気づいてい、手を振ってくれた。
「はぁ、はぁ、良かった。間に合った」
なんとか御者台に登り、ロックさんの横に座った。
「今日は遅かったの。危うく置いていくとこじゃったぞ」
「はぁ、はぁ。ほんと、申し訳ないです。
今日、寝坊しちゃって、大変だったんです」
「ほほう、シアにしては珍しいのぉ」
ロックさんは、ホッホッと笑うと馬車を走らせ始めた。ガタガタと小刻みに御者台が揺れる。
「昨日、仕事が立て込んで帰るのが遅くなっちゃったんですよ。
それからなんか調子が悪くて。いつ、ベッドに入ったかも覚えてないんですよ」
「ほほう。それじゃ、昨日の流れ星は見とらんか?」
『流れ星』という単語を聞いたとき、心臓がドキリと震えた。
「流れ星?」
「そうそう。昨晩な、赤と青の二つの流れ星が追いかけっこをしていたかと思うとぶつかって二つとも粉微塵になったんだ。
いや、あれはたまげたな。長いこと生きておるが、あんなのを見たのは生まれて初めてだ」
あれは、夢じゃなかったの?
混乱した。
妙な胸騒ぎもした。
「うん? どうした?」
「う、ううん。なんでもないわ。そんな流れ星があったんだ。
ち、ちっとも気づかなかったなぁ!」
と、言いながらロックさんから目をそらす。目の前に、キラリン湖の美しい水面が広がっていた。この辺で一番の大きさの湖で、私たちの村、そして冒険者ギルドのあるゲシェルタウンの大切な水源である。ここでとれるお魚もおいしいのだ。
たしか、このキラリン湖の手前で私は流れ星に遭遇した。
まあ、夢の中での話だけど……
キラリン湖はその名前の通り、朝の太陽の光をキラキラと反射させていた。
その湖面の真ん中辺りに黒い筋のようなものが浮かんでいた。
「あれ?」
「うん? どうかしたのか?」
反射的に出た声にロックさんが反応した。私は湖面に浮かぶ謎の黒い筋を指さした。
「あれ、なにかな……」
「ふうぅむ、なにかな。
あの距離からするとかなり長いな。
しかし、あの大きさからすると船じゃなさそうだな。
流木かなにかじゃないのか? 」
ロックさんはすぐに興味をなくして前を向いてしまった。
キラリン湖には魚が豊富で、その魚を採って生活している漁師さんたちがたくさんいた。朝、昼、夕と湖面に魚を獲る小舟が絶えることはなかった。今も、いくつかの漁船が遠く浮かんで見えた。その船と黒い筋を比べると確かに筋のほうが倍ぐらいの大きさがある。
やっぱり、倒木の類いかしらと思って眺めていたら、黒い筋かぐぐぐっと縮み、隆起した。まるで芋虫が前進するため体を収縮するように。
「え、ええっーー!
ロ、ロックさん、あれ、あれ!」
視線を謎物体から離すことなく、というか離せない、そんな状態で隣のロックさんの肩をバシバシと叩いた。
「あ、いたっ。 痛い、痛い。なにすんだ。叩くなよ」
「いいから、あれ、あれ見て」
トプン
ロックさんが振り向くと同時に謎生物は小さな飛沫を立てて、水面下へ消えてしまった。
「今の! 今の見ましたか?! さっきの変なやつ、ぐぐって大きくなったと思ったら、潜っちゃいましたよ」
「…… ふむ。 沈んじまったようだの」
「沈んだんじゃないです。
潜ったんですよ! あれきっと生き物ですよ!!」
ロックさんは少し目を開いてまじまじと私を見つめた。そして、一呼吸おいてから、カラカラと笑い出した。
「オッホッホッホッホッ バカ言っちゃいかんよ。
あんなサイズの生き物なんてキラリン湖にはおりゃせんよ。もし、いたら大騒ぎじゃ」
た、確かにロックさんの言う通りだ。水面に見えていた部分だけでざっと20メートルぐらいあった。たぶん水面に見えているのは全体のほんの一部だろう。だとすると全長40メートル以上ってことになる。
もしそうなら、ドラゴンとかサーペントクラスの大魔物だ。そんなのがいたら、こんなにのんびり馬車にのってなんていられない。この辺一面焼け野原になって、軍隊かS級冒険者パーティが出動する事態になっているだろう。
そこまで考えて、あまりの荒唐無稽さに我ながらあきれ返った。
そんなことあるわけがない
今日の私は、どうかしている
ロックさんの言ってることが正解だ。さっきのは単なる流木で、たまたま浮いていたのがらなにかの拍子に沈んだだけ。
多分、あの辺は水流が変になっていてまるで生き物のように動いたのを私が勝手に錯覚したんだ。きっとそうに違いない。
ふるふると頭を振って、変な妄想を振り払い、無理やり前へと顔を向けた。朝の空気がほてった頬を程よく冷やしてくれ、少し気分が落ち着いてきた。
忘れよう
なぜかやまない胸騒ぎを抱えたまま、私はその言葉を呪文のように何度も繰り返した。
2021/10/23 初稿
2021/12/04 文章微調整&誤記訂正




