オプティオン
見上げると、星たちが夜の支度をばっちり終わらせ盛んに灯をともしていた。
前も後ろも、人影のないひたすら長い一本道。はるか遠くにはこんもりと連なる二つの山が見える。
家に向かう帰り道。左右は丈の短い草が疎らに生えるだけの草原が広がっていた。もう少し行くと右手に湖が見えてくるはず。
いつもの帰り道だ。
はーー、すっかり遅くなっちゃったな
ギルドから家までは歩くと1時間ほどかかる。いつもなら家の方向へ向かう馬車に便乗させてもらうのだけど、今日は時間が合わなかった。帰り際に、大量の薬草を持ち込まれて、その数を数えててすっかり帰るのが遅くなってしまった。
ギルドから出る時、酔っ払いの冒険者さんたちが家までの護衛の依頼を出せば格安で引き受ける、なんてしきりに言われたけれど丁重にお断りした。
この辺は田舎だけど治安は良いのだ。
危険な魔物なんて、ダンジョンなどのいわゆるデンジャーエリアと呼ばれるところに行かなければ遭遇するなんてことはない。人間のほうがよっぽど危険、というものだ。
ただ、一人で夜道を歩くのは少し寂しい。
ギルやファナは冒険者になったらすぐに実家を出て町で暮らしている。私も冒険者になれていたら……
魔水嚢欠損症
生まれつき魔力を貯められない体質。
何千人に一人に存在する特殊な体質。それが私。
魔力を体に貯められなくても今は魔導器が発達しているから生活に困ることはない。でも、冒険者には致命的だ。
魔力がなければ、それを消費して使う魔法も熟練技も使えない。つまり、魔法使いを代表とする魔導系の冒険者にも剣士や格闘家のような戦士系冒険者にもなれないということ。どんなに努力しても越えられない壁。私にとってそれが冒険者だった。
越えられない壁、かぁ……
未練よねぇ
越えられないと言いつつ、冒険者になることを諦めきれない自分がいた。だから冒険者ギルドの受付嬢として働いている。少しでも冒険者と関わる仕事がしたかったからだ。
彼らと繋がっていたらひょっとしたら何かの拍子に冒険者になれるチャンスがあるかも知れない。そんな淡い期待があった。
「はあぁ~~」
盛大にため息をつき、夜空を見上げる。空に赤い筋が走っていた。
「あっ、流れ星」
どうか冒険者になれますようにっ!
目をつむり、流れ星にお願いをする。
流れ星が消えるまでに3回お願いすれば願いが叶う。そんな言い伝えがある。頭では子供じみた迷信と思いながら、でも、流れ星を見ると反射的にお願いをしてしまうのだ。
良いじゃん別に!
誰にも迷惑かけてないしっ!
「まあ、でも、いつも一回もできないうちに消えちゃうんだけどね」
誰に対する言い訳だ、と思いながら視線を空に向ける。
「あ、あれ? まだいるよ、流れ星」
消えているはずの流れ星がまだ赤い尻尾を引きながら流れていた。これはチャンス! と、私はあわてて願いの続きをしようと両手を組み直した。
「冒険者に……えっ、えっ? えええっ?!」
赤い流れ星は急角度で曲がるとまっすぐこちらに向かってきた。
ぐんぐん大きくなってくる。
「うきゃあ」
視界の半分ぐらいの大きさになった球がものすごい勢いで頭の上を通りすぎた。
球は地面に激突する前にぐいっと上昇する。まるで生き物のようだ。
驚いて赤い流れ星を目で追いかけていると、ブウォンと空気が震え、今度は青い球が私の頭のすぐ上を駆け抜けた。
青い球も地面に墜落する直前に上昇する。
まるで赤い球を追いかけているようだった。
「流れ星の追いかけっこ?」
追いかけっこというより喧嘩、なのかな?
上昇した赤と青の流れ星は何度かぶつかり火花を散らした。こんな光景を見るのは初めてだった。聞いたこともない。
と、青い球から一筋の強烈な光がもう一つの流れ星に走った。一瞬辺りが昼間のように照らされる。
スバーーン
赤い球が爆散する。
「ひや?!」
びりびりと空気が震え、地面が揺れる。思わずしりもちをついた。呆けたように空を眺めていると、四散した球の一部がゆっくりと落下して来るのが見えた。
それはどんどん大きくなる。
つまり、私めがけて落ちてきているってことだよね
どんどん、どんどん大きくなる。気は焦るが体は痺れたようにぴくりとも動かなかった。
ああ、だめ。これ死ぬ
カメのような緩慢な思考がそれでも確信する。視界はもう落下してくる破片でいっぱいになっていた。
赤い流れ星だったのになんで破片はこんなに真っ黒いのだろう
なんか明後日な方向に思考が向く。これ現実逃避だよね。そう思った次の瞬間、私の意識も真っ黒に塗りつぶされた。
どのくらい意識を失っていたか分からない。
気がつくと、横になっている自分に気が付いた。視界が真っ暗なので、正確には横になっている気がする、だ。
宙に浮いているような不思議な感覚だった。痛みはないけれど体は指ひとつ、まぶたひとつ開けなかった。
私、しんじゃったのかな
最後の記憶からすると、流れ星の破片に潰されて死んだと考えるのが妥当だった。するとここはあの世というやつだろうか?
だとしたら嫌だなっと思った。このまま、こんな状態が続くとしたら退屈で死んでしまう……
あっ、いや、もう死んでるから退屈で死ぬってことはないのか
《君はまた死んではいない》
不意に聞きなれない声が頭の中で響いた。
《えっ? だれ?》
《私の名前はオプティオン》
《はっ? おぷてぃおん……さんですか?
……す、すみません
初対面の方なのに私、なんかとても失礼な格好をしている気がします
でも、どうも体が上手く動かなくて……
それで大変申し訳ないのですが、お医者さんのところへ連れていってもらうか、それともお医者さんをつれてきてもらえないでしょうか?》
《……あー、そのことなんだが、えっと、その前に君の名前を教えもらえないだろうか》
《あう、ごめんなさい
私、おぷてぃおんさんの名前だけ聞いて自己紹介がまだでしたね
えっと、私の名前はシアーシャといいます。みんなはシアと呼んでます》
《そうか、シアーシャ。どうか落ち着いて聞いてほしい。
実は今、君は思念体の状態にある。
その、私のミスで君の体はなくなってしまった》
《はい? なくなったって…… 私はちゃんとこうして……
体がないって? え? え?》
《さっき私が破壊した暗黒波及存在の破片が君に落下して、その君の体はプチっと、ああ、いや、その……なんだ、完全に破壊されてしまったのだ》
この人、何をいっているんだろう。ちょっと、どこからツッコミを入れればいいのか困ってしまう。
『あんこくはきゅうそんざい』ってなんだろ……
なに、やだ、コワい
もしかして、そういう妄想癖のある人なのかしら。だったらやだなぁ。あんまし口答えしないようにしようっと
《あのぅ……勉強不足ですみません。
『あんこくはきゅうそんざい』ってなんでしょうか》
《暗黒波及存在とは、この宇宙のあらゆる生命体を暗黒面へ引きずりこもうとする存在のことだ。
暗黒波及存在を放置しておくと生命体は際限ない欲望や憎しみや妬み、悪意に蝕まれ変質、自滅してしまう。そのため私たち、『ヒカリの楽園』の戦士たちは日夜暗黒波及存在を排除しようと戦っているのだ》
そう言えば、ご近所のハーマンさんところのおばあちゃんが家に悪い気がこもっていると騙されて、高価な『浄化の壷』なるものを買わされてたって大騒ぎになったとお母さん言ってたなぁ。
『光の使者』とか名乗ってたって……
ヤバい。やばくない?
私、詐欺に引っ掛かってる?
このまま高価な壺買わされちゃったりするのかしら
《そこで、相談なのだが》
きたーーー、ダメよ、ダメ。ここは強い意志で断固拒否するのよ。弱気になっちゃダメ
《いえ、間に合ってます》
《え? いや、まだ、何も言ってないのだが……》
《聞かなくてもいいです。間に合ってますから、このまま、家に帰りますので気にしないでって……
わーーー、しまった。私、体がなんか動かないんだっけ。 どうしましょう》
《いや、だから、君の体はもうないくなったと説明しただろう。
さっきも言ったと思うが、落下してきた『暗黒波及存在』の破片に潰されて、ぺしゃんこというのか、まあ、そういうことなんだ》
《ぺしゃんこ…… ぺしゃんこってどう言うことです?》
《ぺしゃんこはぺしゃんこだ。もう体が存在しないから動けないのは当たり前だな》
《当たり前って、え、やっぱり、私、幽霊ってことですか?》
《いやいや、幽霊というほど曖昧でも不安定な状態ではない。
私の力で高度な情報連続体、すなわち思念体としての形態を維持できている。
しかし、それをこのままずっとというわけにはいかない。この状態から回復するにはまず、君の思念体を受け入れる器をあらたに作る必要があるんだ》
2021/10/23 初稿




